第35話 酒場の手伝い
グラスがぶつかり合う音、酒場のホールから聞こえて来る喧騒が、厨房の奥でも聞こえて来る。
「小僧! 早く皿洗い済ましちまえ!!」
「あぁ! もう直ぐ終わる!!」
ゼランとルナリスと別れてから数日。
アレク達は、お世話になった店主の酒場を手伝っていた。
怪我がある程度回復するまでお世話になっていた訳だが、『此処から出ても行くとこねぇだろ? 金もねぇだろうし、店の手伝いをしてくれるなら寝泊まりOKだぜ!』という店主のはからいにより成り行きで手伝う事になってしまったのだ。
此方としても、『魔王』だとバレる訳にもいかないので有難い申し出だった訳だが。
「今お持ちしますね!」
ホールからは、ツクヨの元気な接客も聞こえて来る。
食事も出て、寝泊まりすることも出来る上に、ツクヨが愛想良く笑顔を振り撒き接客をしているお陰で給料も出ている。
その事を考えればまた恵まれ過ぎていると言っても過言ではなかった。
それにしてもーー。
(最近変わったな……ツクヨ)
アレクは、ホールから見え隠れするツクヨを見て思う。
変わったのは、そう。外壁の上で話をした後から……。『王になる』と宣言した時から。
そこからツクヨは感情をよく表に出すようになり、何でも積極的に行動している。
(……夜も俺のベッドに入って来るようになったしな)
日々潜り込んで来るツクヨに慣れず、睡眠不足が続いているアレクにとっては死活問題であるがーー。
「小僧ッ!!」
「い、今持ってく!!」
アレクは欠伸を噛み殺しながら、店主の元へと皿を運ぶ。
店主は料理を作っては置いてを繰り返す。今日は何やら来客数が多く、店主もてんやわんやのようだった。
「チッ! 肉切らしちまった!! 小僧ッ!! 俺ちょっと出て来るぞッ!!」
それから数分後、店主が酒場から出るとアレクは料理途中の品を何とか完成させ、ツクヨに品を渡す。
「すみませーん」
そんな中、カウンターの方から手を出して呼ぶ者を見つける。
(そう言えばカウンターは店主が接客してたか)
カウンターは厨房と併設するかの様に作られており、カウンターから中は見えない仕様になっている。
アレクは目に包帯を巻いてる事を確認して、今来たカウンターの者へと水を差し出した。
「いらっしゃいませ」
「アレ? 君が店主?」
「いえ、店主は今食材の調達で外出中でして」
その者は頭から深く外套を被っていた。
「ご注文は?」
「そうですね……オススメを頂けるかしら?」
「オススメですね……」
今は肉の料理を出す事は出来ない。相手も声色的に恐らく成人してない事がアレクには分かった。
アレクは先程出来上がったばかりの豆のシチューを客へと差し出した。
「此方になります。出来立てですのでお気を付けてお食べ下さい」
客は何処か上品な仕草で、シチューを掬うと息を吹いて冷まし、口に運んだ。
「……うん、美味しいわ」
「ありがとうございます」
此処に居ては目立ってしまうだろうと、厨房の奥へと行こうとすると、アレクはその客に呼び止められる。
客はアレクが巻いている包帯を指差した。
「貴方、それってどうしたの?」
「あ、これですか。実は先日アイスウルフが出た時に巻き込まれてしまって……」
「あ………そうだったのね。まだ痛い?」
「そうですね……まだ暫くは痛いかもしれません」
疑われないように、少し痛がっているフリをしながらアレクは苦笑いを浮かべる。
幸い、アレクは人の真似などする事が得意であった。それ故に演技も本職並みに上手かった。
そのアレクの演技に当てられたのか、客は懐から小さな容器をアレクへと手渡す。
「あの、これ良かったら使ってみて……傷薬。少しでも傷跡が小さくなるように、ね?」
「良いんですか?」
「良いのよ。大したものじゃなくてごめんなさいね」
渡された容器は軽く丈夫で、そこらで見る事の出来ないような物であるのは直ぐに理解出来た。
(こんな高そうな物を、酒場の雑用に渡すなんて……一体何者だ?)
アレクが訝しげに目を細める中、ホールの中心にあるテーブル席から「ガタッ!」と大きく音が鳴って、二人は目を向けた。
「あーあ!! ったくよぉ!! 」
その男は酔っ払っているのか顔を赤くしながら何やら叫んでいた。
「おい、飲み過ぎだ」
「あ"ぁッ!? こちとら呑まなきゃやってられねぇんだよッ!!」
「おい、バカッ!」
男はテーブルの上にノソノソと上がると拳を突き上げた。
「魔法師団がどんだけ偉いんダァッ!? 俺の家はアイツらの所為で瓦礫になっちまったんだぞ!!?」
「落ち着けッ!!」と一緒に呑んでいる者達に止められるが、その男の口から愚痴が止まる事はなく吐き出された。
客はそんな男達を見て大きく溜息を吐いた後、またシチューを掬い始めた。
「こうなったのも全部『魔王』のーー」
「あの、今『魔王』って……?」
客の呟いた言葉に、アレクは思わず反応を示す。
今、イカラムの城下町ではある子供が探されている。しかしそれは、『王族に危害を加えた者』として探されている訳で、『魔王』の所為でこんな殺伐としているという事を知っている一般人には箝口令がしかれている筈だ。
勿論、これが嘘だと真実を述べた者が居たとしても笑われるだけで、確信めいた事が言えるのはーー。
「あ、いや、」
戸惑う様に口を開け閉めする客に、アレクはカマを掛けてみる事にした。
「もしかして『魔王』がこの街にーー!」
「あっ!! ちょっ!! ちょっと!!!」
客は焦った様にアレクの口を押さえ込んだ。
同時に、客の顔が間近に来る。
腰まで伸びる瑠璃色の髪、柔らかでありながら何処か水晶の様な輝きを見せる翡翠の大きな瞳。
ツクヨとは対照的な、天真爛漫さが見て取れる整った容姿だった。
「良い? この話は必ず秘密にするのよ?」
客に口を抑え込まれながら、アレクは小さく頷く。
「実は、町に魔王が出たの」
「え……それってアイスウルフ達が来た時に?」
「そう。魔王がアイスウルフ達を従えて街を襲ったのかもしれないの。兵士の話だと、アイスウルフは魔王を襲わなかったって言うし……」
「そんな……」
アレクはそれに驚愕するかの様子で怯えて身体を震わした。
(兵士の話を聞いてるって事は軍の人間……いや、手が鍛えている者の手ではない)
冷静に目の前にいる人物について観察していると客が予想外な事を口に出す。
「まぁ、まだ別の可能性もあるんだけどね……」
「別の可能性?」
「ラムサル山にある『封印の祠』って知ってる?」
「そんなのがあるんですか?」
「あそこで何か異常が起こってアイスウルフ達が襲って来たのかもーーっていう噂もね! あったりなかったり……」
途中、客が「しまった」と言わんばかりに視線を逸らすのを見て、アレクは続け様に質問する。
「封印って何を封印されてるんですか?」
「え、あー………これ以上は悪いけど、ね」
客は申し訳なさそうに、薄い唇の前に綺麗な人差し指を立てた。
今の反応から、言ってはいけなかった情報のようたが……良い事を聞いた。
「それじゃあ、さっきの事は誰にも言っちゃダメだからね?」
「はい」
「良い子」
客はお金を払うと、アレクの頭をポンポンと撫でて酒場を後にした。
それから間も無くして店主が降臨。テーブルの上で騒いでいた男はコッテリと絞られていた。
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数時間後。客の足も引き、少し封印の祠について考えているアレクの元に、眉間に皺を寄せ疲れていそうなツクヨが近づいて来る。
「アレク」
「うん? 注文か?」
「違う」
「ん? 休憩か?」
「さっきの女、誰」
「えっ、何で女って……」
「女の、勘」
「………」
「面白い!」
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