第41話◇指先に二度目のキスを
一族の人はあまり教えてくれない過去のお父様のお話をしてくれたセオさんに改めてお礼を言って、二杯分のりんごジュースを受け取ると、私たちは奥の飲食スペースに向かった。
たまたま他には誰もいなくて、私たちはテーブル席に座ってジュースを飲むことになった。
薪ストーブのおかげで温かい中、冷えたそれがちょうどよく美味しかった。
「……すごく美味しいわ」
「うん。本当に美味しいね」
一口飲んだジュースはとても美味しくて、私たちは顔を見合わせて笑う。
確かにセオさん本人が言っていた通り、新鮮で「とっておき」の味だった。
りんごは当然、情報も。
「さっきの『日の出亭』の話については、他のみんなにも報告しないといけないな」
「そうね……」
私はまた真面目な話が始まるんだと思って、真剣な表情を作ろうとする。
そうしたら。
イデアがそっと私の手を取って、握ってきた。
「あ、の。イデア……」
「だめ」
もぞもぞと指先を動かしてみたけれど、当然手を離してはくれなくて。
ただ、いたずらっこみたいな顔で、ふっと小さく笑われてしまっただけだった。
「誰も、見てないから。もう少しだけ、ね?」
こんなの、まるでイデアも「大通りに入ってからの、人が多くいたせいで手を繋いでいられなかった、その時間が嫌だった」って思ってたみたいで、そう伝えられてしまっているみたいで、困るわ……。
「指へのキスは、またチィに怒られるかな?まだ、早い?」
する、と指を絡ませるようにしながら、右手の中指を撫でられてしまう。
それは以前に一度キスされた場所だと、過去を完全に思い出させるように。
二度目に山小屋で手にキスされそうになった時は、途中でチィに阻まれちゃったから、結局果たせていない……。
も、もしかして、「上手くやりなさいよ」と言って席を外してくれたチィは、こうなることを見越していたのかしら。
「これくらいならいいわよ」って許可された、ってこと……?
「……チィは、今は、いないわ」
私はドキドキを通り越して呼吸困難になりかけながら、何とか、それだけを伝える。
「そうだね」
言いながら、私の手を導くイデア。
手を引っ込めさえすれば阻止できることだと分かっているのに、私は動けない。
「……今日のイリスは、本当に可愛い。離したくないくらい」
そしてとうとう、指先に彼のキスが落ちてきた。
それはただ、指先にそっと唇が触れるだけのキスでしかないのに。
なのに、目が離せない。
思わず叫び出しそうになるのを、必死に耐えながらも、触れる瞬間を見てしまった。
「ひう……っ」
どうしよう、つい変な声が出ちゃってる。
顔から『火』の魔法が出ちゃってのかと思うくらいに、熱い。
思わず涙目になってしまっていて、プルプルと指先が小さく震える。
その後、イデアはずっと私の手を握り続けていた。
ジュースを飲み終わっても、しばらくそうしていた。
……散歩から戻ってきたチィに強めにつっこまれるまで。
熱すぎる頬の熱を何とか冷まして、私とイデアは店を出ようとする。
するとセオさんが紙袋いっぱいのりんごをくれた。
「ほら、ジュースだけじゃお代に足りねぇわ、せめてこっちも持って行って下さい!!そちらの紳士の分も!!」
大きなりんごが、ぱっと見たところ、六個くらいは入っているだろうか。
しかも種類も色々だ。
皮が真っ赤のもの、青緑のもの、黄色に近いもの、赤黒いもの。
ただ、どれも食べ時のいいタイミングのものを選んでくれたみたいだ。
「ええっ、こんなに、いいの!?」
「全然、いいんですよ!!イリス様はもっとしっかり食べて下さいね。アネモネ様に食べ物や服を取られてないか、俺たちは毎回、心配してるんですよ!!いっつもイリス様のものを欲しがって盗っちまうんだから、アネモネ様は」
「あはは、さすがに大丈夫よ。今は」
私は思わず笑ってしまった。
両親が亡くなってすぐの頃、アネモネのわがままでそういうことになってしまった時が何回かあった。
今はそんなこともずいぶんと減っているんだけど、噂が広まってしまったらしくて、セオさんやアンナさんやシーニャさんは何かと私に対して「ご飯は食べてるの?」と言ってくるのだ。
「君は存外、領民たちに慕われているんだね」
私のかわりに紙袋を持ってくれながら、イデアが言う。
だから、私はパチパチとまばたきをしてしまった。
「そう、かしら?」
「そうじゃないと、こうはならないよ」
イデアは肯定的な様子で微笑んでいたけれど。
単純に「体がやせっぼっちでご飯ももらえてない心配な子供」扱いをされているだけじゃないのかなぁ……。
その後はこのままシーニャさんの宿屋に足を伸ばすことになった。
「シーニャには君が来ることをもう伝えている。仕事に協力してもらっているからと。変装のための部屋を貸してくれるはずだよ」
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