後味
モルドレッドとの戦闘後にナギトくんは病院で目を覚まします。
僕が顔を上げると、そこはキヲクの間だった。
だけどいつもと様子が違う・・・赤く血濡れの空間だ。
僕の身体は椅子に縛り付けられていて、足も腕も満足に動かせない。
あの夢幻の魔女はいない。
あたりを見ても血濡れの空間が広がっているだけだった。
しかし、前を見ると先程はなかった肉片が前に現れる。
ギョっとしていると、肉片が喋り始めた。
「ナギトぉ~・・・助けてくれぇ・・・。」
テツの声だ。
テツの声が、目の前でピクピクと動いている肉片から聞こえてくる。
僕は唖然としたままその肉片を眺めることしかできない。
まばたきをすると一瞬で肉片が消えた。
もう一度まばたきをすると肉片から血まみれの手が伸びて僕の足を掴んだ状態で現れる。
とても冷たい手だった。
「なぎとぉおおおおおお・・・どうして助けてくれなかったんだよおおおおお!!!」
「あ・・・あ・・・。」
僕は口をパクパクとさせるが叫び声をあげることができない。
すると後ろからズリ・・・ズリ・・・と何かを引きずる音が聞こえる。
横目でチラリとみると、あの神父の腕が尺取り虫のように這ってきていた。
あの神父の低い声で「私の身体はどこだ・・・。」という震えた声を発しながらさまよっている。
まばたきをすると、一瞬にしてその肉片たちは消えた。
変わりに目の前に、どす黒い赤い光が漏れる半開きになった鎖で封印された扉が現れる。
その前に龍神モルドレッドが倒れている。
彼女の足には枷がはめられ、繋がれた鎖は半開きになった扉の奥へと続いているのだった。
うぅ・・・といううめき声と共に彼女が目を覚ます。
すると何かに怯えたように
「はっ・・・!いや、いやあああ!助けて!助けてください!!」
彼女の顔は恐怖にまみれている。
僕は彼女を助けようと体をねじる。
声は依然としてあげられない。
<彼女を助ける?お前を殺した相手だぞ>
魔女の声だ。だけどどこか雰囲気が違う。
魔女は姿を見せず、ただ声だけが血濡れの空間に響いている。
助けてと悲痛な叫びをあげている彼女の声を上塗りするかのように魔女の声が響き渡る。
<お前は誰も救えない。この娘も、テツも、神父も、そしてお前自身でさえ。>
その声が響いた後、ゴォーンゴォーン!という重い鐘の音が冷酷に空間を満たしていった。
鐘の音を聞くと龍神モルドレッドはさらに恐怖と絶望の顔に染まり
「お願いですぅ!!もう人も殺さない!!大切にしますからぁ・・・!だから・・・助けてェ!!」
と叫んで僕の足を掴む。
ギリッという音が鳴ると同時に龍神の足に繋がれた鎖のたるみがなくなり、彼女の身体を扉の奥へ引きずりこもうとする。
彼女の足を掴む腕の力が強くなり、爪が食い込む。
彼女の血で染まった爪が、僕の足に傷を残しながら離れていった。
龍神はそのまま悲痛な叫びをあげながら扉の奥に引き込まれて見えなくなっていった。
ドン!という強くて重い音と共に扉が閉まり、魔女が耳元で小さな声で、しかしハッキリと囁いた。
-お前は無力だ-
嫌な汗をかきながらハッとして目が覚める。
そこは見ると病室のようだった。
特に体には装置などは繋がれておらず、患者服になっているだけだった。
右腕を見ると、そこには右腕があった。
継ぎ目などはなく、しっかりと一本に繋がっている。
周りは白いレースのカーテンで囲まれていて、先ほどの赤い血濡れの空間とまるで対比されているようだった。
ベッドの横に置いてある棚の上には、傷ついたシルバーのリボルバー銃と懐中時計が置いてある。
椅子の上には僕の服が綺麗にたたまれていた。
ふと速足でコツコツとこちらに向かう音がする。
サラッっという音と共にレースカーテンがめくられる。
看護婦が入ってくるが僕の顔を見て瞬時に驚き、経過観察のためのカルテが固定されているであろうボードを落とす。
そのまま慌てて人を呼びに行ったようだ。
しばらくすると耳の尖った身長の高い紫いろの肌をしたゴブリンとみられるドクターと一緒にフレデリカと、ガーランドとネネが入ってきた。
テツとネルは入ってこなかった。
・・・いや、テツは入ってくることはできないということをどこかで忘れていた。
忘れたかったのかもしれない。
ドクターが何か僕に質問したが、半分上の空で何を聞かれたのかよく覚えていなかった。
ドクターとガーランド達が話をする。
「では、旅は続けられると」とか「他の方々は残念ながら・・・」などという台詞が聞こえる。
ドクターが部屋から出ていくと三人は僕の方へ急ぎ足で歩み寄る。
「ナギト!!よかった・・・。」
「凪斗の身に何かあったら報われなかったな。」
「ナギトさん・・・よくご無事でしたね。皆さん心配してましたよ。」
三人はいっぺんに喋りだす。
だけど僕の心はどこか完全にここにあるわけじゃない気がする。
眠気がすごくて今すぐにでも布団に入りたいときのような、目覚め切っていないような感覚だ。
それでも僕は諦めたようにハッキリとこう言った。
「完全に無事じゃなかったよ。」
ガーランドとネネが目を合わせた後、ガーランドは身をかがめて僕の肩を持った。
「凪斗、何があったのかは話さなくていい。だけどな、お前が無事だったからこそ、俺たちが本当に救われてるってことだけは事実だ。」
僕は何かを考えるが思考がまとまらないので黙ったままだ。
ガーランドは一度視線を落とした後、さらに僕に優しく続ける。
「時間はたくさんかかるかもしれないけど、ゆっくり癒していこう。」
するとネネ姉さんが
「私たちがついていますから。」と続ける。
その言葉を聞いて僕の感情が揺れ動き、少し泣きそうな顔で
「本当に?」
とネネやフレデリカを見上げる。
「本当よ。」
とフレデリカが続けた。
僕の視線はまたベッドのほうへ戻っていく。
そして自分を落ち着かせようと
「ちょっとトイレ、行ってこようかな。」
と口にする。
自分を落ち着かせないと何かがあふれてきそうだった。
涙ではない、自分の中で抑えていた何かが。
点滴とかはつけていないので、少しおぼつかないが自分の足で立って歩く。
病室を出て左を向く。
すると反対側から、つまり僕の背中のほうに視線を感じた。
振り返るとネルが居た。
彼女の顔は少し腫れぼったくなっていて、目元が若干赤くなっていた。
「ねぇ。」
彼女は僕の顔を見ながら口を開いた。
僕は目を合わせられなくなって視線を落としてしまう。
しかし彼女は淡々と、温もりも冷たさもない言葉で
「どうして助けてくれなかったの?」
と言った。
僕は覚悟をしていて、それでいて恐怖していた言葉を聞く。
頭でいろいろと考えるが、結局まとまらず「ごめん」とだけ声が漏れる。
「スーディではアンドロイドも難なく切り抜けて。」
・・・。
「あの村では気に食わない神様もバラバラにして。」
・・・。
「リカお姉ちゃんを助けてくれたじゃない。」
僕は
「なんでテツ兄ちゃんはできなかったの?」
僕は・・・。
「マタギだからとかじゃなくてさ。助けられる力があるんじゃあないの?」
「僕は・・・!」
身を乗り出して僕は何かを伝えようとする。
血濡れの間で僕が言われたことを伝えようとする。
だけどそんなことを言ってもなんの解決にもならず、言い訳にすらならないことに僕は最初から気づいていたんだ。
結局口をつぐんで唇を噛むことしかできなくなる。
ネルはそんな僕を見て、何かを諦めたようにどこかへ去ってしまった。
僕自身の外傷が何もないということで、三人に介抱されて時間を過ごした後すぐに退院となる。
外は明るく青空が広がっており、白い雲がなびいている。
少し風は強かった。
トレーラーに戻る。
どうやらここはスーディとは別方面の街らしい。
あたりに水路も通っていて綺麗な洋風な街だ。
僕は停車したトレーラーの中から窓越しにぼんやり空を眺めている。
フレデリカがトレーラーに入ってきて、僕を見つけると右隣に座った。
「ナギト。ガーランドがね、銃の修理は街の腕のいいガンショップに頼んだって。」
「うん。ありがと。」
青空に浮かぶ白い雲は音もたてずに流れていく。
懐中時計は10:15を指している。
フレデリカは意を決したように
「テツもナギトが無事でほっとしていると思うの。」
と言う。
どうしてそう言えるんだよと心の中でつぶやいた。
少し二人の時間が流れる。
「アタシね。」
僕は彼女の方を見る。
「写真って怖くて。こんな風に仲間がいなくなったとき、その現実を突きつけられてるようでさ。」
「確かにこんなことがあったらって考えると納得ができるね。」
僕は自分の中で何かを納得させようとしている。無理やりに。
だけど、そんな気持ちもじきに歯止めが利かなくなる。
「過去に大切にしてた友達を殺しちゃったことがあるの。」
フレデリカの知られざる過去は、何の前触れもなく現れる。
僕は少し驚いて彼女を一瞥する。
もしかして、前に戦ったスライムが言っていたショクザイの吸血鬼というのもこのことなのかもしれないと思った。
「魔力不足で起こる吸血衝動っていうのがアタシ達の一族にはあってね。それを無理やり抑えようとした結果ふとした拍子にね・・・。それがキッカケでしばらく自暴自棄になってふさぎこんだり、軍に入ることになったんだけど。」
吸血鬼の少女は続ける。
「そこでガーランドと出会ってね、マタギを助けて導くこの仕事をすることになって。寂しさもあるんだけど、彼らを送り届ける度に私の何かが肯定されて、報われていく実感があったの。」
僕は彼女を暖かい目で見つめる。
「だからアタシね・・・ナギトが生きてて、本当に良かったって思ってる。」
僕は嬉しい気持ちで「リカちゃん・・・。」と声を漏らす。
「今のアタシの状況なんて想像つかなかったなぁ。」
その言葉で、僕の心にかかっていたダムは決壊した。
-今のオイラの状況なんて想像つかなかったなぁ-
色々な気持ちが織り交ざった濁流が込み上げてきた。
彼の幸せそうな夜空を見上げる顔が思い浮かぶのだった。
僕は途端に口を押えながらトレーラーを飛び出す。
何かを無理やり抑えながら走る。
だけど抑えきれなくなって、アーチ状の橋が架かった車一台分くらいの川の土手に転がりこむ。
僕は生えていた草や花をひたすらに毟り、声をあげて泣いた。
あふれ出る想いを、感情をそのままこの星にぶつけた。
身体全身を使ってこの世界に想いを吐き出した。
僕は遠い過去のようにも思える、小川で洗った手を見たときのように両手を眺めた。
手の中には千切れてふやけた草や、しなびた小さな花が転がっていた。
僕は手に残ったしおれたイノチをぎゅっと握りしめて、また地面に打ち付けた。
少しうずくまって、感情の洪水が引くのを待つと、人の気配がした。
ハッとして前を見る。
そこには獣の耳を携えたオオカミの少女が、ネルが立っていた。
感情表現マシマシやん。ムズイ!




