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第26話 逃亡の末

 目が覚めると知らない天井が目の前にはあった。視線を横に動かせば、空の酒瓶が何本か置かれたテーブルがあり、そこには見た事のある桃色の髪をしたメイドがテーブルに突っ伏していた。



「メッ……!!?」



 大きな声を出そうとすると、アレクは身体が引き裂かれそうな痛みに声にならない悲鳴を上げ胸を押さえ込む。


 改めて自分の状態を確認すれば、身体中には包帯が巻かれていた。



(血が止まってる……メイドが治してくれたのか?)



 耳を澄ませば、メイドからは寝息が聞こえて来る。自身を治すのに力を使い、疲れ切って寝てしまったというところだろうか。



「グッ……」



 アレクは腐った木材と酒のアルコールが混ざった臭いの中、ベッドから大きな軋み音を鳴らしながら慎重に起き上がる。


 そしてメイドに、自分に掛けられていた毛布を掛けてやると扉からあの男が入って来る。



「目、覚めたか?」

「俺はどれくらい眠ってた……?」

「二時間って所だな」



 二時間もの間意識を失っていたという事実に足が外へと向かう。



「おい、どこ行く気だ?」

「何処にって……」



 そこでアレクは気付く。

 自分は何処に行けば良いのか分からない。意識を失う前まではツクヨ達が契約書を破るまで時間を稼ごうと考えていた。


 だけど、時間が経ってしまった今では何が起こっているのか、ツクヨ達が何処に居るのか、メイドが何故此処に居るのかさえも分からない。



「改めて、俺はゼランだ」

「自己紹介なんてしてる暇ーー」

「今どんな状況か話してやる。それから助ける時に言った条件の話もしよう」

「お前は……何者だ? 何の為に俺を助けた?」

「それも含めて話してやる。まずは……そうだな。何でコイツが此処に居るのかだがーー」



 ゼランという男は静かにこれまでの事を教えてくれた。



「ツクヨ達が詰所に!? どういうッ……!」

「だから落ち着けって。俺はアイツらとも話して事情を聞いて来た」

「事情?」

「話によれば、アイツらはスブデから契約書を取り返す事に成功したらしい。だが、それは"仮の契約書"で本物の契約書の在処へと向かってる」

「本物の契約書の在処って……」

「毒鼠のアジトだ」



 ◇



 目の前には地下へと進む階段が待ち受けていた。暗く長く、控えめに灯りがともされている。



「此処から入れば良いんですね?」

「あぁ」

「まさか戻って来るとは思ってませんでした……」

「ハッ、それを言ったら俺もだ」

「はぁ……やっぱりガイは毒鼠の一員だったんだな」



 ツクヨとガイ、そしてウォッカは詰所から一番近い毒鼠のアジトへと繋がる地下の階段前へと訪れていた。



「いつまでイジイジしてんだか。俺が何処に居ようと勝手だろうが……」

「兵士を辞めて、犯罪者になる事は無いだろ普通」



 二人の言い争いを聞き流しながら、ツクヨはこれからの事を考えていた。



(此処から3人で入った所でどうにか出来るの? 彼の傷が癒えるのを待った方が………いや、彼はもう十分にやってくれたよね)



 此処まで来るのに数時間掛かっている。その間、彼はどれだけの相手をしたのだろうか。想像しただけでも、常人には無理だと理解する。


 ツクヨは意志を固く持ち、階段を降り始めた。



「チッ、要らない助力だぜ」

「少数精鋭の方が動き易いって言ったのはお前だろうが!!」

「二人とも静かにして下さい! アジトまでもう少しなんですよ!」



 未だに言い争う二人に注意しながら、階段を降りて行く。ウォッカがついて来る事になったのも、仮の契約書を見つけた所まで遡る。



 ~~~



『それで、本当の契約書ってのは何処にあるんだ?』

『それは、多分ーー』

『毒鼠のアジト、ボスの部屋の机の中にあるだろうな』



 仮の契約書を見た後ウォッカに事情を話していると、正確な答えを、毒鼠の組員であるガイが応えた。


 ガイは毒鼠の組員、そして中々の古株と聞いている。この情報は信憑性が高いだろうと予想がついた。

 二人で頷き合い踵を返す瞬間。



『俺も行かせて貰うぜ』

『……はぁ? 何言ってんだお前?』



 ウォッカが名乗り出る。



『戦力は少しでもあった方が良いだろう。やっと、この街のゴミ掃除が出来る証拠も手に入れた事だしな』



 ヒラヒラとウォッカの手には仮の契約書が棚引いている。



『……今この国にはアイスウルフの大群が襲撃してる。此処の詰所だってそれなりに忙しい筈だ。それでも来るのか?』

『街の平穏を保つのが俺達兵士の仕事。他の奴等には、此処での仕事を終わらせてから来て貰う。一先ず行くのは俺だけだ』

『………勝手にしろ』



 ガイは諦めたかのように肩を竦めた。そんな中、まさかの助っ人にツクヨは安堵する。


 実際二人だけでアジトに乗り込むのは心配だった所だ。戦力はあればある程良い。これでアジトに行っても多少は無理矢理行ける事が出来る、そんな事を考えた所である事を思い出す。



(もう一つやる事があったんだ……)



 ツクヨはスブデの元まで戻り、膝を着いて懐を弄った。



「き、貴様……奴隷の分際で……でゅふッ」



 そうしていると、スブデが兵士に押さえつけられながらも、スカートから見える自分の足に下卑た視線を送っている事に気付く。


 ツクヨはスブデからある物を無事確保すると、立ち上がる。



「気持ち悪い視線送ってんじゃねぇよ、クソデブッ!!」

「でゅぶぅッ!?!?」



 ツクヨは、スブデの股間に向けて鋭い蹴りを喰らわす。

 その一撃に部屋に居る兵士達は内股になるのだが、当然の報いなのか、誰も注意はして来なかった。



『おい、それって……』



 ツクヨはガイにもう一つの『契約書』を見せながら、その契約書を破り裂いた。


 そこには見知らぬ人の名前が書かれている。しかし、これ以外に契約書は見つからなかった。


 つまりーー。



『これで……助けて貰った借りは、少しでも返せたかな?』



 自分の立場がありながら、出来る範囲で自分を助けてくれようとした人物に向けて告げる。



(今、外で待ってるだろうけど)



 少し笑みを深めながら、ツクヨは詰所から出た。すると、その瞬間にある人物が突然現れる。



『誰だテメェ!!』



 目元を隠した仮面を付けた紫掛かった黒髪の男の登場に、ガイやウォッカが守る様に迎え立つ。


 ガイの怒号とも言える物言いに、男は冷静に掌を此方に向けた。



『俺の名前はゼラン。敵意は無い。ただメイドからの伝言を預かっては来ている』

『メイドさんから?』

『あぁ、お前がツクヨだな?』

『はい』

『「自分に出来る事は治す事しかない。だから、コイツを全力で治す。後は任せた」だそうだ』

『えっと、それはどういう……?』



 突然の事に戸惑うものの、アレク達の現状を聞いたツクヨは神妙に顎に手を当てた。



『つまり……彼は大怪我を負って今は動ける状態では無いって事ですか?』

『あぁ、それをメイドが治してる。それなりの怪我だったから治ったとしても当分は動けないっていうのがメイドの見解だ』

『そう、ですか……貴方はこれから何を?』

『俺はメイド達が居る場所に戻る。今こっちがどうなってるか伝えたいしな』

『………分かりました。では、そちらはお願いします。こっちはこっちでどうにかするので』



 ◇



「ーーって事だ。今頃、あっちはアジトの中だ」

「なるほど……な」



 事態は刻々と深刻になっているという事を理解したアレクは、痛む身体に鞭を打って立ち上がる。



「俺は、もう行く」

「メイドの話じゃ、まだ動いて良い状態ではないって言ってたが、それでも行くのか?」



 ーー今此処で休んでいたとして、それでアイツらに何かあったら?



「行かなきゃ、生き残った意味が無い」



 そう考えただけで、アレクの身体は扉へと向かっていた。しかし、アレクの前にゼランは立ちはだかった。



「俺にも俺の思惑がある。お前には俺は生きていて欲しい」



 ゼランが言っていた条件、それを果たすまでは自分には死なないで欲しいという事なのだろう。

 だがーー。



「お前は、約束した筈だ。『この騒動が終わるまでは、俺を自由にしてくれる』ってな」

「それは……」



 ゼランは言い淀み俯いた。



「約束を破るのか? なら、お前の条件は呑めない。絶対に」



 既に助けて貰った立場ではあるが、約束を守ってくれないのなら話は変わって来る。



(助けに行けないのなら、命の恩人であろうと容赦しない……)



 アレクの意志は強かった。

 それこそ一般の者が見ても分かる程の覇気が、身体中から溢れ出ていた。


 絶対に譲れない、そんなオッドアイの眼力にゼランは大きく息を吐いた。



「それなりのリスクを負わなければ、手に入れたいものは手に入らない……か。分かったよ、俺も手伝う」

「良いのか?」

「お前には生きてて欲しい。無事に、な?」



 何の条件を呑ませるつもりなのか、少し不安にはなるが今はどうでも良い。


 扉から出ると、広がる空間。

 そこはこじんまりとはしてるが、隠れ家の様な雰囲気の良い酒場だった。


 そして、酒場のカウンターには大柄な熊の様な男が忙しなく動いていた。カウンター上には幾つか料理が置かれている。



「起きたな! 飯も食ってねぇんだろ? 食ってから行きな」

「アンタは……?」

「俺は此処の酒場の店主をやってるもんだ! そこに居るゼランとは少し腐れ縁でな、事情は聞いてる! というか、聞こえて来てたんだが……食わなきゃ力は出ねぇだろ! これは俺なりの手助けだ!! 食ってて来れ!!」



 久方振りの食事らしい、食事。

 酒場らしいおつまみのメニューだが、その強烈な匂いゆえ、脳天まで刺激する良い匂いがアレクの喉を鳴らした。



「全部は食べている暇はない、だから……これだけ貰って行くよ」

「かぁ~! お目が高いな!! それは成功を約束されたナッツの塩漬けだ!!」

「ふっ……そうなのか?」

「あ? 俺の時はそんな事ーーぶっ!!」



 慌てて店主に口を抑えられるゼランに少し笑いながら、ナッツを幾つか噛み締める。


 口の中に強烈な塩味が広がって行く中、アレクとゼランは酒場から出て行く。

 それに店主は外まで来てサムズアップし、見送る。



「出世払いで良いぜ!」

「……ありがとう」



 それは男の激励。

 不器用ながら、自分の出来る事だけの手助け。


 生きて帰って来れる様にと。

「面白い!」

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してくれたら私のやる気がupしますᕦ(ò_óˇ)ᕤ

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