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第28話◇私のお手柄とごほうび

 イデアと山小屋でお茶会をしたちょうど二日後、イデアに連れられて財務官と法務官の人たちがやってきた。

 まさか叔父様がいる南ストレリチア家の屋敷で彼らと会うわけにもいかず、自然と森の山小屋に皆様をお迎えすることになる。


 そしてさっそく、テーブルを挟んで座り、財務官さんと法務官さんとイデアと私の四人での会談――つまり、事情聴取が始まった。

 財務官の人は男の人で「ヤニック」さん、法務官の人は女の人で「ソフィア」さんと名乗った。


「これは先日、国に提出された、南ストレリチア領の会計報告書類です。会計責任者の欄にはヨトウ、書類の作成者の欄にはあなたの名前が書かれていますね」

「はい。確かに私が書類を書いて、この部分は、確かに私が自分の名前を書きこみました。ただ――」


 ヤニック財務官に訊かれて、私は自分の人差し指でその部分を指し示す。

 ちょうど指摘したその部分に、三人分の厳しい眼差しがサッと集まった。


「ここ。ここの数値が、私の記憶とは違います」

「――ほう?」


 ヤニック財務官は興味深そうにその目を細める。

 私は一言一句間違えずに記憶通りのその内容を書き記した。

 再びヤニック財務官がそっちの書面も確認する。


「収益の部分、国に提出された方の額がかなり少なくなっているな。君のこの記憶が正確なら、ヨトウは君が作った書類を改ざん、モルヒ公はそれを追認した上、領地から得られた収入額が少なかったと報告することで脱税をしている」

「はい。そうなりますね……」


 脱税は間違いなく行われていたのだ。

 私がうつむいていると、今度はソフィア法務官が動いた。

 彼女の手には謎の魔導具と、小さな薬瓶らしきものが一本、あった。


「それでは、国が受け取った書類の方に、魔導鑑定機と魔法試薬を使ってみよう。この試薬に君の魔力を流して欲しい」


 言われるままに、私は魔法試薬を受け取って、それに魔力を帯びさせてから返した。

 彼女は魔導鑑定機の所定の場所から試薬の瓶の中の全ての液体をザッと流し込んで言う。


「魔力がある者の改ざんであれば水色に、ない者の改ざんであればピンクの色に光るはずだ」


 すると、ちょうど私が指摘した文書のその部分に、はっきりとピンク色の「私の筆跡ではない文字」が浮かび上がった。


「改ざんしたのは魔力がない者、ヨトウだな。奴は君に脱税の罪をなすりつけるつもりらしい。君の筆跡を真似ている」

「その場合、私は刑罰を受けることになりましたよね……」


 確信を得た様子のソフィア法務官に私が問うと、彼女は吐息をついて、大きく頷いた。


「ああ。きっとそうなっただろうね……」


 ということは。

 もし気付かずにいたら、国に捕まって処刑されていたかもしれない?


 その事実を悟って、私は青ざめる。


 やっぱり、命を狙われることは恐ろしい。

 きっと今後も全く慣れることはないと思う。


 けれど――絶対負けないわ。


「でも。私はもう、そんな画策をする叔父様たちに、二度と泣き寝入りはしないです。南ストレリチアの跡継ぎ候補として、あの人に立ち向かって見せます」


 両手をぎゅっと握りしめて、私は耐えて、自分の進む道を示す。

 こうしてしっかりと自分の意志をもって叔父様に立ち向かっていくことが、この先の道を明るく切り開くための唯一の手段だと信じて。


「そうだね。少なくともヨトウが書類を改ざんしたという明らかな証拠が手に入った」


 イデアは一度そこで言葉を切る。


「いずれにせよ、モルヒ公を追い詰めるための突破口が開けた。君のお手柄だよ、イリス」


 そう私を褒めてくれたし、背中を撫でる手は変わらず優しかったけれど、イデアがとても強くヨトウさんや叔父様に対して怒っていることが分かった。


 私が今まで一度も聞いたことがないような冷たい声で、彼はきっぱりと断言した。


「やってもいない罪を着させて、君の立場を著しく貶めようとする不届き者には、確実に報いを受けてもらおうか」


 そういうわけで、ソフィアさんとヤニックさんは「発言に一切の虚偽や矛盾がない、我々の立ち合いによりイリス嬢がこの不正に関わっていないことが証明された」と法務官と財務官の立場からはっきりと宣言してくれた。




 一通り聴取を終えて書類をまとめ終わると、ヤニックさんとソフィアさんは去っていった。


 山小屋の外に出てお二人の後ろ姿が遠く見えなくなるまで見送ってから、私はイデアと山小屋の中に戻ることにする。

 すると、イデアはスッと私に向かって手を差し出してきた。


「暖炉の前に戻ろうか、イリス」

「……ええ」


 とても自然なエスコートだった。


 ここ最近の私は、いつも山小屋に来るたびに「冬だし、寒いから」と火を起こして、お茶会をすぐにでも始められる状態にした上で、イデアが来るのを待つようになってしまっている。


 先日の暖炉を初めて使った時にイデアと過ごした、あの時間のほっこりする優しさが忘れられなくなって、どうしてもまたその安らぎを味わいたくて。


 今日は何故か、「一緒にお茶しましょう」と口走るタイミングが、掴めない。

 ただ普通に誘えばいいだけなのに。

 私は恥ずかしさにもぞもぞしながら、沈黙している。


 だって、何だか最近、イデアが私にものすごく優しい気がするから。

 それに、彼は人と手を繋いだり相手のことを触ったりするのが、結構好きみたい……。


 私はつい、ぎゅっと指が絡んだ状態で握り合っているその手と手を、じっと見つめてしまう。


 これって、まるで、大変だった後にごほうびをもらっているみたいだわ……。


 嬉しい。

 以前よりずっと距離が近い気がする。

 少しでも続き気になられましたら、★★★★★とブクマで応援して頂けると嬉しいです!

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