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第51話◇私の願いと女神様のロッド

 そう言われた通り、さっきキメラがのたうった時に、その背中にダイヤ型の石が埋め込まれていたのが私の立ち位置からも見えていた。


 だからあの人、最初からずっとキメラの背中の宝玉に近い位置にいたんだわ……!!

 どうして背中に乗っているのかと思っていたけれど、その部分を確実に守るためだったのね!!


 キメラの首を狙いながらも、合間にフェイント的にウィリアムさんもアップルさんもルークさんも赤い石に攻撃しようとする。


 そして何回キメラの首を落としても再生してしまうのだけれど、首を攻撃しないわけにはいかない。

 何しろ、それぞれが火の息を吐くんだから。

 再生している間は頭ひとつ分の火吐き攻撃は行えない。

 なので、みんなその間にチークボーンさんへの攻撃を強めた。


 さっきのルークさんが暗器を投げたみたいに、各自でフェイントを入れたりもしている。

 けれども、狙われる場所がそこだと既に分かっているチークボーンさんにとっては簡単に対策が可能みたいで、難なく防御されてしまう。


 突破口が見えない……っ。

 でも、もし……たとえば、チークボーンさんとキメラの背中の石を私が同時に攻撃できれば。

 そしたらきっと、その隙に皆が首を落としてくれるはず――


 落とせる、はず。

 でも。

 今の私の魔法の威力では、チークボーンさんの守りを突破できない。


 もっと強い魔法を使えたらいいのに……!!


 探偵団の一員として戦えるようになりたい。

 そして、イデア――この人の隣にいられるようになりたい。

 彼は今も私を庇ってアンクルさんの剣を防ぎ続けている。


 私にもっと力があれば……!!

 女神様……!!


 すがるように祈った、その時だった。


 私の右手、薬指の指輪の石が輝く。

 最初はチラチラと虹色に輝いていたその光が、突然、一層強く輝きを増して。


「わ……っ!!」


 眩しくて一瞬、この目を閉じてしまう。

 目を開けると、指輪は指からすっかり消えていた。

 そして、そのかわり。

 私は違うものを手にしていた。


「ロッド……!?」


 アップルさんの声が響く。

 確かにその通り、私はいつの間にか、シャフト部分が白く輝く、見事な造形のロッドを手にしていた。


 全く覚えがないはずのものなのに、上部の魔法陣の円を模した銀の装飾の中心にある虹色の宝石の輝きは、既に見知っている。

 女神様から頂いた指輪と全く同じ光り方だった。

 ということは。


「まさか、これは女神様の……!?」


 ロッドの長さは私の身長と同じくらいで、一見とても重そうなのに、何故か不思議と私の手にとても馴染む。

 シャフトの部分が一部捻じれたように彫刻されているのは、一見、装飾のためだけのものに思えるけれど、とても握りやすい。


 そして、持っているだけで、段違いに魔力が――とても、安定する。体内の魔力循環がしやすい。


 これならいけるはず。


 でも、きっと単純な攻撃だと避けられてしまう。

 どんな魔法だったら、チークボーンさんをけん制しながら、キメラの背中の石を狙えるの。

 石を砕くだけの、十分な硬さがあるものでの攻撃、でもたった一回の攻撃だけだと不安、手数が欲しい、それから死角を使う、油断させてから……。


 必死に考えて。

 私は何故か、かつて両親と見た、流星群を思い出す。


 夜の闇、いくつもの星が輝いて流れ落ちていくのを見て、幼い私はそのどれか一つでも掴めたらと、必死にこの手を伸ばしていた。

 そんな私を見つめて、お父様とお母様は優しく笑って。


 ――ああ。

 すっかり忘れていたことを、どうしてこんなタイミングで思い出したのか、自分でも分からない。


 けれども、おかげで私の中で必要なイメージが固まる。

 その記憶は今の私にとっては、両親から私に向けた魔法の贈り物に等しかった。


 そう、あの時見た流星群のように、やればいい――!!


 私は展開していた「絶対防御」を瞬時に解除する。

 全ての魔力をこの攻撃魔法に注ぎ込むために。


「土よ、私に力を貸して!!シューティング・スター!!」


 私は高らかに唱える。

 ロッドの上方、生成された土の魔法陣から、無数の星型の白い石がそこに発生して、それらが残らず飛んでいく。

 弧を描いて。


「何ッ……!?だが、攻撃が単純過ぎるな!!」


 さすがにこれはチークボーンさんとキメラの意表を突けたみたいだったけど、それでも身を翻されて避けられて、星をやり過ごされてしまった。

 けれど――。


「まだ終わってないわ!!」


 私はロッドを振り上げる、キメラとチークボーンさんの斜め上空に飛んだはずのそれは、ギュンと角度を変えた。


「魔法の軌道が、変わっただと!?」


 チークボークさんは焦った声を上げて、それでも防御態勢を取ろうとする。

 でも、させない……!!


「風よ、巻いて……!!」


 もう一つ、私は魔法陣を出す。

「風」の白の魔法陣。

 竜巻状になった風は全ての星を巻き込んで、その威力を上げる。


「そして、星たちよ、流星の雨となって降り注ぎなさい!!スターダスト・レイン!!」


 掲げたロッドを一気に振り下ろす。

 すると、限界まで加速した星々が白い輝きを放って流れ落ちて、そのままチークボーンさんを巻き込みながらキメラの背中の赤い石を割った。



「ぐあああっ!!」

「イリスくん、やったぁ!!」

「よし、今だ……!!」

「まっかせて!!」


 響くチークボーンさんの悲鳴と、仲間たちの歓声。

 悟った三人が再びさっきと同じ要領でキメラの首を落とす。


 再生能力を失ったキメラは断末魔を上げ、そして完全に倒れた。

 もう立ち上がることはない。

 星に埋もれる形になったチークボーンさんも気絶しているみたいで動いていない。


 やったわ――

 これで終わりだわ、と思って、私はイデアの方を見る。


 イデアは変わらずアンクルさんと剣を交えていた。

 とてつもない速さでお互いの攻撃が繰り出されていて、その剣の軌跡さえ私には見えない。


 けれど、一瞬後。

 私の視界、イデアの腹部にアンクルさんの剣がグサリと刺さった。


「イデア!!」


 悲鳴を上げた私を見て、アンクルさんはニヤリと笑う。

 殺してやったぞと言いたげに。

 そして次の標的は私だというように、こちらに視線を合わせて突進しようとして。

 けれども、それはできなかった。


「これで殺せたと思った?」

「なっ!?」

「私の魔法はもう発動していたんだよ。実は」


 イデアの声が高らかに響く。

 それは決して、刺されて苦し気なものではなくて。


「今一度、命ずる。散れ、光よ。その強き輝きにて大気を揺るがし、我が幻を無限に映せ」


 唱えたイデア、その呪文に応えるように、彼とアンクルさんの周囲、大気中にチラチラと小さく、しかし強く光を放って輝く金の光の粒たちが増殖する。


「なに……!?体が消えていく!?」


 急所を刺されたはずのイデアとおぼしき人の体は、少しずつ光の粒になって端から消えていく。


「馬鹿な!?」


 驚きの声を上げて本物のイデアを探すアンクルさん、その背後にもう一体のイデアが迫っていた。


「くっ!!」


 アンクルさんは再度その長剣を目に留まらぬ速さで振るってイデアを切りつけるけれど、また光の残像を残してイデアは消えてしまう。


「ふふ。これもハズレだよ。こっちこっち」

「ちっ、この……っ!!」


 何体ものイデアが現れて、そのたびにアンクルさんは何度も剣を振るうけれど、全てが光の粒となって消えていく。


 まるでからかっているみたいだ。

 完全に翻弄している。


「これは、もしかして、光魔法……?」


 私はいつの間にか呟いていた。

 そしてずっと、そうかもしれないと思っていたことが、はっきりと頭の中で形になっていく。

 そうとしか考えられない。


 やっぱり、イデアは、この方は、間違いなく王族の――


「さて、君の仲間も狼たちも倒れてしまったようだし、そろそろこちらも終わらせようか」


 私たちの方と青騎士隊の方、それぞれに視線を流して状況を悟ったイデアは、自分の戦いもここで終わらせることにしたみたいだ。

 再び彼の声が呪文を唱える。


「大気よ、天高く渦巻き失せ、道を開けよ。我、無から生まれし光の道を歩み、この世の時を超越する者なり」


 私とパッと視線が合うと、ふっと微笑んで見せた。

 戦闘中とは思えないほどの柔らかい笑みだった。


「ふん、終わるのは貴様だ!!」


 そんな彼に対して、おそらく全力の速さと鋭さと怒りを込めた彼にできる最高の一撃を、通り名らしい「一撃の」という表現にふさわしい攻撃を、アンクルさんは放つ。


「死ねっ!!」


 けれども、その全力の切っ先が本物のイデアに触れることはなかった。

 イデアは自身の残像を残しながら、まるで瞬間移動したかのように敵の背後に回り込む。

 アンクルさんが気付いて振り向いた時には、もう防御は間に合わなくて。


「確かに、君の風魔法の使い方には無駄がないし、剣筋もとても速いけれど。それだけじゃ私の光の速さには勝てないよ」

「なっ、何、だとっ……!!」


 微笑する彼の残像が、まだ完全には消えきらずキラキラと瞬いているうちに、最後は、イデアが大きく剣を振るって。


「ぐ、あ……っ!!」


 その衝撃に吹き飛ばされる形になって、アンクルさんは悲鳴を上げてそのまま気絶したのだった。

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