第24話◇あなたと暖炉に火をくべて
「そうだね。試してみようか」
イデアもそう応えて、火が付きやすい小さめの薪と木の繊維くずを火床に重ねるように置き始めたから、私は火種を得るためにチィにお願いする。
「チィ、『火』の魔法も使いたいの。一瞬だけ、お願い」
右肩にいたチィがそっと私の頭に翼で触れる。
すると、金属音と共に私の魔力回路の「火」に対応している部分が、「風」に対応している部分に続いて熱を帯びた。
「『火』よ、我が手の内に恵みの炎を与えたまえ」
すると、例のマーク入りの「火」の魔法陣が発動する。
ちょうど、ろうそくに灯るのと同じくらいの大きさのとても小さな炎が、私の両手のひらに包まれる形で生まれる。
「『風』よ、この炎を火床に送って」
次に、風の魔法陣。
私はその炎を風で煽るように意識して、暖炉の奥に送り込む。
炎の玉は風に押される形になってイデアが作った火床に転げて、やがてポッと火が付いた。
「やった、できたわ!」
ここ数日、自室で夜な夜な隠れてチィと四属性を切り替えながらの特訓をしていた成果がちゃんと出せて嬉しくて、私はイデアに笑いかける。
彼は良かったねと言いたげに微笑んでいたけれど、同時に少し驚いたような表情にもなっていた。
「いいね、ここ最近の特訓の成果が出ているよ。けど、もしかして、普段は『風』以外の力は封印しているのかい?」
魔法に詳しいイデアらしくすぐにこのことに気が付いたようで、私はせっかくだからと、ここで彼に口止めをする。
「そうなの。叔父様や他の一族に知られたら利用されるかもって思って……。だから、イデアもこのことは黙っていて欲しいかな。もちろん、魔法官の方や国の機関の方には全てをお伝えする予定だけど、一族の人にはなるべくギリギリまで隠しておきたくて」
「なるほど、その方向性での身の危険もあったか……。分かった、必要最低限にして広めないでおこう」
イデアは「それは気が付かなかったよ。ごめんね」と呟いて、大きく頷いてくれた。
すぐに願いを聞いてもらえたおかげて、少しだけ肩の荷が下りた気がするわ……。
二人で協力して、少しずつ投入する薪を細い小さなものから大きなものにしていきながら、火力を上げていく。
やがて炎が安定してきて、そこでようやく、私たちは安心して手を休めることができるようになった。
ふたりで並んで炎に手をかざしていると、じんわりと、かじかみかけていた指先が温まってくる。
元々少し寒かった上に、先程ウィリアムさんの冷気を間近で浴びてしまっていたこともあったため、これでようやく心身共にふーっと息がつけたし、心も温かくなったように感じた。
パチパチと薪が小さく爆ぜる音を聞きながら、揺れる炎をただぼんやりと見つめているのが、大したことではないはずなのに、とても心地いい。
それはきっと彼が隣にいるからだ……。
しばらく黙ったままその心地よさを満喫していると、ふと思い当たったようにイデアが訊いてきた。
「ここは正式には南ストレリチアの……君の叔父様が建てて管理している山小屋なのかい?」
あっ……そうか。
事情を全く知らない人からしたら、そう思えるのかもしれない。
なので、私は言える範囲のことを口走る。
「違うと思うわ。会計管理の書類をお手伝いしている時に管理費絡みで領地の建物の管理に関する資料も見たけれど、そういう記述はなかったもの」
「そうか。なるほど、会計管理の、書類……」
イデアは一応私の話に納得してくれたようで、ぼそりと呟いた。
けれど、突然、驚きの声を大きく上げる。
「ちょっと待ってくれ。君が、領主がやるべき会計管理を請け負っているのか!?」
何でか、とてもギョッとした表情で、私は自分のこの顔を見つめ返されている。
一体どうしたんだろう?
「そうね、叔父様も叔母様もアネモネも、計算は苦手みたいだから……。でも少し手伝っているだけよ」
「いや、そもそも、自分たちができないにしろ、もっとちゃんと会計の心得がある者をあと一人、増やすべきではないのか?イリスはまだ十四歳なんだろう!?」
イデアは私の回答に、完全に頭を抱えている。
珍しく声を乱して、不快そうにしていた。
年端のいかない子供に会計の書類なんてものを書かせるべきではない。
本当に、もっともだと思う。
ただ、相手はあのめちゃくちゃな叔父様なのよね……。
「会計管理の資格を持っている人は別にいるの。ヨトウさんっていう人。私だとその『あと一人分』のお給金を払わずに済んで遊興費に回せるからじゃないかしら?」
「……そんな、ばかな」
本当に、どうしてしまったのかしら……?
いやにイデアの顔色が悪くなっている。
ただの会計のお手伝い程度のことでしかないのに、それはそこまで「やっていてはいけなかった」という話なの?
「その会計管理の責任者の名前は、ヨトウ・キャビッヂで間違いないんだよね?」
「ええ、そうだけど……どうして?」
一体どうして、そのヨトウさんのことをイデアが知っていて、そして気にしているのかしら。
すると、思いもよらないことをイデアが言い出した。
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