第20話 詰所に ◇
何処からとも無く聞こえてくる悲鳴に近い叫び声に、住人が窓から顔を出す。
そんな光景がチラホラと見える中、ツクヨ達はスブデが連れて行かれたという詰所へと向かっていた。
「まさかあんな事が出来るなんて思わなかった」
ガイの背中から降り、走るツクヨはボソッと先程の光景を見て呟く。
街を守る為に作られた筈の大きな門。それを自分よりも小さな子供が、素手で最も容易く破壊した。
「……ありゃあ人間業じゃ無かったな」
「改めて『魔王』なんだと理解させられたな……」
それにガイとメイドも同意見だったかの様で、何処か深刻そうに声音を沈ませていた。
安心というよりも、恐れという方が正しいだろう。アレが自分の味方なら頼もしい限りだが……同時にアレを自分等に向けられたらーー。
(あの人は多分、そんな事しない。私をボロボロになりながらもまた助けてくれたから……)
ツクヨは街に入るまでの道中、絵本を読みながらではあるが事のあらましはメイドから聞き及んでいた。
メイドがアレクの傷を見た時は、見るに耐えない程の怪我だったらしく、それでも自分を助けてくれていたと言う。
(怖くない、と言ったら嘘になる。まだ彼の事は知らない事の方が多いから……でも今は彼を信じるしかない。今の問題は私達が本当に目的を達成出来るのかという事)
ツクヨは目を細め真剣な表情を作った後、大きく息を吸い深く白い息を吐いた。
スブデの契約用紙を破棄する事、それが出来なければ自分達はいつまで経っても自由になれない。
戦力と言えるのはガイのみで、メイドは回復魔法が使える、自分はーー?
この中で自分だけが唯一使えないと認識しツクヨは歯噛みする。
「で、どうやって用紙を破棄しに行くのだが……詰所には何人もの兵士が在中してる。隠れて行くのは勿論、強行突破なんてもってのほか、っていうのは言っとくぞ」
「無理だと言ってるような物じゃないか……」
ガイの進言に、メイドは眉を顰める。
檻に入れられていた時、ガイが兵士崩れだと言っていたのを思い出す。間違ってはいないだろう。
「なら……貴方はどうするべきだと思う?」
「……俺なら詰所から出て来た所を狙う。そこが一番無難だ」
ツクヨは顎に手を当てて考え込む。
ツクヨ自身もそう思った。しかし、何の戦闘の知識も無い子供でさえ思いつく事なら、スブデの護衛達も警戒するに決まってる。
出て来るのが何時になるかも分からないとなれば、此方が何をするにしても受け身の体制を取らざるを得ない。
(そんな余裕、私達には無い。出来るだけ早く、こっちが先手を取れる予想外の手を……)
考えていると、前に居たガイが足を止める。
「隠れろ、アソコが詰所だ」
物陰に隠れ、ガイの視線の向こうを見る。
そこには石造りだろうか、凹凸のない綺麗な白い壁面をした建物があった。入り口の前には二人の兵士が腰に剣を携えて仁王立ちしている。
「詰所はもっと緩い感じだと思ったが……違うんだな?」
「アレでも大商会主の息子、自分でも商会を取り仕切ってる商会主だ。警備を強めてるんだろう。しかも、周囲にも二人組で巡回を行なっているみたいだ。静かにしろよ」
ガイは地面に付いた兵士が履いているブーツの足跡を指差し、そのまま口元へと持って行った。
「貴方って……実は優秀?」
「一応、隊長格までの立ち位置なら最年少で辿り着いたらしいぜ。ま、直ぐに怪我しちまって引退したがな」
哀愁を漂わせ自虐したかのようにガイは肩を竦めて笑い、要らない事を言ってしまったとツクヨは頭を切り替える。
そんな時、近くに屠畜場でもあるのか『プギィィィッ』と籠った鳴き声が響く。
「家畜って、イカラムでも居たのか」
「お前……流石にイカラムでも家畜は居るぞ? 年中雪が降っては居るが、屋内で育てる事は出来る」
「初めて知った」
「ま、屠畜なんてあまり迷惑にならない早朝・深夜にやるからな。知ってるのは軍関係の奴だろう」
此処に来て数週間経ったが、今思えば料理店ではそれなりの生肉があった。此処に屠畜場があっても可笑しくはない。
しかしこんな事を考えている場合では無いと考えていると、ガイが大きく溜息を吐く。
「家畜と、中に居る豚とで等価交換してくれれば助かるんだがな」
「スブデ様をそこらの家畜と同じにするなんて……」
「なんてって……あぁ、お前は長くアレの奴隷をやってるのか。災難にな」
「人と家畜を同列で扱う者に言われてもな」
「あ"ぁ? ただの物の例えだろうが! 俺はお前の事を思って言ってやったんだ。それが何だ? そんなにあの三段顎が好きか?」
「お前はまたッ……!!」
ガイとメイドの会話は段々とヒートアップし、メイドが拳を握って立ち上がろうとした、その時ーー。
「それ、良いかも」
思わず呟く。
2人の何とも関係の無さそうな会話。しかし、それをヒントに今の自分の考えが恐らく最善だと直感する。
冷静で本気そうに呟くツクヨを見て、二人は怪訝に眉間に皺を寄せる。
「おいおい、冗談にしては笑えねぇぞ?」
「そうだ。冗談なのはこの男の無駄にデカい身体だけにしてくれ」
二人の視線が火花を散らすのを宥めると、ツクヨはガイへと問い掛ける。
「貴方って、詰所の中がどうなってるか分かる?」
「前に言っただろ。兵士だったって」
「……なら、信用はされてた?」
その問いに少し当惑する。突然それが今の状況に何の関係があるのか。
しかしガイは真剣に見つめて来るツクヨに観念したのか、小さく息を吐いて答える。
「それなりにだな。早くに昇格するからって少し上の先輩達には嫌がられはした」
「そう……なら、私は貴方達の事信じるから」
「あ"ぁ?」「は?」
不敵ながら何処か妖艶さを漂わせる美少女の笑みに、ガイとメイドは眉を顰めた。
◇
ある一室。簡素ながらもシンプルな家具を置かれたその部屋にて、スブデ一行は数人の兵士から聴取を受けていた。
「でゅふ! いつまで拘束してるつもりでゅふ!!」
「いつまでって、まだ数十分も経ってませんよ。ただ、何故あんな状況になったのかと聞いてるんです」
「だから『魔王』がアイスウルフ達を連れて襲って来たんでゅふ!!」
「それは本当ですか?」
兵士は周囲にいる護衛や御者へと問い掛ける……が。
「本当でゅふ!!」
「だから、貴方には聞いてないんですよ……」
何度目か分からないやり取りに、スキンヘッドをした兵士、ウォッカは大きく肩を落とした。
問いに答えるのはスブデのみで、他の者達は事前に打ち合わせていたのか口を頑なに噤んでいた。
これが事実なのかは定かではない。
(はぁ。大商会主の息子……権力がある奴ってのはこれだから……)
近くに居る兵士と見合わせながら、心の中で一人ごちる。
イカラムに置いて商会は生命線。ラムサル山に囲まれたこの国に来る行商は数少なく、もし何かあって来れなくなったりでもしたら国の存亡に関わるかもしれない。
しかし、国どころか世界に影響を与えると言われる『魔王』。その単語が出てしまった事で、無理矢理にでも聴取をしなければなくなった。
ウォッカがいつも同僚と行なっているボードゲームを恋しく思っていると、背後の扉がノックされ一人の兵士が入って来る。
ウォッカは兵士から耳打ちされ、思わず目を見開いた。
「何? ガイが?」
「何でゅふ??」
「あ、いえ、何でもありません。貴方方にはもう暫く此処に止まって貰いますが、私は少し用事が出来ましたので少々席を外させて頂きますね」
そう言うと、ウォッカは部屋を出て詰所の出入り口に向かう。
すると、そこに居たのは見覚えのあるガタイの良い男に白髪の美少女だった。
「ウォッカ、久しぶりだな。まさかお前が詰所の責任者になってるとは……ッ!! ってえなぁッ!!」
手を挙げて迎えるガイに思わず、腹に拳を突き刺す。
「ガイ!! 聞いたぞ!! 悪い所に出入りしてるって!! 何してやがんだ!! お前は!!」
「こっちにも色々あるんだよ!! ハゲッ!! 」
「チッ! これだから修行バカは……世間の目を何も考えてねぇ」
ガイが兵を辞めて五年が経つ。このやり取りも懐かしい。だが、今はそれどころではなかった。
「おい!! 何か言ったか!!」
「何も言ってねぇよ。それよりも……その子か? 《《魔王の仲間って奴》》は?」
ガイは少し間を置いて、笑って応えた。
「ーーあぁ」
見た目だけなら少々目立つ容姿はしてるものの、ただそれだけ。目などもオッドアイになっている訳ではない。
白髪の少女はただ此方を見ないで俯いている。
「信じられねぇか?」
「……『魔王』の仲間なら何故拘束してない?」
「あぁ……少し薬でな」
「薬ってお前……悪いが、詰所の責任者として簡単に信じる訳にはいかないし、それにもし俺がその子を『魔王の仲間』だと認めてしまったらどうなるのか分かってるのか?」
「中に居る奴に殺されでもするか?」
分かってて尚、ここに来たのかとウォッカは鼻頭に皺を寄せた。
「変わったなガイ……その子は俺達が預かる」
「いや、悪いが俺も一緒に行かせて貰うぜ。もし『魔王』の仲間って分かったら直ぐに報奨金は出るんだろう?」
「…………好きにしろ」
変わってしまった同僚に、時間が経ったものだと思う。
ウォッカはガイとツクヨを連れて中へと入って行った。
「面白い!」
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