第25話 始まり
身体が悲鳴を上げている中、目の前で何が起きているのかアレクは理解が出来ないで居た。
「「「うわあぁぁぁあぁぁッ!!」」」
男達が半狂乱に顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ姿は、まるで何かに怯えているようで不気味に感じる。
(死に際だからか……?)
前世でも死んだ記憶は無い。"死"というのはこういうものだろうか。
しかしそれが間違いだと気付いたのは、直ぐ目の前にある男が現れた時だった。
その男はアレクに向けて手を伸ばす。
視界に入る紫のオーラ、黒紫色の髪、オークション会場でスブデと最後まで自分達を欲しがり競り合っていた奴だと気付く。
「助けてやろうか?」
「………お前も、あの豚と一緒か?」
「あー………そうとも言えるし、そうとも言えない」
何だそれ、と内心思う。
「俺ならお前を此処から助け出す事が出来る。その条件としてやって貰いたい事があるけど……どうだ?」
つまりは取引、何をやらさせるかは分からない。危険な賭けだろう。
「頼む。ただ……この騒動が終わるまでは、俺の事を自由にして貰いたい」
アレクは懇願し手を伸ばす。
もし今から自由を奪われるとしたら……ツクヨは、メイドは、ガイは、確実に不利な状況に陥る。この騒動が終わるまでは自分の行動に制限を付けないで貰う事、それがアレクの条件だった。
「ハッ……なるほどな」
そして、ゼランはそれに笑みを浮かべ手を掴み取る。
「良いぜ」
◇
『投降するぐらいだったら、此処で死んだ方がマシだ』
屋根伝いに詰所へと向かう途中、ゼランはその光景を見た瞬間、一気に酔いが完全に醒めるのを感じた。
最初は何か物音がして、興味本位で止まった筈だった。
そこには偶々、自分が手に入れようとしていた『魔王』が弱り切った瀕死の姿で男達に襲われていた。
見つけた瞬間、さっさと助け恩を売り、自国であるディアの手助けをして貰おう。
そう思ったのも束の間。
絶体絶命と言っても過言では無い、そんな状況にも関わらず言った言葉に、ゼランは心を大きく揺さぶられた。
(………此処で助けなくても、アイツはどうにか出来るんじゃないか?)
まだ自分の半分程しか生きていないであろう少年に、こんな覚悟が出来るのだろうか。
否。
あり得ない。魔王がどうとかでは無い。あの少年だからこそ、助ける価値がある。
「……幻よ、恐怖に震えさせろ」
自然と自分の口からは詠唱がさせられていた。何の思惑がある訳ではない、ただこうしなければならないという直感がゼランの身体を動かした。
身体から紫色の煙が漏れ始める。
それは徐々に増え、魔王と男達が居る路地裏に充満するかの様に煙が降りて行く。
「……逝け」
呟くと同時、対象とした男達が悲鳴を上げる。
幻魔法。
煙を吸わせた対象に幻を見させる事が出来る四属性の魔法には無い、特殊であり強力な魔法。
(その分デメリットもあるが……こういう時には本当便利だよな)
ゼランは倒れ伏して居るアレクの元へと降り立つ。
目の前にいる少年の身体は裂傷や打撲、切り傷に刺し傷等あらゆる怪我を負っていた。
「助けてやろうか?」
ゼランは何処か傲慢さを見せつけ、手をぷらぷらと差し伸べながら問い掛ける。まるでお前に興味は無いぞと言っているかのように。
するとアレクは眉間に皺を寄せた。
「………お前も、あの豚と一緒か?」
「あー………そうとも言えるし、そうとも言えない」
豚という単語に、オークションで『魔王』達を掻っ攫ったデブの姿……スブデが思い出せらた。
根本的には間違っていないとは思う。スブデは金の為、自身は国を救う為に『魔王』という存在を求めていた。
しかし、今の自分は『魔王』を求めていなかった。
見た目は少年。なのに中身は歴戦の兵士の様な、何処か不気味な歪さがある少年『アレク』をゼランは求めてしまっていた。
「俺ならお前を此処から助け出す事が出来る。その条件としてやって貰いたい事があるけど……どうだ?」
もし、もし此処で断られでもしたらーーそれこそ無理矢理に手に入れたくなる程にこの人材は逃したくない。
死を間近にしても、自分の信念を貫くその心を持つ者、それがしかも少年なんて世界中探しても数人。
(もし、そんな奴が俺に忠誠でも誓ってくれたらーー)
そんな思惑を隠すゼランの問い掛けに、アレクは少し間を開けて応える。
「頼む」
まぁ、流石にそうだよな……と少々呆れ混じりの笑みを浮かべてゼランは手を伸ばす。
「ーーただ……この騒動が終わるまでは、俺の事を自由にして貰いたい」
その付け加えられた一言に、思わず伸ばしていた手を止め吹き出すように笑う。
「……なるほどな」
事情は聞いた。
もし今から自由を奪われるという条件だとしたら……『魔王』として関わりのある詰所に居るというツクヨという少女、手を貸したガイ、酒場に居るメイドは、確実に不利な状況に陥るだろう。
自分が助かりたいが為では無い。
仲間を助ける為なら……この少年は命など惜しくはないのだ。
アレクの手を強く引き寄せる。
「良いぜ」
ゼランはアレクを抱き抱えると、壁を蹴り跳ねながらまた屋根の上へと飛び上がった。
「だがまずその怪我を治さなきゃ何も出来ないだろ?」
「……話すのも面倒なくらいには」
「あー……悪い悪い。安静にしててくれ」
少し笑いながら屋根上を移動して行く。
路地裏からは見えなかった太陽が燦々と輝きを放ち、二人を明るく照らす。
アレクが眩しさになのか目を眇める中、ゼランはラムサル山から顔を出す太陽を見つめ口角を上げた。
此処に来て初めて早朝まで飲み明かした。
体調は万全では無い筈なのに、何故か心は晴れ晴れとしてーー。
後に、この二人が出会う事によって世界は大きな変革の時代へと突入したと記される事になる。
それは良い方向か、それともーー。
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