第54話◇サラマンダーとノームとシルフとウンディーネ
「ああ、そうか。分かった。そういうことか」
けれど、隣の彼は宣言する。
迷いない口調と表情で、確認するように部屋の奥にあるものをぐるっと一瞥していて。
「イデア?」
彼には何か分かったのかしら。
それは以前語っていたように彼が「探偵」だから、推理したということなのかしら。
「ヨトウ。君に魔法の素養がなくて、『恐怖で虚勢を張りたくなるとよく喋るタイプの人間』で、本当に助かったよ。君のおかげで大ヒントが手に入ったからね」
そういうふうに言うってことは、イデアはさっきヨトウさんが口走った台詞と周囲の状況を確認しただけで、裏帳簿の隠し場所を推理した、ということになる。
「ハァ……?」
何言ってるんだ、と不審な顔になるヨトウさん。
立場は真逆だけれど、私も自然とヨトウさんと同じように眉間にしわを寄せることになる。
「それって、一体どういうことなの……?」
全然分からない。
すると、イデアは私の後ろに立って少しかがんで私とほぼ同じ高さの視点になると、すっとガラクタの山を指さした。
「ほら、イリス。落ち着いてこの部屋を見回してごらん」
私はその通りに、無造作に積み重ねられた木箱やアイテムの山を、目を皿のようにして見つめる。
「精霊魔法の……『四属性に関わるもの』が、ちゃんと置いてあることに気付くだろう?」
イデアがヒントを出してくれた。
それで、私の頭にもピンとその情報が頭の中で繋がる。
「あ……!!ウンディーネの油絵と、ノームの置き物と、シルフのお人形と、サラマンダーの銅像……!!」
火のサラマンダー。
土のノーム。
風のシルフ。
水のウンディーネ。
四体の、「四大精霊」のものが、この部屋のあちらこちらに分散して置いてある。
あまりにもこの世界の常識過ぎてすっかり忘れていたけれど、各属性の「最高位の四大精霊」といえば、この四体だ。
「そして、さっきヨトウが言った『三属性以上の精霊魔法を使える人間しか、隠し金庫の鍵は開けられない』という台詞だ。つまり、君なら――それが可能だ、ってことだよ」
私はこの言葉にハッとする。
四属性を使えるドラセナ、つまりお父様がいれば、とヨトウさんが言っていたってことは、「叔父様にしか開けられないように設定されている」というわけではない、ってことだ。
「だったら、私でも……できる?」
私は自分の両手を見る。
自ら今後の「希望」を掴み取るための手段として。
「あの歌がストレリチアの一族の子供に受け継がれるものだとしたら……モルヒ公だって両親から学んで知っていたんじゃないか?君がやっていた、手遊び歌のようなことを」
「そうだわ、きっと叔父様も……」
両親は「幼い子に精霊魔法を学ばせる時の基本の手遊び歌だから」って言っていた。
お父様が知っていたなら、当然のように叔父様も知っている歌なんだろう。
「そして鍵の開け方は、おそらくこの部屋で、モルヒ公が使えるという三属性以上の魔法を使うことじゃないのかい?」
叔父様が「四種類のうちどの属性を使えないのか」は分からないけれど、四属性でいいのなら、かえって楽だ。
もし三属性限定でしか開かない鍵だったら、「火・土・風」「土・風・水」「火・風・水」と三回試さなければならなくなったはず。
「……やってみるわ」
私は両手を差し出して、あの手遊び歌を口ずさむ。
「雀がお城に、行くのなら
草の器にプレゼント
四つの小箱を送りましょう」
唱え始めると、すぐに小さな四つ分の魔法陣が手元に現れる。
そして魔法陣から現れた金の光の筋で描かれた各属性のマークが四つ、宙に浮かび上がって、それぞれのアイテムに向かって飛んでいった。
マークがそれぞれの精霊たちの頭部に吸い込まれるように消えると、全てのその瞳がギンと輝く。
そして。
「白き息吹も」
シルフのお人形からは白い光が。
「泉の水も」
ウンディーネの油絵からは青い光が。
「消えぬ炎も」
サラマンダーの銅像からは赤い光が。
「満ちた地も」
ノームの置き物からはこげ茶の光が。
「全ての祝福あるでしょう」
そして唱え終わったと同時に、重なり合った光はある一点に集中する。
それは扉に鳥の羽の彫刻が刻み込まれた、小さいけれどもとても立派な、アンティークの飾り棚だった。
ギギギギ……ときしむ音が響いたかと思うと、ちょうどさっき四つ分の光が示していた棚の扉が移動している。
その奥に、いくつかの書類が重ねて置いてあることに気が付いた。
「ああ、やっぱり。これだね、裏帳簿は」
一番上の何枚か皮紐で綴じられた書類を手に取って、ニコリとイデアが笑う。
「な……な、そんな、なぜ……」
ヨトウさんは「絶対に見つからない」と信じ切っていたのか、パクパクとその口を閉じたり開いたりしている。
顔色を完全に失って、ガクガクと震えていた。
「とても……残念です、ヨトウさん」
この人と顔を合わせるのは、これで最後になるかもしれない。
そう感じた私は、最後に話しておこうと考える。
イリス・フロレンティナ・ストレリチアとして、正式に。
「は?何だお前はっ……!!」
急に知らない人間に話しかけられたと思ったのか、ヨトウさんは不審を通り越して怒りに満ちた口調になっている。
だから、私はカツラと眼鏡を外して顔を見せた。
南ストレリチアの一族には他にあまりいない、私特有の髪の色。
青みを帯びた紫と前髪の一部の白、そしてクルクルの癖っ毛が露わになる。
また、あんぐりとヨトウさんの口が開いた。
「イリス……様、だと……?馬鹿な。モルヒ様は魔法もろくに使えない、精霊も呼べない、一族の面汚しだと」
呆然と呟くのを聞いて「叔父様、私のこと、そんなふうにヨトウさんに言っていたんだ」と知って、大きく吐息をつく。
「私、最近使えるようになったんですよ。精霊魔法。精霊もここにいます」
その言葉に合わせて、ポケットの宝玉の中から「やっと私の出番が来たわね!!」とばかりに気合いを入れたチィが、飛び出すように現れる。
彼女はあえてその翼を、バサリバサリと、風切り音が立つようにして羽ばたかせる。
誇らしげに。
「そうよっ、うちのイリスはちゃんとできる子なの!!」と言いたげに。
それが、嬉しい。
「叔父様、最近そういうこと、言っていませんでしたか?」
「高位の鳥の精霊を呼んだなどと言う、嘘つきの娘だと……」
口走りながらも、ヨトウさんは確かに目の前にいるその鳥の精霊に、目を見開いている。
「全部嘘だったら、よかったですね」
「そんな。そんな……」
がくりと座り込むヨトウさんの俯いたつむじを、私はしばらく、じっと見ていた。
私と仕事をする時にはあんなに上から目線だったはずのこの人は、今は私の目の前で床に手をついていて、なすすべなく、まるで子供みたいに泣いていた。
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