第29話◇手の甲にキスされちゃうのって……!!
だから変に勘違いしそうになって、困ってしまう。
握られている右手に、全ての意識が集中しちゃうわ。
私の手よりも、ひと回り大きな手。
指も関節が目立っていて少し太い……。
使っているところは見たことがないけれど、いつもその腰には剣があるから、普段から鍛錬しているのかしら。
ああ、どうしたらいいの……。
こんなに近いと、胸の鼓動がいつもよりずっと早まっているのが、自然と伝わってしまいそうだわ。
意識し過ぎよ、私。
ただ、だからと言って、私はこの手を離して欲しいとは全く思ってはいなかった。
お互いの指先が少しひやりとしているのは、夕方になって昼間より外がずっと寒くなっていたからで、私たちは温まるために一刻も早く暖炉の火に当たるべきなんだろう。
そして山小屋に戻ったら、この手はきっとすぐに離されてしまうんだろう。
それを残念に感じながらも、私は足を進める。
「疑いが晴れてよかったね。イリス」
「え、ええ……っ、イデアのおかげよ……。ありがとう」
にこっ、と綺麗な顔で微笑まれて、どぎまぎしつつも、何とか同じように笑って返す。
やがて山小屋の中に足を踏み入れるその瞬間、私は自分の身体中にある全ての勇気をかき集めるようにしてイデアに向き直って、提案した。
「あっ、あのっ、イデア。暖炉の前に椅子を動かして、そこで温まるのはどうかしら?それからお茶を入れて……」
「うん、いい案だね。そうしよう」
何とかお茶については誘えた。
了承の笑顔が返ってきたことにほっとして、私は一度、イデアから離れようとする。
さっそく、テーブル近くの椅子を移動させようとして。
だけど、できなかった。
イデアの手がまだ私の指を捕まえたままだったから。
その指にはぎゅっと力が入っていて、距離を取ろうとしたはずなのに、むしろ少し引き戻すようにされたために、逆に近づいてしまっていて。
私はびっくりしてしまう。
「イ、イデア?あの……私、これじゃ動けないわ……」
呼びかけたけれど、彼は離すつもりが全くないみたいだ。
「手、冷えてるね」
イデアが言った。
その両手で、私の右手を温めるように包み込むと、撫でさするようにする。
「あっ……。そう、ね。少しだけ、寒くて。あと、事情聴取に、とても、緊張していた、から」
つ、と撫でられる感触がちょっとくすぐったい。
答えている間も、何度も触れられるたびにぴくっと手が震えてしまって、何だかそれがとても恥ずかしい……。
じわ、と頬が熱くなってくる。
吐く息も震えてしまっているように感じる。
見ると、握られた手が少し持ち上げられるようにされている。
と思ったら、ちょうど私の手の甲に、イデアのその唇が触れようとしていて――
「イッ、イデアっ……!?」
私はふっと思い出す。
初めて出会ったその日にも、彼に恋愛小説みたいに、その指先にキスをされたことを。
そしてそれを夜寝る前に思い出して、興奮のあまり眠れなくなってしまったことも。
ああっ、また初めて会った日みたいに、私、手にキスされちゃうのっ……!?
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