リザーブ
ひっさしぶりに書くから大変だぁ!
ヤギの少年にカードを返そうとネネ姉さんと追いかけたが、街が入り組んでいてすぐに少年を見失ってしまった。
しまったな。無線を置いて来てしまったので、フレデリカ達との連絡手段がなくなってしまった。
街の外から見えていたドームには街全体を見渡せるほどの塔があるので迷うことはないとは思うけど。というか、本当はこの禁忌とされている魔術のカードなんて、本人に返さずに先ほどの警官連中に届け出るべきなんだろうけど、あのぶつかってきたヤギの少年の表情を思い返すと何故だか手を差し伸べた方が良いような気がした。
<手を差し伸べるなんて、まるで神サマにでもなったような言い草だな。>
「凪斗さん・・・なんで私たちネルちゃんを連れてこなかったんでしょう・・・。」
言われてみればそうだ。
「彼女の獣人の鼻だったら臭いで追跡できたでしょうに。」
あとから振り返って後悔したなんて、これまでの旅でも数多く経験したんだけど、どうやら僕らは懲りないらしい。ネネ姉さんに追いかけようといってすぐに走り出した行動力だけは、自分で誉めてもいいのかもしれない。
ちょっと休憩しようかと、階段状になっている建物の段差に腰を掛ける。
先ほどの少年が落とした禍々しさを感じる黒いカードを手に取る。
魔法陣の中にいる死者と思われる人物が天に手を掲げているような絵・・・。
「ネネ姉さん、このカード何気に手に取っちゃってるけど目にしていいものなの?」
「飽くまでもこれは何の効力も持たないただのカードですから問題ありませんよ?」
「悪魔でも?」
「飽くまでもです。」
ふーんと鼻を鳴らしていると、腰かけている建物の裏口のドアが開いた。
一人の女性が中にいる人物と話している。
ベージュのドレスに長い金髪をオールバックにして、質素でありながら気品あるティアラをつけている。
おじぎをしたり丁寧な言葉を使っていて、どうやら中にいる人物の方が目上の人間のようだ。
ドアが閉まると浮かない顔をしたまま振り返り歩き出そうとして、数歩のところで僕達に気づいた。僕は咄嗟に黒いカードをポケットにしまう。女性がネネ姉さんを見ると目を丸くして
「あ、アナタはアルカンターラ姫!?本物なんですか?」
と驚いた。
さすがネネ姉さんはこの世界でも指折りの有名人らしい。
「はい、そうですよ。でもそんな深々とお辞儀はしなくても良いですよ。今は国という名義のものは無くなって実質普通の女の子なんですから。」
前にトレーラーで聞いていたが、姉さんの国はこのメリル王国が統治して国家としては消滅してしまったんだとか。
「いえ・・・私のようなしがない歌い手にはもったいない機会・・・。お会いできて光栄です。」
女性の声は落ち着いた印象だがハキハキとしていて、歌い手と言ったのが納得できる感覚だ。
「歌い手、というと・・・明日のオペラで歌うんですか?」
僕が聞くと、はいと答えた。
ということはこの人もこの街で起きている事件のターゲットになりうるということだ。
その事実をこの人自体は知っているのだろうか。オペラ関係者が亡くなっているというのは耳に入ってるだろうけど、もし事件の概要を知らないとしても一般人である以上余計な心配を与えるだけだと思ったのでその話題は出さないようにしようとネネ姉さんとアイコンタクトを取る。
どうかなされたんですか?と聞かれたのでそれとなくはぐらかす。
「いや!旅の途中にこの街に寄ったもので、明日のオペラ見に行こうと思ってたんですよ!」
僕がポジティブな印象でそう話すと、女性は最初に観たときのような暗い顔に戻った。
さきほどこの女性に言われたと同じようにどうかなされたんですかと僕が聞き返そうと思う前に、女性はわけを話し始めた。
「明日のオペラは・・・ご来場されない方が良いと思います・・・。」
悲しそうというより、落ち着いた落胆の色を帯びた声だった。
「え?でもお姉さんが出るんですよね?僕ら聴きたいですよ、お姉さんの歌声!」
そう僕が言うと、少しだけ女性の顔が曇る気がした。
「・・・私は本来なら補欠だったんです。いや、本当なら補欠にすらなれないマガイモノの歌い手。他の歌い手がいなくなったからしょうがなく出るんです。」
女性は先ほどと表情を変えない。
「お姉さん。僕もマガイモノですよ。ここまで旅を続けてるのにちっともそれらしいことができてない。本当の本当に本物じゃないんです。」
「もしかしてアナタ・・・。」
「はい。凪斗さんはマタギですよ。」
ネネ姉さんがにっこりと言うと、女性は少し顔に光を取り戻した。
「凪斗さん・・・申し遅れました、私ワルプルギス演劇のメラーニと申します。なんだかこうも縁起の良い人にお会いできるのは少し気分が良くなりますね。でもやっぱり明日の公演はオススメできませんわね。ヘマできないんですもの。」
三人で少し笑う。
「あの・・・もしよろしかったらなんですが、私を家まで送ってもらえませんか?ご存じかもしれないんですが最近物騒で・・・。せっかくお知り合いになれたわけですし。姫様にこのようなことをお願いするのはなんというかお門違いなのはわかっているんですが、もっとアナタ方のことを知りたくなりまして。」
オペラ関係者の中でも最も事件に関わりそうだったが、今知り合えたこの人を守りたいという想いもあり、僕らはこの頼みを快く承諾した。
ヤギの少年のことは今は追うのをやめた、まるで目の前の歌姫の存在に気配をかき消されたようで、追いかけることが不可能のように感じたのかもしれない。しかし不思議とあのヤギの少年にはどこかで会える気がする。いや、会わざるを得ないような気がしたのだ。
僕らは石畳の少し人通りの少ない裏路地を進む。
16ビットに抽象化された僕らの3人の身体が連なってデジタルに進む。
「メラーニさんはいつ歌い手を志したんですか?」
僕が何の気なしに聞く。
「私は・・・何を言われるでもなく、姉と共に気づいたら歌い手になっていました。」
「それでも続けられているのは才能があるからではないんですか?」
ネネ姉さんも励ますように続ける。
「いいえ、歌の才能はいつでも姉の方が上でした。幼少の時からすべてにおいて姉は上回っていた。比較されることなんて日常でした。それは歌い手になってからも・・・。」
僕らは黙って話を聞く。
「でも姉はそんな私を取り巻く状況を理解した上でいつも劇団員や私を導いたのです。どうすれば私がこの社会に光を示せるかや、人との正しい関わり方まで・・・。私はそんな姉のことが誇りでありながら、ずっと憎かったのです。」
真逆の感情が両立するということも人はあり得るのかとも考えたが、嫉妬や妬みの裏側に憧れがあるように、ある側面の感情も捉え方で変わるのかもしれないと、そう思うのだった。
「メラーニさん。」
ネネ姉さんが口を開いた。
「愛も・・・憎悪を孕んでいると思いますか?」
僕と彼女は、表情を変えずにその台詞を聞く。その場でその問いに対する答えは出なかった。
いや、"出さなかった"の方が正しかったのかもしれない。
何気なく歩いているはずなのに、背中のどこかが落ち着かない。
誰かに見られている気がする――そんな確証のない感覚だけが、しつこく残っていた。
「あ、ごめんなさい!アナタ方二人のお話を伺いたいと言ったのに・・・自分の話ばかり。」
「いいんですよ!メラーニさんのことも知れて嬉しいですよ。」
「お優しいんですね凪斗さん。」
「それは・・・どうなのかな。」
優しくありたいと思うのは本当なんだけどね。
場所は変わり、アライドルの町はずれ。
星見の丘。
「ジャックしゃま!アイツらが今回のターゲットなんですか?」
サッカーボールほどの浮遊する猫のようなフワフワの生き物が主人に作戦のことを問う。
「あぁ。思ったよりチョロそうだが・・・つーかあいつらリカのメンツかよ。メンドクセーな。」
ジャックと言われた危なげな雰囲気のある金髪で紅の眼をした吸血鬼が腰を上げる。
横に置いてあったレバーアクションのライフルを手に取る。
漆黒に金の装飾の施されたその銃には、神を揶揄する文章が刻まれている。
フレデリカの戦闘用のメイド服と対になるような、執事を思わせる黒のスーツに身を纏ったその吸血鬼は、ため息をしながら銃弾を込める。
「サクっと終わらせるぞ。」
スコープ無しのライフルを街に向けて狙いを定めると、銃身を中心にしてジリジリと音を立てながら美しい魔法陣がまわり始めた。
僕達は街中を1キロほど歩いたところで目的地にたどり着く。
どうやらメラーニさんをはじめとした歌い手はこの宿屋に寝泊まりして、明日からの公演に臨むらしい。
「そういえば、お二人はここ最近の事件についてはご存じですか?」
やっぱりその話は避けられないかと、諦めて話題に乗る。
「はい。なんでもオペラ関係者とか街の重役の人が狙われてるとかですよね。」
「私も危険を顧みずにでもこの事件を解決に導きたいと考えています。でも・・・それが不可解でして。」
「不可解?狙われている人が・・・ですか?」
「いいえ、殺され方のほうです。」
殺され方?
「私の同僚が亡くなった時、我慢ができなくなって個人的に探偵と警護を雇ったんです。そして調べてもらったところ、至近距離から撃たれて亡くなっていたそうなんです。それも・・・場所を問わず。」
僕とネネ姉さんは目を合わせる。
「それは、オペラ関係者の中に犯人がいるということをおっしゃっているんですか?」
「でもそれはありえないんです。場所を問わずといったのは、それが密室でも、オペラ控室でも、公共の場でも同じだということなんです。控室に入る人間は入り口でボディーチェックを細かくされます。全くもって暗殺の機会を与えてない場所でさえそれが起こってしまっている・・・。」
確かに最初にバッジ警部が密室で銃弾が使われているのに、銃を使った痕跡が無いと言っていた。
僕は顎に手を当てて考える。
ネネ姉さんが、懐中時計はどうなってるのかと聞くので、開いてみる。
7時25分を指している。
幸運のルプネグルグの時計も、この謎を解くためのヒントにはなりえなそうだ。
ふと街の通路に目をやると、長靴をはいた少女が弟らしき少年と遊んでいた。
水たまりの上をひょいと飛び越える。ビチャりと水の張るフチに足がついて、数多の雫が重力に逆らうが、また地面に吸い込まれていく。
「メラーニさん、その犯行は例えば透明化とか仕込銃のようなトリックで説明はつきませんか?」
「透明化・・・確かにそれなら実行までは可能かもしれないけど、それだともう一つの謎が解けないんです。というのは、犯行に使われている銃弾がライフルの弾らしいのです。しかもある程度の速度が出た状態で当たっていたと聞きました。」
「つまり、犯行現場の状況と犯行に使われた凶器が矛盾している・・・。」
検死で判明した至近距離から撃たれているという事実、にもかかわらずその場に火器使用の痕跡がなく、凶器はある程度距離と速度が出たライフル弾。
魔法のあるこの世界でも解くのが難しい高度な暗殺術・・・。
時限式で作動する遠隔銃・・・自立型の戦闘ロボ・・・
あれこれと考えるがイマイチ事件の解決には紐づくと思えない。
メラーニさんがもう少し事件のことについて話したいというので宿屋の中までついていく。
宿屋は2階になっていて、螺旋状に配置された階段を上がる。
僕は殺人現場の状況に思考を囚われながら階段を上がる。
そのせいで最後の1段でつまづき危うく転倒するところだった。
ネネ姉さんが「夢中なのはいいですけど、危ないですよ」となだめるように言う。
つまづく・・・水たまりをジャンプする。
飛び越える・・・。
僕の中で何かが繋がる。
!!!!!!!!!!
トリックに気づいた、その瞬間――僕の後ろに魔法陣が展開される。
「ッッッッッ!!!!!」
僕は体の向きと振り向き速度を全開にしながら同時に銃を抜き、魔法陣に向けて躊躇なく銃弾を放った。
バキィイイイイイン!という銃声と同時に、ドゴォという鈍い音が響き、左肩に激痛が走る。体が後ろに向けて吹き飛ぶ。
ぐわぁあ・・・・と声にならないようなうめき声をあげる。
僕の左肩から生暖かい液体が流れるのを感じる。
痛みに耐えながらメラーニさんを一瞥すると驚いた顔で硬直している。
どうやら彼女にケガは無いようだ。
「凪斗さん!!!!」
ネネ姉さんが駆け寄る。
先程の魔法陣は空間から消えていた。
レバーアクションっていいよね。




