第30話 少女の願い
この光景を、忘れる事はないだろう。
自分達を最も容易く追い込んだ『魔法装置』。しかしその攻撃を、更に容易く避け切った彼の姿を。
そして一瞬の内に、もう一つの魔法装置のある場所も突き止め破壊した。
「さぁ……覚悟は出来てるか?」
その姿はまるで、勇者』。
窮地に現れては仲間のピンチを助ける『勇者』。
ツクヨの目には、そうでしか見えなかった。
◇
「うぼッ!?!?」
アレクはミズネの鳩尾に拳をめり込ませると、ミズネは跪いて苦しそうに唸る。
魔法装置が壊れたお陰か、完全とは言わないが動きは戻ったようだ。
「く、クソッ……!! み、水、よ……」
ミズネはアレクの方へ掌を向け、息も絶え絶えに何かを呟こうとしている。
魔法を発動させようとしているのだろう。
「遅い」
詠唱される前に、アレクはミズネを殴り飛ばして魔法の発動を中断させる。
(やっぱり、街中で戦った者達は精鋭だったという事か……)
街中で戦ったイカラムの魔法師団の者達を思い出す。
詠唱の長短はあるものの、威力は弱くても彼等の魔法発動までの速さは、ミズネとは比べ物にはならない程だった。
魔法師団の者達と比べれば天と地……一般の魔法使いと比べても、ミズネの実力は下の方だというのは簡単に予想がついた。
今思えば檻の中に入れられている時も魔法を発動させていたが、発動させる際にミズネは汗を流していた。
つまり、汗を流す程の集中力を要さなければならないと言う事。ならば、必要に警戒する事も無い。
(後はどう始末をつけるかだが……ん?)
アレクは視線の先に居る、ミズネに目を眇める。
ミズネは散乱する机と書類の中、苦々しく此方を睨みつけて来ていた。しかし、途中で何かを見つけたのか口端を吊り上げたのだ。
「は、ハハッ!! ハハハハハッ!! これでお終いだろ!!」
「ッ!!」
その手にあるのは見覚えのある紙ーー『契約書』。
「命令だ!! 『動きを止めろ』!!」
(ッ! 身体がッ!!)
ミズネの言葉を聞いた途端、身体が動くのを止める。
「怒らせてはならないと使わないつもりだったが……このまま死ぬのなら使った方がマシだ!!」
ミズネは契約書を手にしたまま魔法の詠唱を始め、部屋中にあった水が球体となって集まり空中に浮かぶ。
部屋中から集められた水は部屋を圧迫する程に大きい。
(っ……部屋に置いてある水バケツはそういう事か)
水は何処からともなく現れる訳ではない。
水を使う魔法使いは、《《水を操り現象を起こす》》。
つまり、部屋に置いてある水バケツはミズネの保険……攻撃手段という事だ。
(この組織にミズネ以外に魔法使いは居ない……用意周到な奴だ)
その用意周到さが今、アレクへと牙を剥こうとしていた。
「水球よーー身体を覆え」
詠唱により、水球はアレクの身体をすっぽりと覆う。
「ふっ……お前の事は確実に殺してやる」
強力な一撃を放たれようとどうにかして生き延びる……そう思っていたアレク。
しかし、ジワジワと確実に相手の命を刈り取るこれは、アレクにとって最悪な一手だった。
◇
「そ、そんな……」
ツクヨは今、目の前で起きた事に呆然とする。
また……また自分達を、神が見放すかの様に形成が逆転した。
アレクは身動きが取れず水の中に居る。持って数十秒が限界。このままではアレクがーー。
ふと……水球の中、苦しそうに眉間に皺を寄せるアレクへと目が合う。
(………なにを、言ってるの?)
アレクの視線は、ツクヨを見た後に部屋の出入り口へと向けられる。それを何度も、何度も繰り返される。
それを意味するのはーー。
(私に、逃げろって言ってるの?)
今、自身が死んでしまうかもしれない。そんな状況で何を言っているのか、どんな心情で、どんな考えをもってそう言っているのか。
「……意味分からないッ!!」
自身には理解出来ず、その想いをぶつけるかの様にツクヨは水球へと体当たりした。
しかし水球は弾性を帯びているのか、ツクヨを跳ね飛ばす。
「ん? ハハッ! 無駄だ! 魔法が完成した今、私が魔法を解こうとしない限り『魔王』を取り出す事は出来ない!!」
それでもツクヨは水球への攻撃を止めない。
「貴方は今死にそうなんだよ!! 何で……何で自分の命をそう粗末に出来るの!! 何でそこまで他人の事を想えるの!!? 私は……貴方に死んで欲しくない!!!」
視界がボヤける。頭が沸騰する程に熱い。そんな中、ツクヨは叫んだ。
しかしーー返事はない。水の中、何を言ってるのか正確に聞き取る事が出来ない所為もあるだろう。
ただアレクは、苦虫を噛み潰したかの様な表情でツクヨを見つめていた。
「いやはや、泣けるね。劇場でも観ているかのようだ。結末はバッドエンドだがね」
そんな二人の様子を傍観し、ミズネは呆れるかのように鼻で笑った。
「なら貴方を!!」
「ふん……舐めるなッ!!」
「あッ!?」
短剣を持って突撃するがツクヨは最も容易く払われる。
「『魔王』を怒らせたくはない。お前はアレが息をしなくなってから相手をしてやる……たっぷりとな?」
下卑た視線を向けられるが、今はそんな事関係ないとまた立ち上がりミズネに追撃する。
「何度やっても同じだ!!」
「うッ!?」
(ーー私には、何も無いの?)
ゴポッとアレクの口から大きな泡が吹き出される。
「そろそろ奴も限界のようだな」
次々と口から吐かれる空気。
その光景をツクヨは見つめる事しか出来ない。
彼には、何度も命を助けられた。一度や二度というのも憚れる程に、恐らく出会ってからずっと……。
(彼は、彼は私の恩人………神様。今だけで良い。私に、私に力をーー)
「彼を!! アレクを助けさせて!!!」
その叫びは、無情にも部屋へと響き渡るだけ……そう思えた。
しかし、部屋に居る誰も予想がつかない事が生じる。
ツクヨの足元……そこから白い息吹を上げ、水が固さを持ち始めた。
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