第59話◇私もお慕いしています
「初めて父上や叔父上に大きな任務を命じられて、少し気負っていたんだろうね。だから、どんな仕事よりも優先して君の命を守るという、一番大切なことが遅れてしまった」
……ああ。
あの時も、この方は私を守ろうとして下さっていたんだ。
あれは、そのために、突如森に逃げた私を精鋭たちと追ってきて下さっていたんだ。
あの時、「間に合わなかった」と、「貴女はこのようにはかなくなる人ではなかった」と言っていらしたのは、つまりそういうこと――
こう回想する私は床を見ていた。
けれども、そこにサッと影ができて、アルウィン殿下が私に近づいたのが分かる。
「私こそ、ずっと君に詫びたかった。自分の命が潰えたことより、君を守れなかったことを悔いていたよ」
その声の近さに違和感があった。
だって、膝を折っている私の耳元に聞こえてくるのだ。
「あ、あ、お立ち下さい、どうか」
殿下までもが私と同様に跪いている。
視界の端に膝頭が見えて、それが分かってしまって、私は動揺する。
「ねぇ、その顔を上げて、イリス」
ただでさえ申し訳ないのに、その上、じわじわと視界に涙が溢れてきてしまっていて、ますます顔を上げられない気持ちになっている。
なのに、アルウィン殿下は全く逆のことを私に仰った。
泣き顔なんてお見せしたくないから、我慢したいのに。
けれど、結局私はそろりと頭を持ち上げる。
その命令には従うべきだと感じて。
水色の二つの瞳が、私をじっと見つめていた。
少し痛みを思い出すような表情で、でも微笑んで。
「君が今、ここに生きているという事実に、私は本当に救われているんだよ」
救われて。
その言葉を頂けただけで、私も救われた気がするのに、そんな心からの微笑みまで……。
伸びてきた指先が、私の頬にこぼれてしまった涙をそっと拭って。
その感触があまりにも優しくて、ますます泣いてしまいそうになる。
「それにね、イリス。言っただろう?私は君のことが、とても好きなんだ」
その上、そう仰るから。私の涙腺はいよいよ耐えられなくなって、決壊してしまった。
「――っ」
ひくっ、としゃっくり上げて泣き始めることになった私に気付いたからか、なだめるように背中が撫でられる。
「最初にこの胸にあったのは、初恋。その次は、君を救えなかった申し訳なさだった。でも、一緒に協力して全てをやり直すうちに、君といるのが本当に楽しくなってしまった。隣にいられることが嬉しかったんだ。また重ねて恋をした」
ああ。
こんなふうにおっしゃって頂けた今。
私だって、私のこの気持ちの全てをお伝えしたい。
だって、「全てを思い出した後に返事は聞かせて欲しい」って、あの時、殿下がおっしゃっていたんだもの――
「私も……私も、殿下に対して、とても申し訳なくて……だけど、うっ、嬉しかったんです。天上界でお話した時も、その後に、イデアとして出会った時からも、ずっと……っ、優しくして頂いてて、楽しくて、ホッとして、だから好きだって、思って……っ」
どうして?
ちゃんとしっかり伝えたいのに、嗚咽が混じってしまう。
ちゃんと最後まで言わせて。
「だから、私もお慕いしていた、んです。アルウィン殿下」
やっと言いきった時には、息切れしそうになっていた。
「イリス、ありがとう……伝えてくれて嬉しい」
全てを聞いた殿下は、ふわりと笑った。
さっきの辛そうなものが含まれた笑い顔とは違う、心からの笑顔だった。
至近距離でサラサラと揺れるその金髪が、キラキラと光って見える。「光」の魔法を使っているわけではないのに。
「殿下……」
呼びかけようとして。
そんな私の唇に、指先がそっと触れた。
私の敬語を止めるために。
「今まで通りに話して欲しいし……言っていたよね。これからは名前を呼んで、って」
微笑みに、私はそれも思い出す。
「次に会った時は、アルって呼んで。初めて出会ったあの頃みたいに」とのお言葉を。
だから、ドキドキしながらも声にして呼んでみる。
「ア、ル?」
「うん、イリス。少しずつでいいから、慣れてね」
呼び慣れなくて詰まってしまったれど、彼は「今はそれでもいいよ」とでもいうように頷く。
――アル。
心の中でもう一度、呟いてみる。
本当の彼の名前を。
そしてそれを呼べる喜びを、強く噛みしめる。
「ねぇ、これからも、私にイリスを守らせてくれる?」
この方は王子様で。
王太子でもあって。
未来の王様になるべき人なのに。
それは懇願に近い口調で。
けれども、こちらばかりずっと甘えるわけにはいかないと思う。
だから、私だって願いたい。
「……うん。守って。私も同じくらい、すぐ隣でアルを守るから。今はちょっと頼りないかもしれないけれど、きっとそのくらい、強くなるから」
この返しは少し意外だったみたいで、アルはすごく驚いていて。
でも、とても嬉しそうに目を細めて笑ってくれた。
「二人だと思うと、心強いね。何でも乗り越えられそうだ」
彼が私の右手を取って。ニコリと笑いかけてくる。
「そんなイリスだからこそ、私もこんなに好きになっているのかもしれないね」
そうして、中指と薬指の指先に口づけて。
じいっと私を見た。
それから、こてんとその首を傾げて見せる。
「ねぇ。イリスは、私のどんなところが好きなのかは、教えてくれないの?」
少しからかうような表情だった。
それはイデアがこれまでやってきたやり方と全く同じものだったから、イデアも間違いなくアルウィン殿下本人なのだと、私ははっきりと分からされてしまう。
「っ、アル……っ!!もうっ、そんな、私が恥ずかしくなることをわざと言う人には、教えてあげないっ!!」
自然と私は口走っていた。
すると彼は、いよいよいたずらっ子の顔になって、声を上げて笑う。
その手はキスのために私の手をそっと支えていた状態のはずだったのに、いつの間にかぎゅっと握られていた。
「仕方ない。じゃあ私が君の好きなところの二個目を言おうか。そうだね、こうして触れた時に恥ずかしがっているイリスも、好きだよ。たとえば、今みたいに指にキスされて」
「ひうっ……!! な、何でまた恥ずかしいことを……っ!!」
お、終わったと思ったのにっ。
逃げられないなんて!!
私はその視線から顔を隠そうとして、でも片手しか空いてなくて、それだけでは結局、この赤面を隠し切れなかった。
――うう……。
やっぱり、しっかり見られてるし!!
「うん……。ごめんね、イリス。やっと君と両想いになれたのだと思ったら、私もさすがに嬉しくてね。今は少し、歯止めがきかないみたいなんだ。正直、自分でも驚いているよ」
あまり余裕がなさそうな言い方をされて、それにもドキドキする。
私だけじゃなくて、アルもこの両想いを嬉しいって思ってくれてるんだって……。
はっ、そういえば言われて思い出してしまったけれど、これって通算四度目のこの指へのキスになるんだわ……!!
だって、あの天上界の時の一回分も追加されるんだもの!!
今された分とこれまでされた分、全てを思い返してしまって恥ずかしさがピークを突破した私は、握られたままの方の自分の指先を、もぞもぞと動かす。
当然、こっちの手も顔に持って行きたくて。
けれど、アルは離してくれず、ただニコニコと満足そうに笑って私と手を繋ぎ続けていた。
山小屋の外に迎えの馬車がやって来ても、そのまま。
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