第21話 作戦 ◇
二人が詰所に入って行くのを物陰から見守る薄紫色の髪が棚引く。
「本当に行った……」
メイドは心配そうに二人を見つめる。それもそうだろう。ツクヨが二人へと提案した計画、それはーー。
『はぁ!? お前が魔王の仲間として連れて行かれるだと?』
驚くメイドに、ツクヨは淡々と説明した。
此処で出待ちをする場合、どれくらいの時間が掛かるか分からないという事。
強行突破をする場合、突然の出来事に入って行く事は出来るかもしれないが、出る時は兵士が集まって捕まってしまう可能性が高いという事ーー。
『今考える限り、一番成功する確率が高いと思う』
『……なるほどな。確かに』
『なっ!? 本気で言ってるのか!?』
契約用紙を破棄する為には、一番確率が高いかもしれない。だが、その代わりに一番危険が伴うという事を、この場に居る誰もが理解もしれている。それなのにーー。
『最悪、私はスブデに連れて行かれる事になると思う。私がどうにかして契約用紙を破るから、その後は強行突破』
『強行突破って……お前がか? その細い手足で?』
『私、こう見えて足速いから』
ツクヨは笑って細い腕で力瘤を作った。
勿論、力瘤なんて有りもしない。見るからに綺麗で細い、触れなくても分かる筋肉の無さ。
『だから連れて行かれた場合、メイドさんには、ガイさんと一緒にアレクに伝えに行って欲しい』
何故、何故そんな事が言えるのだろうか。
口を開けては閉め、メイドは目を伏せた。
『よし、なら行くか』
ガイはツクヨを先に促し、詰所の方へと歩き出す。
二人の背中を見つめる。手を伸ばしては引き、でも、なんと言って止めれば良いのか分からない。
(肯定する事も出来ないし、否定しようにも良い考えも浮かばない。行く勇気も……)
メイドは二人の何処か大きな背中を見つめる事しか出来ず、強く拳を握る事しか出来なかった。
「こんなんで良いのか……私って」
自身は小さな人間だと、何も出来ない臆病者だとメイドは自然と自分を卑下し、壁にもたれかかった。
その時だった。
「おい、そこで何をしてる!」
「ッ!」
通路の奥、鎧を身に纏った巡回中の兵士がメイドの方を向いて叫ぶ。
見つかってしまった。
メイドは急ぎ立ち上がると、そこから走り去ろうとして、足を一瞬止める。
(私が此処から逃げたら……!)
ツクヨ達に何かあった場合の報告が出来ない事は確実だった。
それはつまり、ツクヨ達を見捨てる事と同義。
「……しょうがない」
メイドは走り出した。
その言葉は何に対してなのか、何の意味を持つのか、それは自身にさえ分からなかった。
ただ分かっていたのは、出来る事は無いという事だけ。
何の力も持たない、自身よりも小さな少女。その者が意を決して出した勇気は、メイドにとっては眩し過ぎた。
◇
ガイとツクヨは好奇な視線を向けられながら、詰所の廊下を歩いて行く。
ウォッカから二、三歩離れて歩く二人の距離は近く、それは何かを話してても分からない距離だった。
「何で着いて来たの?」
ツクヨが小声で呟く。それにガイは表情を変えずに応える。
「別に、ただこっちの方が成功率は高くなるだろう。俺は元兵士……詰所の奴とは何人か知り合いも居るし、もしもの事があった時に俺が居た方が良いだろう」
「だとしても、これだと貴方も……」
「はッ、今更そんな事言っても仕方ねぇだろ。腹括れ」
ツクヨは口を真一文字に結んだ。
それを言われた仕方がない。今、自分が下手に何かをしたら二人とも危なくなるのは明白だった。
「だが、気に掛かるのは残ったアイツだ」
ガイは見るからに顔を顰める。
「……アイツって、メイドさんの事?」
「あんなクソ女を信用して良いのか? 俺の見立てじゃアイツ裏切るぞ」
確かに。ガイの見立てで見ればそうだろう。口も悪く、自身に突っかかって来た者、元スブデの奴隷……しかし、ツクヨの見立てはそうではない。
「大丈夫、あんな一生懸命行くのを止めてくれた人だから優しい人だよ……絶対裏切らない」
穏やかにツクヨは微笑する。
ツクヨは山中でもメイドに助けられた。増してやあの時はスブデが近くに居て契約で意思にもそれなりの制限があった状態。裏切る様な酷い事はしないと、ツクヨは理解していた。
「……チッ、そうかい」
「何をしてる! 早く来い!!」
ウォッカの叫び声に二人は顔を上げる。既にウォッカは立ち止まっている。それも扉の前でーー。
(こっからが勝負……何をしても契約用紙を破棄してみせる)
ツクヨは覚悟を決めたのか、グッと握り拳を作って進む。
廊下の窓から差し込む光が、ツクヨ達を照らす。それは覚悟を決めたモノのはなむけか、それともーー。
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