第52話◇あなたが大丈夫で、よかった
「イデア!!」
大きく息をついてから剣をその腰に差し戻したイデアを見て、私は急いで呼びかけて側に駆け寄った。
「ん、イリス?どうしたの?」
「怪我は!?大丈夫なの!?さっき刺されて……」
何でもないように首を傾げているけれど。
私は、さっきアンクルさんに刺されていたイデアの腹部を確認する。
だって、私は前回、アンクルさんに同じように腹部を刺されて死んだのだ。
イデアが刺されたあの瞬間、とんでもなく動揺した。
何か魔法を発動するべきかと考えて、この全ての怒りを魔力に変えて、アンクルさんにぶつけてしまうかと思った。
結局、イデアが自力で形勢逆転したわけだけど……ちゃんと問題なく生きているのだと、一応は分かってはいるけれど、それでもこんなふうに確かめないと、恐ろしくて仕方ない。
「大丈夫だよ。刺されたり斬られたりしたのは全部、幻だからね。本物は何も傷ついていないよ。ほら」
ほら、と示されて。
彼の冒険者風の服のお腹の部分に、深刻な血の染みも服の汚れも破れ痕も、全くないことをしっかりと確認してから、ようやく私は安心できた。
「っ、よかった、刺されてたの、私が殺された時と同じ、お腹だったから、もしかして今回はイデアが死んじゃうのかもって考えて、すごく怖かったよぉ……!!」
自然と涙がにじんできてしまう。
ポタポタと涙が落ちてきて、顔を覆う両手を濡らしていく。
「全部幻で、よかったっ……」
どうしても、自分が殺された時のことが頭を掠めてしまったし、「もし私が取るべき行動を変えたせいで、今回はイデアが傷つく事態になったというのなら、そんなの絶対、自分で自分が許せない」って思った。
「ごめん、怖がらせてしまった。大丈夫、もう大丈夫だから」
イデアがなだめるみたいに私の頭をそっと撫でてくれたけれど、あと数分は涙が止まりそうになかった。
本格的に戦闘したことも初めてで、やっと命を狙われる心配がなくなったと理解したからか、ずっと気を張っていたのが一気に緩んでしまったのかもしれない。
「もう大丈夫」とイデアに撫でられたことをきっかけに。
そんなふうにしばらく、私は泣き続けていたけれど。
時間が経つにつれて少しずつ嗚咽が収まって、そうして、いつの間にか顔に当たる硬い石の感触と虹色のキラキラに気付く。
あ……指輪だ。
さっきの女神様のロッドは、いつの間にか元の指輪に戻ってしまっていたのね。
そんなことを普通に考えられるようになったことを自覚して、私は顔を上げる。
すると、ちょうどすぐ側を通りかかっていた青騎士隊の男の人と目が合う。
その人は私を見て、少し横を見て、そして慌てて視線をそらして、その場から駆け足で離れて行った。
だから、私も彼の視線が向いた方を見る。
当然、イデアがそこにいる。
ずっと私を慰めていたから、それはそうだ。
けれども、私たちの体勢が問題だった。
ふと気が付くと私はイデアにしっかりと抱き着いていて、イデアも抱きしめ返すような状況になっている。
「……っ、ご、ごめんなさい……っ!!」
は、恥ずかしい……!!
今の、泣いきわめいたりイデアにすがったりしていたのを、すっかりこの場にいた皆様に見られていたんだわ!!
バッと身を引いて離れると、イデアはその勢いに少し驚いていたけれど、ふふっと笑った。
いたずらっ子の顔だった。
「気にしなくていいよ。でも、まだ抱き着いてくれていてもよかったのに。そんなふうに逃げられたのは、少し残念だったかな。せっかく、初めてイリスから触れてくれたんだから」
「うう……。そんなふうに、からかわないで」
今度は泣き顔を隠すためでなく、赤面を隠すために、私はこの顔を両手で覆うことになってしまう。
「だって。嬉しくて浮かれているんだ。イリスがこんなに深く、強く、この私のことを案じてくれているのだと、知ってしまったからね」
距離はそのまま保ってくれているけれど。
とても近く、耳元で囁かれてしまったから、ものすごく右耳がくすぐったくなって、全身が熱くて、表情もきっと変になっていて。
やっぱり私はそのまま、この顔を上げられなくなってしまったのだった。
チークボーンさんとアンクルさんの捕縛をあらかた終えたウィリアムさんとルークさんとアップルさんが、すぐ側にやってくるまで。
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