第31話 不穏な終結
魔法は、この世であって当たり前の存在である。一般人よりも少し上の位の権力を持つ者にとっては、魔法を使える事が当たり前で、ステータスとも言える。
国にとっては、魔法を使える者、魔法を教える者、魔法の教本が多くあればある程に国力と比例すると言われており、国は人材を、知識を求めた。
魔法による強大な力を持つ国が、世界を左右する。
強い魔法使いが強い魔法を教え、貴重な魔法教本から特殊な魔法を学ぶ……それこそが昨今、世界の国々が強くなる方法だった。
しかし、ここである疑問が生まれる。
それでは、魔法を最初に使えるようになった者はどうやったのかーー。
◇
その魔法は、ツクヨの近くから白い息吹を上げて水を氷へと変貌させる。
それはアレクを覆う水球、そしてそれを操るミズネの足元まで迫った
「グッ!? め、命令だ!! 『動くな』!!」
ミズネは戸惑いながらも、今この現象を起こしているのはツクヨだと判断して、命令し動きを止めさせる。
だが、動きを止めるだけでは"魔法"を止める事は出来ず、ミズネの足先が床とへばり付く。
視界が凍りで覆い尽くされるのを見て大きく拳を振りかざすと、形を保てず瓦解した。
それは水球が凍り付いたお陰か、ミズネの集中力が乱れたから……。
「ぐわあぁぁぁぁぁッ!!?」
「……こんな力、習って出来る訳がない。"奇跡"という他ないだろう?」
足の半ばまで凍り付いたミズネが痛ましく泣き叫ぶのを見て、恐らく後者の要因が大きいと予想を付けながらアレクは呟く。
実際、神からの宣誓を受けなければ力は得られないのだから、魔法は非現実的な力と言えるだろう。
そんな奇跡を自ら起こした張本人が目の前に居るのだが。
「アレクッ!!!」
ツクヨは水球から出て来たアレクに、勢い良く抱きついた。
「また、助けられたな」
「それを言うのは私の台詞……ありがとう、私の事をずっと助けてくれて」
何も心当たりも無いが、ここで何かを言うのは野暮だろう。
アレクはポンポンとツクヨの背中を優しく撫で落ち着かせた後に、ミズネへと向き直った。
「ぐおッ!?!?!?」
「これで…………俺達は奴隷じゃ無くなった訳だ」
ミズネの鳩尾に一撃を喰らわせ、契約書を奪い取り破り捨てると同時に、身体の力が戻って来る。
("契約書"……これは相当厄介だ)
もし、またこのような事があったら苦戦するのは必死だ。これからはないように気をつけなければならない。
アレクが破いた契約書を見て眉間に皺を寄せていると、突然背後から衝撃を受ける。
「……どうかしたのか?」
「ううん、何でもない」
振り返ると、ツクヨが此方をジッ……と見つめて来る。
ツクヨの不思議な行動に思わず首を傾げるが、今はそんな暇はない。
数秒考え込む様に黙り込み、アレクは口を開く。
「……ツクヨ、この部屋に何か役に立つような物があったら持って帰ろう」
「役に立つような物?」
「あぁ。俺達はきっと、これから追われる立場になる」
自分達はただの子供という訳ではない。
一つの組織に殴り込んだ……街に魔物と共に現れた者。
『魔王』
国が見逃す訳がない。
「………一応、詰所の隊長は庇ってくれるかもしれない」
「例え、その隊長が擁護しようとしなかろうと一緒だ。『魔王』が居る、それだけで目立ってしまうのは間違いない。また今回みたいな事があるかもしれない」
「……うん、そうだね。探そう」
ツクヨは頷くと、部屋の物品を漁り始める。それに習い、アレクも続く。
部屋は先の戦闘であちこちに家具等が散らばり、物を探すには適した状況ではない。
(これじゃあ、探すのも一苦労だな……)
自分が魔王であるが為に、此処に居られる時間は短い。
ゼランが二人の怪我人を運んだら、十中八九、此処には兵士が流れ込んで来るだろう。そうした場合、逃げ場がない。
あとどれぐらい此処に居られるかと、アレクが手を止め唸っているとーー。
「えっと……あと10分ってところだと思う、此処に居られるのは」
ツクヨの言葉に、思わず目を見開き振り返る。
「………何で? 俺が時間を気にしてるって?」
「うん? アレクがさっきから時計を気にしてたから……違った?」
「いや……因みに何で10分?」
「ゼランさんって人が二人の怪我人を運んでいる事を考えた時間と、詰所に着いて兵士達が出発までに要する時間とか……色々加味して10分が良いところだと思う」
ーー確かに、時計は見てはいた。
しかし、それは1、2回だけ。唸っては居たが、小さな声でだ。
「なるほど……じゃあ、10分を目安に出るか」
「うん」
アレク自身、細かい計算ごとは前世でも無縁な生活を送っていたので分からないでいた。
しかし、それでも分かる事が一つ。
(天才、か……)
まさか、自分の少しの様子から、時間を気にしている事を悟られてしまうとは思いもしなかった。このぐらいの年頃なら、今の答えには辿り着けない筈だからだ。
ツクヨの隠れた才能を目の当たりにし感嘆していると、ツクヨが声を上げる。
「アレク、こんなのあったけど」
「ん? これは……隠し金庫かもな。よく見つけたな」
ツクヨの指差す所には、大きな正方形な板があり、隙間からは風の通りを感じた。
もしかしたらお宝が入っているかもと開けようとするが、その板は重くアレクは掌底を叩き込み無理矢理に壊す。
「階段?」
中は金庫ではなく、暗い階段が続いていた。そう長くはない様で、奥からは薄白い光が漏れ出ている。
「行ってみるか」
「うん」
~~~
降りると、真っ暗な部屋の中心に綺麗な水晶が置いてあった。
周りを見てもそれ以外は何もなく、閑散とした部屋だった。
「……何だこれ?」
「あ、」
アレクは水晶に手を伸ばし触れると、水晶は強く輝きを持ち始める。
『……? そこに居るのは誰かしら?』
そして水晶に映るは、自身の身体と扇情的な雰囲気を持つ女性。顔は見えずとも、その男性を煽る様な声とスタイルから相当な美人と伺えた。
「あっと……」
水晶に自身の格好が映り込むなどアレクは想定しておらず、まさかの状況に思わず口籠る。
「も、申し訳ありません! 偶々"通信機"に触れてしまったのです!!」
しかし、アレクと水晶の間にツクヨが入り込み頭を下げた。
(これが通信機?)
『……ミズネは?』
「えっと、ミズネ様は今、重要な案件に取り組んでおられまして……」
『あぁ……魔王関連かしらね。街で暴れ回ってるって言うし。それで? 貴女達は何者かしら?』
「私達は毒鼠の雑用係で……」
『雑用係がそこの部屋まで入れるとは思わないのだけど?』
「生まれた時から此処に居りまして、今日は新人が失礼をしました」
『へぇ……そうだったなら笑えるのだけど。さっき、毒鼠のアジトに向けて沢山の兵士が送り込まれたって聞いたの』
「……それが?」
『それが、魔王を捕まえる為だとか……』
その問いは鋭く、アレク達へと突き刺さる。
それは有無を言わせず、此方を疑っていると言う事なのだろう。これ以上は、危険だ。
アレクは相手から見えない位置から、ツクヨの服を何度か引っ張る。
「……なるほど。確かにそういうお話もあるようですが下々の者には何が何だか……それでは、此方もお仕事が残っておりますので、これで失礼します。この度は本当に申し訳ありませんでした」
アレクの意図が伝わってか、ツクヨは締め括りに入る。
『さっきの子、魔王よね? 良かったら仲良くしたいわ。勿論……お互いの為』
ーーツクヨは何も返さない。
これ以上話しても無駄だということを理解しているのだろう。
『少しでも興味があったら、西街にある"胡蝶"って店を訪ねて。それじゃあ』
水晶は段々と煌めきを無くして、先程と同様部屋は薄暗くなる。通信が切れたという事なのだろう。
「ツクヨ……出るか」
アレクはツクヨと共にアジトから出る。
アジトから出ればすっかり太陽は姿を現し、アジトの中での出来事がとても長く感じられた。
(最後の奴……警戒しておいて損はないか)
不穏な言葉と同時に、今の自分達にとっては魅力的な言葉を告げるその者は、自分を魔王だと確信している節があった。
何かしらの行動を起こして来るのは間違いはないだろう。
「アレク?」
「あぁ、今行く」
もう兵士が来るのも時間の問題だと、アレク達は足早にアジトから去る。
これからの未来に、一抹の不安を覚えながら。
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