鬱陶しい同僚
「冬川さん眼鏡やめたの?そっちの方が似合ってるね」
同僚の五味が、また自分の持ち場を離れ性懲りも無くちょっかいをかけに来た。
「すみません、こっちまだ割と忙しくて。お話なら後にしてもらえますか?」
男を視界に入れることなくそう返しながらテキパキと食材を業務用の鍋に入れていく。どこへ行っても人間関係に恵まれないものだ、とため息をつきながら彼女は目の前の仕事に集中した。
冬川カコは、前職をパワハラで退職し少しばかりのモラトリアムを挟み、給食センターでパートをしていた。最初は男手のある職場ということで、少しは楽ができるのではないかと期待していたのだが、人をして美人と言わせるその容姿が嫌な方向に働いてしまった。
同僚となった五味という男が、付き纏うようになにかと絡んでくるのだ。最初にアプローチをかけてきた時に恋人がいるから、ときっぱり切り捨てたにも関わらず。本当に執拗い男だ。
コンタクトにしたのも単純に眼鏡だと湯気や熱気の多い職場で曇りやすいなと思ったからだ。ただでさえ熱源の多い職場なのに加え今週はエアコンが不調で尚のこと見えづらかった。こんな男の気を引きたいからではまったくない。そんな彼女のつれない態度につまらなそうに舌打ちしながら、五味は渋々といった様子で持ち場へと戻った。
転職したてで早速ネガティブになりそうになる気分を意図的に無視しながら仕事に打ち込み、気付けば終業時間も後少しとなったところでまたあの男がこちらに来た。
「冬川さん今日予定ある?一応ちょっと社員として伝えなきゃいけないことがあってさ」
「ほんとに仕事のことですか?関係なかったら帰りますけど」
「もちろんもちろん、そんな時間は取らせないから」
「はあ、そうですか。ならあとで。」
冬川はタイムカードを切り白衣から着替えると五味が待つであろう正面玄関の方へと向かう。
どうせまた仕事の話にかこつけてちょっかいをかけてくるだけだろう。そう思うと憂鬱で仕方がない。いっそ上長へ相談しようか。でもあの事なかれ主義なおじさんに訴えたところで何かが改善するとは思えない。
足取りは自然と重くなった。はぁ、いっそ無視して帰ってしまおうかしら。次の出勤で咎められるかもしれないが家の用で早く帰るよう連絡があった、とか適当に説明すればいいか。
そう思った冬川は、踵を返し裏口から出ることにした。
裏口には喫煙所もあり退勤後のパートさんたちが煙草を吸っていた。
煙たさに眉をひそめそうになりながら駐車場へ歩き出したところで、ゴンッという衝撃音を聞きながら、冬川の意識は暗転した。
五味は正面玄関で冬川をしばらく待っていたが、突如響いた大きな音に慌てて発生源へと駆けた。そこにあったのは血の海とエアコンの室外機に潰された女性の姿だった。
「あぁくそっ、なんで何回やってもこうなっちまうんだよ…俺はただあんたに死んで欲しくないだけなのに」
瞬間、五味の視界はまるでVHSのフィルムが巻き戻されるように逆送りにされ、ある日の朝に戻った。冬川という女が彼の職場に来た日だ。
五味という男は、何度目かも分からないその数日をまたやり直すのであった。