第29話 武王
ある男の居る戦場、何も残らず。
それは何かを比喩して言われた言葉ではなかった。ただ男が拳を突けば大地が砕け、脚を振れば竜巻が起きた。
兵は跡形も無く、草木さえも全てが無くなる。
剣や槍、砲弾や矢が降ろうと関係無く、圧倒的な力、見惚れるまでの技術によって何もかもが無に着す。
そしてまた武であれば、それが例え暗殺術であろうと、変装術であろうと片っ端から覚え、自分の物へと昇華した。
その事実が結果として、彼を『武王』たらしめていた。
ーーー
「アレク……!!」
背後には、跪いたツクヨの姿があった。真っ白なワンピースは所々赤く染まり、いつもの綺麗な白い肌は今では青白く感じる。
(この数時間、何があったかは知ってる……此処に入ってからも相当大変だっただろう)
普通の子供なら昇天しかねない状況。逆に言えば『よく耐えている』と褒めるべき所だ。
だけど今は、そんな暇はない。
「待たせて悪かった、もう大丈夫だからな」
短く言葉を返すと、手負いのガイ達へと視線を向ける。
「ゼラン、ガイ達を詰所まで連れて行ってくれ」
「分かった」
一緒に居た男、その中の一人が応える。そこらに居る柄の悪い者に見えるが、
その正体はゼランであった。
「な、何がどうなってる?」
仲間の筈の男がアレクの指示を聞きミズネは困惑に声を上げる。
ゼランの見た目。そして今までアレクをタインとして認識していたのは、ゼランの魔法によるもの。
ゼランの魔法は『幻魔法』。
紫色の煙を発生させ、それを相手に吸わせる事によって幻を見せる事が出来るという強力な魔法だ。
「じゃあ……死ぬなよ」
目を細めて真剣そうなゼランにテキトーに手を振って応え、目の前の相手に意識を向ける。
「さて……それじゃあ行くぞ?」
「ッ!!?」
息を呑む音が聞こえると同時に、力強く床を蹴り上げて距離を縮め、ミズネへと拳を突き出した。
「ぐッ!!」
相手は魔法使い。接近戦では対応出来ない筈だと、アレクはイカラムの魔法師団との戦闘で学んでいた。
「……ん?」
しかし、その一撃にミズネは少し呻き声を挙げた程度で、あまり大したダメージは受けていない様だった。
(………少し身体が重い、からか?)
身体が上手く動かない、これは契約を締結されたから。まだ回復し切っていないから。
色々な事を考えるが、それだけではない。
手を開け閉めするのにも何か粘り気の帯びた物が絡みつく様で遅くなっていた。
「ふっ……気付いたか? まぁ、流石『魔王」って所か。だが『魔王』と言えどこの魔法装置には叶わんだろう」
「"魔法装置"?」
「き、気を付けて!! ガイさん達は魔法装置でいきなり攻撃されたの!!」
ツクヨの口調が、それをどれだけの物か表していた。
「そんなのもこの世界にはあるのか……ははっ、飽きさせないねぇ」
「何を言っている……?」
「いや? このまま倒してもつまらないとは思ってたんだ」
「何だと? いや………強がりだな。実際お前は私の術中の中。『魔王』、お前は私には勝てない」
「それは、どうかな?」
意味深に嗤い辺りを見渡すアレクの姿に、ミズネは肩を震わせる。
もし、もしや、『魔王』ならやりかねないのではないか……と。
「行けッ!!」
ミズネの焦りを帯びた叫びと同時に壁から水で出来た槍が突き出される。アレクの居る場所に、避ける場所もない程の本数の槍が襲い掛かる。
それはーーアレクの身体を突き刺さる筈だった。
「なッ!?!?」
「……凄い」
それは、柳の葉の様にーー。
その者の身体には槍は突き刺さる事が無かった。まるで舞を舞っているかの様な動きで槍は曲がり……いや、槍が自らその者を避けるかの様に見える。
(あぁ……なるほど)
踊り子を彷彿とさせるその美しいとも言える動きにミズネやツクヨが目を丸める中、アレクは一人納得する。
アレクの目には、オーラが……魔力が目に見える。魔法を使用する時、『宣誓』を受けた者がが常時身に纏っている力。
それが、ミズネの叫びと共に魔力の奔流が、自身の居る横の壁から溢れ出したのだ。
(魔法装置で魔法が発動する際、魔力が目に見えなければ相当に厄介な事だと、そう思っていた……だが、これなら話は別だ)
アレクは、ゼランの幻魔法である紫色の煙がまだ残っているのだろうと、そう思っていた。しかし、違った。
今身体が重く感じるのは、既に部屋中に青色の魔力が薄く満ち満ちているから。この魔力の奔流の行き先を突き止めればーー。
「ふぅ。これで終わりだな」
「ッ! な、何なのだ!! お前は!!!」
壁から溢れ出る魔力が消え、水の槍は唯の液体へと変化する。
無傷のまま立っているアレクに、ミズネは信じられないと言わんばかりに腰を引かせた。
『魔王は怒らせてはならないものだ』
そうミズネは教えられた。だからこそ、オークションでは手堅く行こうと考えていた。『魔王』を怒らせないように……たが結果として組織は大金を手に入れ、太いパイプを手にする事に成功した。
しかも、『魔王』を怒らせる事なくだ。
そうだった筈。『魔王』は子供で、魔法に精通する事もない。怒らせなければ、何の問題もないと思っていたーー。
「さぁ? 実は自分でもよく分かって無いんだ」
アレクはミズネの質問に応え、ある一点を見つける。
視える。力の、魔力の奔流が。
「この床だ」
アレクは床に向かって掌底を叩き込んだ。同時に床から機械が壊れた様な音が響き渡る。
それは共に、ミズネの自信満々だった表情が崩した。
「さぁ……覚悟は出来てるか?」
そこに居たのは『魔王』。
紛れもない、世界で暴虐の限りを尽くしたという『魔王』の姿だった。
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