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運命

午前12時、もう夜も深い頃。暖炉の焔が木材の爆ぜる音と共に燃えさかり、モノトーンの落ち着いた雰囲気の部屋を照らす中、一人、物思いに一夜を過ごしている男が居た。左の顔を布で隠し、右の顔は少し引き攣ったいびつな表情をしているその男は椅子に腰掛けコーヒーを両手に何か物思いにふけった様子でアルバムを開く。そして、隣にある誰も居ないはずの椅子を眺めていた。


大人になると、年齢差はあれど能力を持つ。形は違えどそれは皆がもつ。積み重ねた経験、思いがそれを呼ぶ。選ぶことはできない。だけど、願いがあれば叶うかもしれない。与えられるものではなく得るもの。 

それは本当に叶えたい願いがあるものにのみ発現すると言われているもの。

その名を物語になぞらえて七神の奇跡と呼ぶ。


それは私にも起こった。いつだっただろうか。あれは死の間際。

男は自ら記憶の封を取った。

18年前

いつからだろうか、自分がわからなくなったのは?

どうしてだろうか、自分を見失ったのは。

「うるさい、うるさい、喋らないで、お願いだから。」

「ちょっと、決まったの進路。やりなさいよ。」

「…うん!」

「はぁ、だめに決まってるでしょ。」

「自分で払うから。」

「こっちは属託なのいつきられるかわかんないんだから。そんなのはやめてくれる。」


「自分で払うから迷惑なんてかかんねぇん。」


いつかは忘れた。自分らしくいられなくなったのは。

僕は子供の頃、ただ優しい人になりたいと思っていた。車で旅行した時、事故を起こした車を見かけた。病院にいった時泣いている人を見かけた。そんな時、決まって僕は祈っていた。なんの意味もないことだと分かっていても祈らずにはいられなかった。そういう時、決まって自分も不安になったから。だから将来、誰も不安にならないようにできる人になりたいと子供ながら思っていた。子供らしいなんとも理想的な夢だ。けれど、そうはなれなかった。周りの環境がそれを許さなかった。いや自分自身がそれを許さなかった。時に僕は親に切れたことがあった。それが自分が自分でいれなくなった原因かもしれない。人のせいにするのは良くないと言われるだろう。このご時世だ。情報の得れる場は沢山ある。こういう時、人がどういう反応をするかくらいは予想できる。

言いたくは無かった。でも、理不尽に怒られたことがあった。我慢していた。何度も何度も我慢した。なぜなら、喧嘩が嫌いだったから。やりたくなかったから。でも、僕は何をしたかも分からず理不尽に言われるのに耐えきれなかった。何かしたなら分かる。でも何もしてないのに怒られるのは違うだろう。家にいるだけで邪魔。ことあるたびにお金がかかる。声色か目つきかそれとも容姿か、それらが原因で言われたのだろうか。何も僕は悪いことはしていない。耐えれなかった。一度、怒鳴ってしまっては終いだ。その事実だけが残る。


「何、いきなり怒鳴ってきて、フザンけんじゃないわよ。偉そうに。ここはあんたの家じゃないんだから。」


そんなことが何度もあるうちに僕は反発する人と親から認識され、自分自身もその性格だと思う様になった。本当はそうはなりたくなかったのに。反発する度に自分が変わっていく様を実感し、それがたまらなく辛く、悔しくて泣いた。そして、次第に心にセーブがかかり今となっては変わることを心が許してはくれない。僕は優しくはなれないんだ。そういう人間なんだと思うようになった。家では毎日自分の部屋に引き籠もっている。親に喋られるたび、近づかれるたびに胸がくーと締め付けられてしまう。周りがみたら親は普通に見えるだろう。本当はそれは普通の親なのかもしれない。しかし、僕は、それでも僕の心は常にぼんやりと不安が渦巻いてた。周りが親との会話、関係を聞いたら仲直りしなさい、いつからでもやり直せるなどという言葉を投げられるかもしれない。けれど、僕はそれが怖い。毎日、自分が変わるようで不安で泣いていたあの日々を全否定されているようで。


けれど、後悔ならある。

仏壇の前で俺は祈っている。毎日の日課。

ごめん。カセットテープを入れ上映する。

そこには幼い頃の妹と僕が居た。

「斗架兄ちゃん、いこ。」

「え」

「どこに」

「ふふ、大好き」

妹が部屋に飛んできて、ハグをする。

「急にどうしたんだ。」

妹に袖を掴まれ、部屋の外にでる。つま先けんけんで急いで靴を履き、腕を引っ張られる。

「ちょ、待って」

左手を掴まれながらけんけんでつま先を地面に当て靴を履く。

「おっ、外に行くのか。斗架、茉百合を宜しくな」

振り向くと父さんが玄関で両手を膝につけ、かがんで僕たちの方を向いて、笑顔を向ける。

「うん」

「ほら、いこ」


高校生になってから、引きこもるようになってからも僕に声をかけてくれた。

「お兄ちゃん、置いとくよ。」

声をかけても返事が返ってこない。

「むうー、元気出して、お兄ちゃん」

それでも、声がない。妹は扉の前で話を続ける。

「お兄ちゃんは私で泣ける?」

どういうこと?

「私は泣けるよ。だって、思い出がたくさんあるからね。思い出しただけで泣いちゃうよ」

心が一杯だよ。今なら妹の言ったことが身にしみて分かる。涙が止まらない。

人の死で泣くのはやだ。そんなのは…悲劇でしかない。

身支度を済ますと家を出た。

「斗架は行ったのか。」

「 あの子、昔から妹のことになると凄い張り切ってたから。辛いんでしょうよ。

話をしてくれなくなってもう1年もたつわね。」


妹が亡くなったから、喋らなくなった訳では無い。その前から心を閉ざしてしまった。

妹と面と向かって喋ったのはいつだろう。

もっと、妹と喋っておけばよかった。

もう、僕の心はめちゃくちゃだ。

妹が亡くなってからか、それ以前からかは忘れたが、時が止まって見えることがある。なぜかは知らないけれど、自分だけが写真の中で動いているような感覚になる。


学校でも、俺は隅の方でひっそり日々を過ごした。

唯一、憩いの場であった図書室にも周りの目が気になっていけなくなってしまった。

クソな人生。そう思うこともできないくらい周囲の目が怖い。そして、不安が毎度のように襲う。自分は誰にも迷惑はかけたくない。家とは違うんだ。そう思うだけで、日々殻に閉じこもってしまう自分がいる。何なんだよ。我ながらその不甲斐なさを認識する。そして、それが不安をさらに助長した。休み時間は勉強するふりをして下を向く。色々考えると自然に目に涙が出てしまう。けれど泣くわけにはいかない。そういう人だと思われるから。苦しさを誰にも共有出来ない。もっとも、したくない。自分の中で整理できるからと。


そして、俺はもう一度、人の死を経験した。

友達ではない、けれど心に深く突き刺さる死だった。

彼女はいつも僕を冷たい目で見ていた。理由は知らないけれど、その冷たさの中に何処となく不安そうな顔を孕ませていた。

「私、死のうかな」

下校中の突拍子もない、その言葉。今でも忘れることはできない。

何もしなかった。

次の日学校に行くと席には彼女の姿があったからきっと大丈夫なのだろうとそう思っていた。風の噂でドッキリなどという言葉を聞いたから。しかし、暫く後、訃報が舞い降りた。

俺は彼女の家の近くによった。そして、彼女の両親を目にする。悲しみに暮れる姿をその目でみた。


高校を卒業し、暫くの月日がたった頃。案の定、一人で過ごしていた。しかし、意味合いが違う。

生きたいと思ったから此処に来た。未来が見たいとそう思ったから此処に来た。しかし、私はどうやら死ぬらしい。


誰もお見舞いにはこないこの閑散とした病室を私は今抜けようとしている。医者が言うには延命か、自宅で過ごすかのどちらからしい。選択肢など残されてはいなかった。余命1年だそうだがいつ何があっても不思議ではないそうだ。涙が出た。耐えるがつっかえる様に泣いてしまった。

死ぬとはこういう感覚なのだと否が応でも理解することになった。


荷物を持ち花吹雪が舞う土手をそぞろに男は歩く。


自分は年を取らないとそう思っていた。けれど無情にも時の流れというのは誰かの意図なく過ぎていく。自分に何ができただろうか。何をしてるんだろうか。己の非力さが心にポッカリと穴を開ける。親しいものは誰もなく、人生は自堕落で、何も無い道を歩いてきた。選択ならいくらでもあった筈だ。後悔があるということはそう、私はその選択に間違いを冒したのだ。


花吹雪の舞い散るバージンロードを一歩一歩その足で噛みしめるように土手沿いを歩く。この雪の様な美しい景色が私への贈り物なのだと思いながら。一人歩くその姿はまるで演劇で最後に生き残った英雄が悲しげに過去を回顧しながら歩く喜劇のエピローグに相応しい。

土手を降りた所では多くの人が賑わっていた。子ども達もあれやこれやとはしゃいでいる。私は感傷に浸りながらその様子を足を止めて眺めていた。もう春か。

私の居ない所でこれから物語は進む。彼らの未来に私は居ない。誰の記憶にも残らず私はいく。そんな風に思いながらまた、私はまた歩き出す。

後悔なら沢山ある。それを選べなかった自分が悔しい。悔恨の情をもって回顧録を脳内で巡らせる目には涙が滲み出ていた。

ただ、歩く。何かになるわけでもなく、何になるわけでもなく、けれどどこかで何かに帰結することを願い。虚しさを胸に歩いている。

時の流れるままに暫く歩いていると、空はオレンジに色へと移り変わっていた。

もうそんな時間か 

時の移りゆきは止めることはできない。

土手沿いを歩き、家に戻る最中、和太鼓の音が聞こえてきた。どうやら、お祭りをしているらしい。

(行ってみるか)

普段は行かないのだが、心が行くべきだと言っている気がした。精神の異常だろうが、私はそれに従うことにした。ただ何もせずに一人家で暮らしてきた俺にとってはそれすらも禁忌の冒険に思えてしまう。鳥居を潜り抜けると、さっきの和太鼓の音の源が見え、中には屋台やらが並び、多くの人で賑わいをみせている。私はそれを風景でも見るかのように見た。私は何かを買ったりする気分でも無かったので、少し離れたところにある手水舎に行き、手を洗う。手に触れる水、それはとても冷たく少し心が落ち着く。私はその足で境内に行きお参りをすることにした。意味などないことくらい分かっていたが、なんだ一応、病気平癒の祈願をしようと思ったのだ。礼法に則り、二礼二拍手一礼をし、目を閉じる。 

不安など無い世界を、こんなどうでも良い人間だけど、そう思ってしまう・・・子どもの頃の他愛もない夢をまたも思い出した。自分でも分からない。自分が好きな訳でもない。楽しい人生なわけでもない。けれど、どこかでそれを願っている自分が居た。

催事たけなわなりし頃、私だけが静かに祈りを捧げていた。

この時、いやそれ以前から事態は動いているとはつゆ知らずに。


その後、男は自身の思い出をしまい、その場で夢に落ちた。

翌朝、ぼやけ目的も忘れ、太陽の下の下で一休みしていた。

私は未来が見えている。その上で私は選択して…


「先生、起きてください。先生」


目の先には風貌からして高校生の歳くらいの子が居た。


全く先生、何でこんな所で寝ちゃうんですか。


「あぁ、すまん。」

(夢か)

商店の中央にある噴水広間で寝ていた私を背丈は150位、二重瞼がハッキリした女の子が手を掴み引き上げる。


先程から先生と呼ばれていることからも分かるが、そう、俺は先生となっていた。といっても普通の先生なのではなく、教えているだけの関係だ。弟子のようなものだ。注をいれるが呼ばせている訳ではない。あの時から16年の歳月が流れている。


「いたたた、つねんなよ。先生」


「ふふふ、行きますよ」

俺につけられているのが幸神一心、笑っているのが御金真莉だ。


3人は歩きだす。

何のために生きているのだろうか。その意味が未だ分からないことがある。私は誰だろう。一体何を行っているのだろうか。自分の言う事為すことが不思議でたまらない。その上で私は今を歩いている。


「 先生?何ぼうとしてんだ。」

「あ、いや何でもない。どこに行くんだっけ」

記憶が薄れたかのようになっていた。

「え、先生が俺たちを誘ったんじゃん」

「うっ、なんのことか思い出せん」

「全く、まだ使える屋敷を見つけたから行こうって言ってたのに…」

「屋敷?あっ、そうだったか。」

昔からそうなんだ何かをするのに時間がかかる人間なんだ。そんな俺が選んだ決断だった。


商店には誰も居ない。落ちそうな看板が垂れ下がり、閑散としている。しかし、俺にはみえていたこの場所に沢山のものが行き交う光景が。


「で、どこなんだ」

一心が表情を変えず、正面を見て尋ねてくる。

「この北にずーと先を行った所に有るんだ。」

「じゃ、もう少し旅は続くんだね」

両手を頭に置き、鼻歌を出す。

そうもう少し、もう少しだったんだ。


誰も居ない道を私達はひたすらに歩く。私は時折、二人の方を見つめる真莉の方は色白で、凛とした表情で、一心は男伊達等に長い髪をたなびかせ、シュッとした表情で歩いている。私はカメラでシャッターを押すようにその一瞬一瞬を叩き込む。


「 先生どうしたの。やっぱり何かあった。」

真莉は憂い顔をこちらに向けてくる。

それに対して俺は顔を少し歪ませた。

「いや、大丈夫。それよりもう少しで着くと思う。」


「本当、楽しみだなぁ、最近野宿多かったから」

(2日前、一人で調査に向かった時見つけた場所、多分あと少し、少しだった。)


「着いたよ」

「おお、これは」

「ボロボロだね、ハッハッ」

流石の一心も目を丸め、前のめりになる。

2階建て、立派だったろう面影を残してはいるが、如何せん築年数が立っている。

「まぁ、直せるし大丈夫だろう。」

「直せるの、先生もしかして魔法?」

真莉が俺に上目遣いで尋ねる。

「おお、魔法でござるか」

一心は興味の眼差し。だが、すまないが私はそんな力など有りはしない。あったとしても使わないだろう。

「自力だな、そんな魔法使えないし」

「えー、もう無理。先生探して疲れたよ」

「俺は行けるよ、うん」

「む、空気読んで、疲れた。わ た し」

一心は真莉に笑って筋肉をみせる。

「はぁ、もう、無理」

「先生、俺たちでやるべな」

「真莉、先に部屋入ってていいぞ」

「ごめんなさい、先生」

申し訳けなさそうに部屋へと向かう真莉を背に俺達は作業に取り掛かる。

「先生、俺1階。」

「分かった。2階にいるから何かあったら呼んでくれ。」

各々、分担し、作業に取り掛かる。

雑巾がないよ。一心は用具を探す。

まっ、これでいいか。自身の服を切り、それを使った。

一時間位後。

「はぁー、気持ちいいで」

一心は筋肉を使った高揚に浸る。

「真莉できたぞ」

真莉は眠そうに、2階の部屋から目をこすり出てくる。

「夜食作ったから、食べよぜ。」

「うん」

一心の如何せん大きな声に対し真莉は、小声で返す。

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