第57話◇また会えるって信じてる
そのまま一人とポケットに一羽状態で屋敷を出る。
イデアと森の山小屋で会うために。
薄曇りの空と、どこまでも冷え切った空気。
「何だか、少し寂しいな……」
もし皆がいたら、歩きながらおしゃべりできていたのに。
人が多い往来ではチィとは話せないしね。
そういう意味で私は今、一人で歩いているのとあまり変わらない。
ウィリアムさん、ルークさん、アップルさんは捕縛したヨトウさんとその手下の人たちを連れて、一足先に王都に戻ってしまっている。
正直、寂しくて三人との別れ際にはかなり泣いてしまったのだけど、王都でのパーティの話をしたら「何だ、きっとそのタイミングにまた会えるじゃないか」ということになったので、その日を楽しみに待つことにする。
そして、残務処理で最後まで残っていたイデアと数人の騎士団の方々も、今日で南ストレリチア領から立ち去るらしい。
イデアとも、王都で会えるのかもしれないけど……もっと一緒にいたかったな……。
離れがたくて。
「せめて身代わりだけは近くに」というような気持ちで、私はイデアに贈るためにとハンカチーフに刺繍した。
シルク生地に女神様に頂いたあのアイリスのマークを銀糸で小さく入れたものだけど、受け取ってもらえるかしら……。
『私、今日はポケットの中から出ないから。ちゃんとハンカチ渡して、しっかりお別れするのよ?』
「うん……」
気を利かせたチィが言ってくれて、私は小さく頷く。
今日が彼とこの森で会える、最後の日。
明日にはもう会えないんだわ……。
やがて山小屋が見えてくる。
雪がちらつく中、イデアは中に入らず外で待っていた。
彼にも女神様の加護があるし私が許しているから、中で待つこともできるはずなのに。
「イデア!!中で待っていればよかったのに!!」
駆け寄る私に、白い息を吐きながらイデアは笑う。
「あはは。そうだね。でもこうしてイリスが僕に向かって駆け寄ってくるのは、正直悪くない気分だよ?」
う……。
そんなふうにまたからかってっ。
「もうっ、そんなこと言ってないでいいから、早く中に入ってっ。わっ、指先、冷え切ってるじゃない……!!」
手を引いて山小屋に入ろうとしたらとても指先が冷たくなっていて、イデアは一体いつから外で私を待ってくれていたんだろう。
私は急いで暖炉に薪をくべた。
そうして、この山小屋で過ごす、最後のお茶会が始まった。
寂しい。
けれど、イデアの中で最後の日が悲しい思い出になってしまうと考えるとそれも嫌で、私は意識して色んなことを話す。
イデアも、他愛のないことにも笑ってくれる。
「今度の南北ストレリチアの精霊お披露目パーティに、私も出席することが正式に決まった、って話はしたわよね。それでね、淑女教育が再開されて、ダンスも習い始めることになって……」
お披露目パーティは年に一度、毎年秋に南北ストレリチア家合同で開催されるそうなんだけど、今年はアストラル王国の王都・エテルで南のモルヒ叔父様主催でアストラル王家の協賛、という形で開催されるらしい。
このパーティを南の当主の不手際でやらないとなると、国を巻き込んで「どうするんだ」ともめてしまうだろう、ということもあって、叔父様を泳がせているところも、実はあるのよね……。
「アストラル王家の方に王国の高位貴族の方、帝国貴族となっている北ストレリチア一族の方も訪れるんですって」
叔父様に「パーティには王族の方も来る」と説明されたその時、私はまず、アルウィン王子殿下に対する申し訳ない気持ちを思い出した。
イデアの話によると、殿下も私と同じく死に戻られて、現在は王太子として青騎士隊を動かしていらっしゃるそうだ。
とはいっても、私が前回、ストレリチアの暴走を止められず、殿下の死までも招いてしまったのは事実なのだから、「その責が全くない」とは言えないと思う。
殿下にお会いできたら、ちゃんと正式なお詫びをして……。
――すまない。君を苦しませた。
そう考えた、瞬間。
突然、いつかアルウィン殿下その人にお詫びの言葉を頂いたイメージが、ふっと頭の中に思い浮かぶ。
まるであの方と死の直後に会話をしていたような、この記憶は、一体、何……?
殿下に許されたい一心の、妄想かしら。
お話しするタイミングなんてなかったはずなのに……。
そのことを考えて私がついうつむいてしまったからか、イデアが訊いてくる。
「高位貴族の者と相対することは、緊張する?」
「そ、そうね、もし何か大失敗してしまったらと思うと、想像してしまっただけですごく怖いわ……。特にダンスね」
だから、私は意識して笑顔を作り直す。
本当のことは説明できないと思って、私はダンスの話にすり替える。
実際、とても不安なことでもあった。
ダンスも社交も全く教わらない状態で今まで来ていたのに、一か月後には公爵令嬢として、南ストレリチア家の跡取り候補として、完璧に見えるところまで持って行かなくてはならないわけで……。
アネモネにまた「私の方が南の精霊姫としてずっとふさわしいわね!!」なんて言われて、勝ち誇られちゃうかも。
「じゃあ、今ここで一緒に踊ってみようよ?」
吐息をついた私の前に、すっとイデアの手のひらが差し出される。
それはエスコートのための手だ。
「えっ……いいの?でも、本当に初歩しかまだ……」
イデアと踊れる。
二人っきりで。
まだとっても下手なのだけれど、こんな機会、もうないかもしれない……。
大切な今日の思い出にできるかも……。
「俺がイリスと踊りたいんだよ。はい、お手をどうぞ。姫君」
誘われるまま、私はイデアの手のひらにそっと自分の指先を乗せた。
想定した通り、私のダンスは散々で。
少し、いえ、だいぶ足を踏んでしまったりもして、正直、泣きたくなるほど反省した。もっと頑張らないと、って。
「ふふっ、痛いよイリス」
「ごっ、ごめんなさい~……!!あっ、またっ」
踏むたびに私は謝っていたけれど、イデアはそれでもクスクスと楽しそうに笑ってくれて。
とても申し訳ないのと同時に、でも、こんなに下手なのに、私もすごく楽しかった。
「で、でもっ、また今度一緒に踊ることがあるなら、その時は今より絶対上達しているはずだもの……!!」
悔しい~!!と、私は口に出して言っていた。
今度なんてあるかどうか分からないのに。
「そうだね……今度、踊る時は」
そうしたら、イデアは急に真面目な顔になった。
表情の変化に驚いているうちに、ダンスの形で組まれていたイデアの手はするりと私から離れていって。
けれどそれを寂しいと感じる前に、その両手で私はぎゅっと抱きしめられてしまう。
「イ、イデアっ!?」
「残念だよ、王都に帰るのが。本当はずっとこうしていたいし、離したくない」
耳元で響くイデアのその声にも真剣さがあって、腕の力の強さも「離したくない」と言った通りの力強さで。
いつの間にか、スルリ、となだめるみたいに後ろ頭を撫でられていた。
その感触はとても気持ちがいい。
そういうふうに優しく撫でてくれたのは生前のお父様とお母様だけだった。
ただ、全身だけは熱くて、落ち着かなくて、もぞもぞとイデアの胸に顔を押し付けることになっている。
「っ、わ、私だって、本当はイデアと離れたくない……」
せめてこれだけ、伝えるので精いっぱいだった。
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