第46話◇ドキドキが止まらない、決戦直前
屋敷の自室に戻った後、私は自分の死に戻りについてチィに訊かれて、補足の説明をした。
ただ、前回の「暗殺者に刺された後の、ストレリチアらしき存在による蹂躙」については、あえてこちらからは言い出さないことにする。
……あれがチィ本人だったのかも分からないし、チィ本人だったとしても、あのことを覚えている感じではなさそうだと、これまでの会話の流れで分かったからだ。
「けれど、私のせいで尾行失敗にならなくて良かったわ……」
胸を撫で下ろし、同時に強く反省もした。
いくらびっくりしたからって、あそこまで動揺していてはいけない。
でも……。
あの入れ墨を見て恐怖を体感した直後、イデアに抱きしめられて、それで心がふっと落ち着いたのは確かなことだった。
――いや、その後、ものすごい恥ずかしさと、別の意味での動揺に襲われてしまったわけだけれど。
ああ……何だか、気持ちが激しく上下運動しているみたい。
浮かれて「デートみたい」と思ったり、聞き込みで入手したヨトウさんの情報に心が疲れてしまったり。
とんでもない恐怖のどん底に落ちた直後に、好きな人に抱きしめられてしまってどこまでも舞い上がりつつも、ふがいなくて落ち込んでいる。
そういう、心臓に刺激が強い展開が午前中からずっと続いてしまった一日だった。
こんなにも一喜一憂して……私、本当に彼が好きなんだわ。
『うん?なぁに、どうしたの?イリス。急に黙っちゃって』
私が胸に両手を当ててあえての深呼吸をすると、チィが心配そうに訊いてきた。
だから私はこのごちゃごちゃした気持ちを分かることから説明していこうとする。
「あのね、さっき、イデアに、だ、抱きしめられちゃったの」
まず、起こった事実としてここから伝える。
『そうだったわねぇ~。見えてたわよ。あの、光が消えた後でしょう?光ってた間は見えなかったのだけど』
でも、チィには光の中で起こっていたことは知らないみたいだった。
だから、説明しなきゃって私は言葉を続ける。
「ち、ちがうの。光ってた間も……だったの。ヨトウさんに顔を見られないようにって」
単に説明をするために状況を思い出そうとしているだけなのに、あの時体感した全ての感触が戻ってきたような気がするから、不思議だ。
せ、説明してるだけなのに、何で顔が熱くなってくるの。
『あらぁ?私が見てないと思って、長時間……。しれっとオイタしてるじゃないの、あの青少年。やるじゃなぁい』
そんなふうにからかい笑い交じりにチィに言われてしまったら、いよいよ顔から火が出そうだ。
「でも、い、嫌じゃなかったの。むしろもっとイデアのことが好きだって思っちゃって、何だか、嬉しくて、すごくドキドキしたの。またぎゅってして欲しいって、思ってるの。私」
確かにすごく混乱する一日だったのだけど、何よりこのことに一番混乱している気がする。
「うう……恥ずかしいぃ……」
とても顔を上げてはいられなかった。
私はベッドのシーツに突っ伏して、チィにも見られないように顔を隠してしまう。
『あらあら』
それから数日、表面上は全く何事もなく過ぎて行った。
私はいつも通り、昼間は叔母様やアネモネから与えられた仕事をこなし、叔父様が家にいる時は密かに監視する。
夜は精霊魔法大辞典」を読んで、ひたすら魔法の特訓をした。
時間がある時は山小屋に向かう。
すると探偵団の誰かしらが例の変装姿で現れて、私を護衛してくれるのだ。
そうして、なるべくみんなに魔法や戦い方の基本を習ったり、一緒に戦う時のために連携の取り方の練習もした。
こんなにしっかり基礎から教えてもらえるのは今だけだと思って。
そうしているうちに、ついに我が家に魔法官がやってくる日が公式に決まった。
正確には、アップルさんの名前での「魔法の反応があるので魔法官が南ストレリチア邸に伺います」という宣言だ。
実はこのヨトウさんの邸宅に捜査の手が入った直後に、アップルさんたち魔法官様ご一行が叔父様の顔を見に来る。
今回はそういう計画なのだ。
ヨトウさんへの「強制捜査」にも、私もしっかりと参加する。
戦闘なんて初めてだから、内心かなりドキドキしている。
それから、緊張してしまう理由は、もう一つある。
ヨトウさんの邸宅に踏み込む予定の、十の月の二十二日。
それは前回の私が死んでしまった、ちょうどその当日でもあるのだ。
そして現場には、前回の私に死をもたらしたあの男と同様の、例の「顔にトカゲの入れ墨を持つ男」も待ち構えているのかもしれない……。
今回で第3章が終わりで次から新章、クライマックスに入ります。
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