第49話◇トカゲの入れ墨の人たち
真っすぐ向かってきている、狙いは……やっぱり私!?
そう分かってしまうと、やっぱり、怖いものは怖い。
けれど、足の入れ墨の人は、風の魔法陣を両足に展開して踏み込むことでスピードを上げているのだと、私は相手の魔力の流れを見ることができていた。
前回は全く気づかなかったことだったけど、今の私には分かる、できることがある、私はちゃんと成長してる、みんなもいる、イデアも前に出てくれている、大丈夫……!!
自分に言い聞かせて、私は防御の体勢を取る。
あっという間に肉薄したその人の長剣は、しかし私には届かなかった。
イデアだ。
イデアの剣が相手の攻撃を弾き飛ばした。
金属同士が激しくぶつかり合う、甲高い音が響く。
私を初手で殺すことに失敗した男が、チッ、と舌打ちするのが聞こえた。
「今だ――イデアっ、引いて!!」
だから、私は「今がそのタイミングだわ」と思って彼に伝える。
ここで呪文を唱えるべきと理解して。
意図を完璧に理解してくれたイデアは、瞬時に私の背後に跳んで戻ってくれた。
呪文はね、なるべく一言で言いきれる方がいい。
詳細に考えたイメージに技名や名称をつけるんだよ。
そしたらその一言だけで魔法を顕現させられるんだ――。
そう言っていたアップルさんのアドバイスで、詠唱をコンパクトにする方法ももう分かっている。
一番得意な……ずっと前に、チィを召喚した時に出していた「四属性全てを使った球状の、防御の魔法」。
あの時は一部だけ、レンズ状の壁にしかならなかったけれど、探偵団の皆のアドバイスと特訓を受けて、今は――できる!!
「絶対防御・展開……!!」
声に応えるように四属性全て、四つの色の魔法陣が私の背後に浮かんで、そこから出てきた全ての属性の魔法が絡み合った。
まずは骨組みのように「土」――蔦で大きな球が築かれて、それを伝うように「火」と「風」と「水」がまだらにゆるゆると動きながら表面を覆っていく。
「広がって!!」
私の言葉と同時に球の半径が勢い良く広がり、入れ墨の人は大きく弾き飛ばされた。
相手は遠くに飛ばされないように風魔法を纏って体勢を立て直したけれど、これで距離を取ることはできた。
「ふん、たかが小娘一人を仕留め損なったとは。その通り名も霞むな。『一撃のアンクル』よ」
そこにもう一人、新手が現れる。
尾行した日にヨトウさんの邸宅を訪ねていた、あの顔に入れ墨がある男の人だった。
「うるさい、気が散る。……何だあの異様な防御魔法は……」
呼びかけてくる相手を振り向くことなく、足の入れ墨の人は私をひたすら凝視している。
私も私の魔法も警戒されている……。
はっきりとそれが分かった。
「貴様ら、『金赤のトカゲ』か!!」
ウィリアムさんが問う。
「その通り。私はキメラ使いのチークボーン。以後お見知りおきを。そして我らが頭目とこの邸宅の主が結んだ契約に基づき、ここから先は通すつもりはない」
言い切ったチークボーンさんがその右手の杖を空に掲げると、突然私たちの周囲に魔法陣が現れて、大量の狼たちがその場に現れた。
「転移陣!?罠を仕掛けていたのか!!」
「しかし、こいつら普通の狼と様子が違う!?」
口々に叫び、態勢を整える騎士たち。全ての狼たちが殺気立っていて、今にも誰彼構わず襲い掛かりそうになっていた。
「何の策も無く貴様らを迎えるはずがなかろう!!」
声を上げて笑っているチークボーンさん。
「野山にいる狼と大きさは変わらないようだが……狂暴化している。元々、連携での狩りが強い種だ、気を抜くな!!」
ウィリアムさんが指示を出して、さっそく青騎士隊の人たちが動き出そうとした、その瞬間だった。
またチークボーンさんが杖を掲げる。
それと同時に、再び地面に現れる転移陣。
ただし、今度の転移陣はとても巨大なものだった。
そこから狼と似た、しかしそうでない存在がその場に現れた。
「なっ、何だこの獣は……!?」
その異様な巨体を目に捕らえて、その場にいる全員に緊張が走る。
一つの体に三つの狼の頭、蛇の尾。
しかも先ほどの狼よりもずっと大きく、大人の男の人の背の倍の高さはある。
「私たちが実験によって作り出した、キメラ。言わば、疑似ケルベロスだ」
チークボーンさんは言うけれど、そのケルベロスというのは、本来なら冥界にいるという、伝説の生き物だ。
「作った、だって……!?まさかあの禁術の……!!」
アップルさんが何か言いかけた、その瞬間だった。
――ウオオオオオオン!!
三つの狼の口から重なり合う形で同時に遠吠えが響き渡ったと思うと、他の狼たちがそれに反応したかのように、一斉に暴れ始めた。
「全員、散開っ!!ウィリアム隊長、狼たちは我々で対処します、皆様方であちらの男二人と、あの三つ首を、頼みます!!」
「心得た!!」
副隊長らしい人がウィリアムさんに叫んで、狼と青騎士隊との間で乱戦が始まる。
探偵団の全員が入れ墨の男たちとケルベロスの攻撃に備えて身構える中、私の名を呼ぶチィの声が聞こえる。
待機しているポケットの中から。
『……イリス。やれるわね?』
「うん」
問われて、私は頷いた。
強敵に遭った場合の、イデアから私に課されている任務はというと、味方のために「絶対防御」に支配されたスペースをなるべく広く作ることだ。
具体的には、豊富な魔力で私を中心にした球状に防壁を展開。
広く周辺を守る。
他の皆が気兼ねなく戦えるように。
私は先程から展開していた「絶対防御」を、一人用の大きさから少しずつ拡大していく。
連携のために小声で会話しつつも、私は決して敵から目を離したりはしない。
他の皆も。
アンクルさんは私から視線を外さないまま、長剣を構え直す。
チークボーンさんは杖の先をこちらに向けた。
頭三つ分の低く恐ろしい唸り声が、空気を震わせていて。
「……さーて、だんちょー。どうする?」
「誰がどいつを叩く?」
ルークさんとウィリアムさんが、揃ってイデアに指示を仰いで。
イデアが友達二人だけに見せる男の子の顔で、少し好戦的に笑った。
「とりあえず、今は目の前の獲物を取りこぼさず、確実に潰すようにしようか。狼は全て討伐、トカゲは生け捕りね」
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