第50話◇今度は、私も戦えるから
イデアの指示を聞きながら、全員が態勢を整える。
「イリスはあのチークボーンの魔法攻撃を警戒してほしい」
「うん」
私はさっき展開した「絶対防御」を維持しつつも、しっかりと気を引き締めて頷いた。
キメラの背に立ってこちらを向いているチークボーンさんは、あの杖で魔法での遠隔攻撃をするつもりでいて、キメラの上から下りる気はないのかもしれない。
アンクルさんと同じ黒ずくめの服だけど、こちらは覆面で顔は隠していないから、その顔の入れ墨も不敵な笑い顔も目立っている。
「アップルとウィリアムとルークは、キメラを」
「いいよ~」
三人もイデアに返事をして、それぞれの武器を構える。
掲げたアップルさんのその手に現われたのは棒……と思ったら、振った棒の先端から、ガチャン!!と音を立てて刃が飛び出す。
どういう仕組みかは分からないけれど、斧だった。
「首一つずつ、ってことだな」
ウィリアムさんは全身から、初めて出会った時の私への威嚇とは比べ物にならないくらいの膨大な圧を放っていて、そして持っている剣にさらに強く冷気を纏わせている。
「りょうかーい」
ルークさんはどこから取り出したのか、光る糸のように見える、特殊魔鋼の糸をその手に。
慣れた手つきで肘上まであるロング・グローブの指先にクルクルと絡めている。
それは恐らく、彼らなりに、あのキメラの「首を斬る」のに一番適した武器を用意したのだと思う。
そして最後に、イデアが自分の剣の切っ先をアンクルさんに、相手にも分かる形で、指名するように向けた。
「あの覆面の、アンクルという男は俺がやる」
名指しを理解したのか、アンクルさんがイデアに突進していって……と見せかけて、私に投げナイフを投げつけてきた。
「きゃあっ!!」
突然のことで驚いて叫んだけれど、ナイフは結局、私に届くことなく地面に落とされた。
イデアの剣に弾かれて。
「悪いけど……彼女を傷つけることは絶対に許さないよ」
カンッ!!と音を立てて落ちたそれを拾って、態勢を整えたアンクルさんが、今度はイデアに向かってナイフを突き刺そうとして、それを防いだ彼と鍔迫り合いになる。
「ふふ、実は、君には前世で彼女を傷つけられた分の恨みがあるんだ。まぁ、今の君には全く覚えがないことだろうけど」
イデアが口走る。
それは前世のことで、この場には私しか知る人はいないことで。
「は……?前世だと?あるわけないだろう、そんなもの。頭がおかしいのか」
当然、アンクルさんは不審そうな目つきになってしまう。
「前世は確かにあったし、当時の君に対する憎しみや殺意の気持ちも、間違いなくあるんだけども……」
ぐぐ、と相手の力を押し返しながら、イデアが笑った。
「今現在、彼女を傷つけようとしている時点で、君はここで確実に潰すことにするよ!!」
キンッ、とアンクルさんのナイフを完全に払って、今度は狼と乱戦中の青騎士隊がひとかたまりになっている中に飛ばす。
すると青騎士隊員のうちのひとりがちょうどそれを上手く拾って、あちらでも狼が一体、討伐された。
「以後、イリスの防御は私が務める!!三人とも、ここからはよりキメラに集中しろ!!」
「了解!!」
声と共に散開する皆、私もなるべく大きく「絶対防御」のゾーンを維持して皆の盾になれるようにする。
と同時に、キメラの三つの頭がそれぞれ吐いた炎の息を、私は球の防御壁の「水」の部分で打ち消した。
「いっくよぉぉ!!」
その瞬間、アップルさんが大きく斧を振りかぶる。
見事に鼻先を叩かれた頭のひとつが怒ってアップルさんに襲い掛かろうとしたところを、ルークさんの魔鋼の糸がその場から動けないようにと縛り付けた。
「はーい、暴れなーい」
どこか優雅にルークさんは言うけれど、キメラはすごい勢いで暴れている。
なのに、糸は切れることなく、ギリギリと獲物を捕らえ続けていた。
「ルーク、そのまま固定しておけ!!」
ウィリアムさんが自ら出した氷を足場にして駆けて、キメラの上のチークボーンさんに迫る。
それを、チークボーンさん当人は自分の「火」魔法で防いだ。
「フレイムアロー!!」
呪文と共に炎の矢が降り注ぐのを、ウィリアムさんが更に自分の魔力を注ぎ込んで威力を上げた氷の刃で打ち消す。
そこにアップルさんが切りかかっていったが、再び炎を放ってチークボーンさんは距離を取らせる。
などという攻防を追っていると、またアンクルさんの、今度は長剣が私を切ろうと近づいて来る。
「……っ!!」
ガンッ、とまた激しい鍔迫り合いと打ち合いがイデアとアンクルさんの間で始まった。
ふ、とイデアが私に笑いかけてくる。「ちゃんと守るから、大丈夫だよ」と言いたげに。
「あっ、ありがとう、イデア!!」
び、びっくりしたわ!!
あっちでもこっちでも戦っている状況だから、一つの戦いにばかり目を向けていると、一瞬で自分の命が危険なことになる。
気を付けておかないと……!!
私はなるだけ、全部の戦局に気を配るように心がける。
青騎士隊VS狼の群れの方も、イデアVSアンクルさんも、私たちVSチークボーンさんとキメラも、全部を。
「ねぇ、あの男、本当にさっきからずっと、イリスちゃんばっかり狙ってない……?全部だんちょーが止めてるけど」
魔鋼を器用に操りながらルークさんが話しかけてきて、やっぱり私以外の人たちは、こんなにごちゃごちゃしている状況でも全体の流れを把握しているんだと私は知る。
「私が隙だらけなんですよね……。こちらからの攻撃も、なかなかダメージを与えられてなくて」
チークボーンさんの「火」の魔法を防ぎながらも、私は落ち込んで反省する。
うまくこちらの攻撃が当たらなくて。
皆の足を引っ張らないようにしないといけないのに、経験不足なのがバレバレだから、狙われているに違いないんだと。
「違うな。この『絶対防御』こそがこのチームの要だからだ」
けれども、その自虐的な気持ちは仲間たちに否定された。
キメラが吐いた炎の息を氷で打ち消しながら、ウィリアムさんが手短に言って、またキメラの首に斬りかかっていく。
「私が……要?」
思わず呟いた私に、体勢を整えるためにキメラの炎攻撃から一度引いたアップルさんが近づいてきて、それを肯定した。
「そ。イリスくんに圧力をかけることで『絶対防御』を強引に解かせて、こっちを総崩れさせるつもりだと思うよ」
私は強く意思を持つことにする。
そういうことなら、絶対に私の、この「絶対防御」は、意地でも消させないんだから……!!
イデアが弾いたアンクルさんの暗器が、またアンクルさんの「風」に操られて私に飛んでくる。
それを、鞭のようにしなったルークさんの闇色のロープが叩き落とした。
「これ、もーらいっ」
そしてルークさんは、回収したそれをそのままチークボーンさんに向かってロープのしなりを利用して投げる。
「く……っ!!」
まさかここで味方の武器が自分に向かって飛んで来るとは思っていなかったようで、チークボーンさんは猛スピードで飛んで来る暗器を大きくのけ反るようにして避けた。
その、一瞬の隙。
それを逃さず、ウィリアムさんとルークさんとアップルさんが、示し合わせたかのように、同時に動く。
まるで意思が通じ合っているかのように。
キメラの三つの首、それぞれに三人同時での攻撃。
ルークさんの闇の魔力を帯びた特殊魔鋼がキメラの真ん中の首にかかると、他の二つの首も自然と動きを制限されることになる。
その隙を逃さずウィリアムさんは氷の剣、アップルさんの斧の、鋭い刃で首を落とした。
同時に、ルークさんも魔力を強く流し、魔鋼に魔力を加えることで刃の性質を与えて、切断力を上げる。
キメラの三つの首が大きな音を立てて地面に落ち、残ったキメラの首から下の部分が痛みにのたうつ。
「やったか!?」
ウィリアムさんの声に、全員が注目する。
けれど、まだ終わってはいなかった。
首は瞬時に三つとも再生して、三つ分の大きな遠吠えが空気をビリビリと震わせる。
「さ、再生した……!?そんな!?」
息を飲む私たちに、チークボーンさんは高笑いだ。
「ふはははは、ここのキメラには特別な無限再生の回路を仕込んでいるのだ。この背中に埋め込まれた石を壊さない限りは、このキメラは死なない!!無限に再生し続けるぞ!!」
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