第33話 共に歩く
酒場での慰労会から二日が経ち、イカラムの門前にある定期馬車にて。
アレクは琥珀に色づく右目を包帯で隠し、ツクヨと共にその者達と別れを告げようとしていた。
「それじゃ、約束忘れるなよ」
「分かってる。2年後、あの酒場でな」
アレクはゼランと拳を突き合わせる。
昨日、アレクはゼランと約束を交わした。それは『ディアとナハドとの戦争で、ディアの戦力として助力する』という事だった。
態々、奴隷の売買を禁止されているイカラムに来たのも、少しでも戦力を集める為で……まさか『魔王』が売られるとは思っても居なかったらしく、お金もカツカツで来たらしい。
(つまり、そこまで切羽詰まってるって事。侵略が2年後と決まった訳ではないし……早めに準備しておいた方が良いだろうな)
ゼランの様子から、その事は容易く予想出来た。
命を助けて貰い、その上ツクヨ達を助ける為の手助けまでして貰った。
此処までされたら約束を破る訳にはいかないだろう。
「じゃあな、王子様」
「お前ッ!! ……馬鹿ッ!! 誰かに聞かれでもしたらどうすんだ!?」
「でも小国の、なんだろ?」
「……他人から言われるとムカつくな」
他愛のない話をしながらもアレクは共に笑い合い、ツクヨも軽く「さようなら」とだけ言葉を掛け、ゼランと別れを告げた。
そしてもう一人、違う馬車に乗り込む者が居た。ツクヨはその者の手を徐ろに取った。
「メイドさん、本当に行っちゃうんですか?」
メイドは桃色の髪を棚引かせ、メイド服ではない……一般人が着るような服を着ている。足元には大きな旅行カバンが置かれていた。
「あぁ。折角解放されたからな……」
「目的地は決めてるんですか?」
「いや……決めてない」
「なら、まだ此処に居ても!!」
それにメイドは首を横に振る。
「あの男も治す事が出来た……もう此処に居る必要はない」
あの男、ガイの事は慰労会後に、メイドが自ら詰め所へと赴き治療を施した。
今ではそれなりに回復して起き上がる事は出来る様になっているそうだ。
それにしても、だ。
「こんな急いで出る必要あるのか? 昨日今日で出発なんて……流石に急過ぎる」
「……あぁ。自分でもそう思う。だけど、もう決めた事なんだ」
「そうか………」
メイドの表情からこれはもう変わらない事なのだと理解し、アレクとツクヨは黙り込んで視線を地へと落とした。
そんな二人の様子にメイドは申し訳なさそうに眉を八の字に変え、朝焼けに明るい空を見上げた。
「……この世を自由に生きるには力が要るって事を今回で改めて知ったよ。お前はコイツを命懸けで守った。自分の力を最大限に使って。だから……私はお前が少し羨ましい」
「『魔王』の俺をか?」
「そんなの関係ない。そんなのただの見た目だって坑道で話しただろ?」
「……本当にそう思ってくれてるんだな。ありがとう」
お礼を告げるアレクに、メイドは目を細めて微笑む。その視線は優しく、何処かくすぐったい。
「……何だよ?」
「ふふっ……いや、やっと子供らしい所を見せてくれたと思ってな」
「なッ!?」
「私は行くよ。此処に居たら……私はお前達に頼ってしまうだろうから」
メイドは赤面したアレクを横に、笑って馬車へと乗り込んだ。
そしてそんな光景を見て口を開け閉めするツクヨに、メイドは告げる。
「自分でどうにかして生きて行きたいんだ……やっと、自分の人生を歩めるんだから」
御者はメイドが乗り込むのを待っていたのか……馬車が動き始める。馬車が門を通る時、ツクヨは声を張り上げた。
「ルナリスさん! また……また何処かで!!」
ツクヨは大きく手を振った。
それにメイド、ルナリスは馬車から乗り上げ大きく手を振り返した。
「アレクとツクヨも!! 元気で!!!」
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外壁上から見えていたルナリスが乗った馬車が地平線に消えたのを見て、ツクヨは項垂れながら大きく息を吐いた。
「行っちゃった……」
「何だ? 寂しいのか?」
「少し……折角仲良くなれたから」
その表情は憂いを帯びており、言葉よりももっと大きく落ち込んでいる気がしたアレクは、ツクヨの頭をポンポンと叩く。
「また会えるさ」
「……子供扱いしないでよ」
出会いと別れ。前世では何度もしてきた事。死んでなければまたどこかで会える。
そんな考えから別に子供扱いした訳ではなかったが、自然と出てしまった手を引っ込め、アレクは踵を返す。
「ねぇっ、これからどうするの?」
すると背後から、ルナリスが居なくなって何処か不安に思っているのか、焦るかのような声音でツクヨが問う。
それにアレクは間を置いて淡々と応えた。
「まず身体を休める事が最善だろうな。こんな身体じゃ何も出来ない。幸い宿泊先は心配しなくて良いしな」
寝泊まりの場所としては、暫く酒場を使えと言う店主の粋な計らいに、遠慮なく甘える事にしている。
手伝いに皿洗いをしても面白いかもしれないだろう。
そんなアレクの応えに、ツクヨは首を横に振った。
「違うくて……その後。アレクって、最終的にどうしたいの?」
「どうって……」
「その、今やる事は身体を休めて戦争に控えて力を蓄える事……それは分かってるんだけど、全部やる事が終わったら……どうするの?」
全部やる事が終わったら。
その応えは既に決まっていた。
「俺は、強くなりたい……どこまでも」
前世からの願い。
そして、魔法が当たり前のこの世界でも、それは変わらなかった。
アレクの力強い眼差しを向けられたツクヨは、少し怯む様に身を竦めたが直ぐに口を開いた。
「でも貴方が人である限り、それは意志ある者の脅威になる。貴方がどれだけ強くなろうと、いつか押し潰されてしまう。権力の前には、一人の人間じゃ対抗出来なーー」
「じゃあその時は、魔王になって人類でも滅ぼすよ」
巫山戯た返答。
しかし『魔王』と呼ばれるアレクが言うなら、それは冗談にならなかった。
「……本気?」
「まぁ、最高なのはただゆっくり強さを追い求める、そんな生活。『魔王』になるのは仮定の話だ」
前世では多分、若くして命を落としてしまった気がする。その事を考えれば、少しでも長く生きて世界を見てみたかったと今では思う。
空を見上げれば、白い雲の隙間から青い空が何処までも広がっていた。それはこの世界の広大さを現しているかのようでーー。
「なら……私はなるよ」
ツクヨに視線を向ける。
すると、そこには厳しい表情をした少女の姿があった。言うならば、憤怒。何かの業を背負っている犯罪者の様な、そんな感情が見えた。
「王様に……アレクがゆっくり生活出来るように」
ツクヨは、何処までも真剣だった。
また、その応えにアレクが笑う事はなかった。ツクヨがどれだけの想いで、今この言葉を発しているのか理解出来ずにいたからーー。
(……巫山戯てる訳じゃない。見れば本気だって事は伝わって来る。だけど、何でそんな表情をしてるんだ?)
ただ、容易には聞いてはいけない気がして、アレクとツクヨは見つめ合う。
手足の先が冷たく感じて来る程の時間、張り詰めた空気の中、近くを兵士が物珍しそうな視線を向けて通って行くのを皮切りに、アレクが振り返る。
「ま、その前に色々やる事があるけどな。戦争の準備以外にも」
「そうなの?」
二人は歩き出す。
今まで少女は、少年の一歩後ろをついて回った。だが、覚悟を決めた少女は一歩前に……少年の横へと並び歩く。
これまで何の意味も持てなかった人生に、やっと意味を持たす事が出来た。
それは覚悟を持ったからこその歩み。
少女の背中にはもう、歪な翼は見えないーー。
えー、ここまで読んでくださった読者の皆様、有難うございます。これで第1章完結になります。
第1章は主人公大変でしたね……めっちゃ怪我したし。
第2章ではあまり主人公に怪我させたくないなぁと思ってはいます_:(´ཀ`」 ∠):
次章も良かったら読んでいただけたらと思います。よろしくお願いします。
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