第58話◇ずっと一緒にいて下さったのですね、殿下
それでも何とか、ちゃんと私の気持ちは伝わってくれたみたいだ。
またイデアの腕の力が少し強くなる。
それは彼の決心の表れだったのかもしれない。
「……君に、まだ伝えていなかったことがあるんだ。ずっと伝えたかった。言わないことで不安に思われていたかもしれない。君を怯えさせるかもしれないと、躊躇もした」
「イデア……?」
耳元に聞こえる小声は掠れていて、何か、重大なことをイデアが言おうとしていることと、彼がらしくなく、強く緊張していることが分かった。
「今なら、伝えてもきっと君の心はもう大丈夫だと、確信を持てたから……やっと言える」
抱きしめていた両腕が解かれて、私はイデアの胸元から顔を上げる。
当然、すぐそこにあるのは彼の顔だ。
けれども、キラキラと眩しく視界が輝く。
それは紛れもなく「光」属性の魔法。
私は眩しさに目を細めて、この輝きが消えていくさまを見届ける。
最後に光のかけらがチラチラ瞬いて、イデアの髪の毛と目元から消えていく。
「あなたは……」
私は息を飲んで、口元を押さえた。
薄い茶色だったはずの髪は、今見た「光」の魔法の色とほぼ同じ、金に。
瞳のこげ茶色も、澄んだ湖のような水色に。
金髪に、碧眼……。
アルウィン、殿下。
「ああ……。そういうこと、だったのですね」
そしてその瞬間、私は「全て」を思い出していた。
思わず漏れてしまった声には、震えが混じっていた。
あの死の直後、私は確かに女神様に天上界に召喚された。
けれど、一人っきりで呼ばれたのではなかった。
私とアルウィン殿下、二人で一緒に、召喚されていたのだ。
気を失っていた私を優しく抱き起こして女神様の元までエスコートして下さって、この手を繋いで下さった。
きっと私が心細くないようにと、心を砕いて下さっていた。
ずっと昔、子供の頃の私との、他愛ない薔薇園の思い出を覚えていらっしゃって、私に「恋をした」と、「ずっと会いたかった」とも伝えて下さった。
そして天上界での記憶は忘れてしまうと女神様に伝えられても、誓いを込めるように、指先にキスをして「絶対に君の記憶を取り戻して見せる」と言って頂いた。
また話そう、会いに行く、とも。
全ておっしゃっていたその通りに、殿下はとっくに行動されていたのだ。
私が思い出す前から。
――しゃらん。
あの美しい、名前も知らない花の鳴る音が、この耳の奥に響いている。
まるで女神様の祝福のように。
ああ。
そうよ、この音だったわ……。
今、私の中にあった全ての疑問がつながった気がする。
だってそもそも、「光」属性は王族特有のものなのだから。
アンクルさんと戦っていた時も、イデアの魔法はキラキラと光っていた。
ヨトウさんの尾行の時の、彼に抱きしめられた時のあの光も、そうだったんだわ。
その顔立ちはあの時、天上界で見たままだったのに。
どうして私は今の今まで気付かなかったの。
「……ずっと一緒にいて下さったのですね、殿下。女神様の前で誓って下さった通りに、私のことを覚えて……」
アルウィン殿下は王都でイデアたち探偵団のメンバーや青騎士隊に指示を出されているのだと、私は勝手に思い込んでいた。
けれど、そうではなくて。
最初から、私と共にあって下さっていたんだわ……。
「君も、何もかもを思い出してくれたんだね。イリス」
「はい。たった今……。気付かなかったこととはいえ、長きにわたる無礼、申し訳ありませんでした」
私はいつの間にか敬語になって話していた。
そして淑女の礼をして跪き、頭を下げる。
そうするべきと感じて。
「いや。そもそも意図的に身分を隠したのはこちらだ。それに君は建国以来の公爵家の令嬢なんだから、問題はないよ」
顔を上げずにいるから、アルウィン殿下がどんな表情をされているか、私には分からない。
でも、その声は、変わらず柔らかくて。
「ルークのミュラー公爵家やウィリアムのゾグラフ公爵家も、君と立場は同等だからね。だからこそ、年が近くて身分も近い、絶対に裏切らない腹心の者を手配したつもりだった」
「いいえ。そのことではないのです」
私は首を横に振る。
「死に戻り前に、殿下と部下の皆様を巻き込んでしまった無礼を、正式にお詫びしたかったのです。改めて」
何よりも、このことをお詫び申し上げたかった。
お会いできるなら、お目通りが叶ったら、まずそうしたいと思っていた。「アルウィン殿下も私と同じく死に戻っている」と、この耳で聞いた時から、そうするべきだと。
殿下はしばらく黙っていらして、その沈黙のうちに、私は自然と自分の肩が震えてしまっている事実を悟る。
「あれは……私も未熟だったんだよ。私はあの時も、モルヒ公の捜査をしていた。ただ、今回よりもっと状況が悪かった」
その呟きは、静かで少し沈んだ声だった。
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