第17話 賭け ◇
「早く進むでゅふ!!」
馬車の中から御者へ、スブデば顎肉を揺らしながら叫んだ。下山はしたものの、アイスウルフはまだ追い掛ける事を止めずに居た。
窓からは両側2人ずつ顔を出して、魔法での遠距離攻撃を加えていた。攻撃を繰り出す護衛達の隙間から外を見れば、そこには辺り一面が蠢いて見える程のアイスウルフが居た。
そしてアイスウルフを寄せ付けないように手負にする程、何処からともなく聞こえて来る『死の雄叫び』に数は増すばかりで、スブデは焦りを隠せないで居た。
「す、スブデ様……このまま街に向かっても良いのでしょうか?」
「でゅふッ!!? 何を言ってるでゅふ!? このまま此処でアイスウルフ達には喰われろと言うでゅふ!?」
真正面に座っていた護衛チームの女性に全ての唾が飛び掛かる。
「い、いえッ!! そういう事ではなく……アイスウルフ達を連れて街まで行ったら私達は……」
ーー国家反逆罪、そう罪をかけられても可笑しくはない事だった。
しかし、スブデは表情を変える事なく、強気な態度で答える。
「あの『魔王』がやった事にするでゅふ。『魔王』は人類の敵、もし僕達を疑う者が居ればその者達は『魔王』の手先でゅふ!! それで『毒鼠』に協力を呼び掛ければツクヨも……でゅふッ!」
欲に塗れたスブデの言葉に、護衛達は一抹の不安を拭う事も出来ず、ただアイスウルフを追い払おうと攻撃を続ける。
「ん?」
「どうしたでゅふ?」
「いえ、何か今……アイスウルフが一斉に"何かに"反応した様な……」
「何かとはなんでゅふ……」
「い、いえ、そこまでは……」
「なら言うんじゃないでゅふ!! アイスウルフを退ける事にだけ集中するでゅふ!!」
些細な事を気にしてる護衛を叱咤し、スブデは指示を続けるのであった。
◇
イカラムの街を囲む城壁の周りには何も無く、何の影響を受けない為、その城壁上に居る者には強く冷たい風がマトモに襲って来る。
「あ~っ……さみぃ」
ガタイの良い身体を震わせ、ガイは鼻水を啜った。
ミズネに三ヶ月の謹慎を言い渡され、ガイは組織に居座るのもマズいと出て来ていた。しかし、何故家や酒場に居らず此処に居るかと言うとーー。
(アイツらはどうなったか……流石に死んだか?)
昨夜、売り飛ばされた子供達の事を思い出す。
清掃室での時は流れのついでで、少し興味があったから助言する様な事をしてしまった。勿論、自分が剣を再び握れる可能性を何故かあの子供から感じてしまったからというのもある。
(だが、ただこれから何をするのか話しただけ……ラムサル山はどんな環境なのか話しただけ……これだけで剣が握れるようになって良いのか?)
それにガイは、喉の奥に魚の骨が刺さったかのようなもどかしさを感じていた。
「どうした? 先輩さんよぉ、やっぱ三ヶ月の謹慎が効いてるのかぁ?」
「……お前、何でこんなとこに居んだよ?」
振り返れば、そこには頰を赤らめ千鳥足なタインの姿があった。
「折角大金も手に入れたしなぁ、さっきまで飲んでたんだよ。そしたらお前がフラッと城壁の方に行くのが見えてヨォ」
タインはヨタヨタとガイの隣まで来ると、城壁に寄り掛かる。
「それで? お前は何でこんなとこに居んだよ? 三ヶ月の謹慎くらったからとかメスガキみたいな事言うんじゃねぇよな?」
「はぁ……当たったら奇跡みたいな賭けに乗っちまったと思ってよ」
「あ? 何だギャンブルの悩みか!? 言ってくれれば俺が最強の技を伝授してやったのによ!」
「バーカ。そんなんじゃねぇよ……何て言うか、自分では今の現状を変えようともがいてるんだが、そのもがき方が合ってんのか分からなくて変な事に手を出してしまった、みたいな感じだ」
「うわッ……お前ってそんな繊細な奴だったんだな」
この何ヶ月でタインとはそれなりに仲良くはなっていた。こんな反応をされると分かっていた筈なのに何を言ってるのか。
「お前に言った俺が馬鹿だったよ」
「でも……気持ちは分かるぜ。俺も今のままで良いのかって思う時がある」
「ギャンブルで負けた時とかか?」
「馬鹿が!! 俺はギャンブルで負けた事ねーよ!!」
ガイとタインはバカ話をして盛り上がる。何も言えなくなる程言い争った後、ふと、空が明るくなって来ているのに気付く。
「朝かぁ。なら俺はそろそろお暇させて……おい、アレなんだ?」
タインが目を細めて、正面の地平線を指差した。
広く雪煙が舞っている。強い風が吹きつけている、最初はそう思ったが時々聞こえて来る遠吠えにガイは身を乗り上げた。
「アイスウルフの群れ……こっちに向かってやがる!!」
「はぁ!? 何でまたアイスウルフなんかが!??」
ガイは周りを見渡す。そして近くの自分達の場所よりも高い場所に居る見張りであろう若い兵を見つける。
「おいッ!! そこに居る奴!! 魔物の襲撃だ!! 鐘だ!!」
「え、し、襲撃!? か、カネ?」
「チッ!! 使えねぇッ!!」
異常事態の時には鐘を鳴らす。そんな常識の事も知らないで見張をやってるとは、これだから最近の兵はーー。
ガイは兵の居る場所まで行くと、床の隅に置かれた埃被った鐘を大きく振った。
ガランッ ガランッ ガランッ
何処か鈍く響く鐘に城壁内に居る者が気付いたのかザワつき始め、兵士が何人か登り始めたのが見えた。
「ったく……世話の焼ける。ん? ありゃあ……」
視線の先。先程よりも高い所に来たおかげか、それはよく見えた。
アイスウルフの群れ、それに追われて何処か高級そうな馬車が走っている。
(アレはアイツ等を買ったスブデの馬車!!)
ガイは直ぐに気付く。
スブデは別に頭が悪い訳では無い。商人をやっているからこその情報力を駆使して、十億などポンと払える商人までなっている。
(アイスウルフの『死の雄叫び』を知らない筈がない……となればーー)
誰かが意図的にやったもの。
安全が優先の護衛が、無闇に魔物に手を出す訳がない。他にやるとしたらーー。
ガイはアレクがやったものだと思い至る。ただの浮浪児、しかしあの異様な雰囲気、そして魔王……やりかねない。
「門を開けろ!! 馬車がアイスウルフ達に追われてる!!」
ガイは登って来る途中の兵士へ叫ぶ。
それに兵士は気付くが、何処か躊躇うように右往左往する。
(ちっ! アイスウルフは言わなきゃ良かったな……)
街に出る被害か、それとも自らの被害が出る事を懸念しているのだろう。
しかし幸運な事にそこに偶々居た市民も聞こえていたのか、兵士の姿を見て動揺しているのがガイの目に入る。
ガイは今になってやっと此方に来たタインに向き直った。
「タイン、門を開けさせろ」
「はぁ!? 何で俺が……てか、お前マジで言ってんのかよ!?」
「もしアイスウルフが入って来たとしても小規模の群れなら一匹ずつ、一撃で倒せば良い話だ」
「だからってよぉ!?」
「良いのか? あの馬車だぞ?」
雪原を指差し、タインは視線を向けた。そしてガイの言わんとする事を理解する。
タインに偶々出来た超大物客との繋がり。
「チッ!! オラァ!! 早く開けろってんだ!! 兵士が一般人の命見捨てて良いのかよ!!?」
それを失うのと、街に少なからずの被害が起きるのとでタインは直ぐに採算を付け、大袈裟に騒ぎ立てる。
これならばあの馬車が来るまでにケリは付くだろうと、ガイは再び馬車へと視線を動かす。
「はっ……!」
同時、何故か古傷が疼く。
それはまるで何かの前兆のようで、片方の口端だけを吊り上げられる。
一人、奇跡のような賭けが当たるのではないかと、ガイは期待を込めた獰猛な視線を馬車へと送った。
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