愚かな城主
教会のような風貌の質素で清潔そうなその建物は、侵入者を阻む壁に囲まれて佇んでいる
正門は鍵がかかっていないようだ。
ガキンという重たい音と共に門が開く。
そのまま十メートルくらい歩くと神殿の入り口だ。
両開きの扉が空く。
ここも鍵がかかっていなかった。
扉が空くと、そこは礼拝堂のような空間が広がっている。
数人のローブを着た信者のような者。
ひときわ豪華なローブを着た司教のような女性が立っている。
そこまでだったら異世界の教会としては違和感がないものかもしれない。
しかし、普通の教会や礼拝堂と明らかに違う点があった。
中央にトリカエサマと呼ばれているであろう、バケモノが居た。
一つが足枷でつながれている四つ足で身体全体が白く、毛で覆われていて、目が頭部に十数個ある。
瞳は怪しく桃色に光っている。
それでいて口は人間のような歯がギッシリと並んでいて、その表情は卑しく笑っていた。
それを見た瞬間、フレデリカが大鎌を召喚してすごいスピードでバケモノに切りかかった。
だが、あともう少しで大鎌が届きそうだというくらいでフレデリカの鎌が消え、彼女の身体は
地面に叩きつけられた。
その瞬間、ローブを着た女性司教が笑った気がした。
「おやおや、いけませんね。崇高なるトリカエサマに敵意を向けるなんて。」
そういいながら司教はフレデリカを拘束する。
フレデリカは少女とは言え力はかなり強く、現に先ほど崖から落ちかけた僕の身体を
ひょいと持ち上げるくらいには余裕があった。
そんな彼女が、まるで本来の少女さを取り返したかのように組み伏せられている。
「リカちゃん!!」
僕は咄嗟に叫ぶが、下手に動くと彼女に危害が及びそうなので慎重に様子を伺う。
女性司教がニヤリと笑いながら話しかけてくる。
「こんにちはマタギの方。ようこそイーデアへ。いかがですか?もうこちらの世界には慣れましたか?」
僕は答えない。
「こんなに完成された世界です、何をそこまで躍起になるのやら・・・。」
よく見ると、ジリジリとトリカエサマを中心とした円のようなものが張られている。
何かしらの作用をそれが施しているようだ。
「えっと・・・その子はそのトリカエサマ?っていう人にびっくりしちゃっただけなんだ。離してくれませんか?もう帰るんで・・・。」
僕は相手を刺激しないように、というか穏便に済ませてさっさと帰りたかった。
他人事のような口調で話す。
「とんでもない!この娘はトリカエサマに敵意を向けましたからね。これは由々しき事態。この世の苦しみを取り換えてくださる全能の神を裏切ったことは万死に値します!」
と愉快そうに話す司教に僕はイラつく。
「いや誰も裏切ってねーだろ。最初からそっち側にすんなよ。」
本音が漏れる。
「何かいいましたか?まぁこの娘もあの旅人達同様トリカエサマの贄にいたしましょう。よかったですね、誉あることですよ。トリカエサマの寵愛を受けられるのですから。」
そう言って、取り巻きの教徒にフレデリカを渡した。
予想通り、というかほぼ確定していたようなものだが、旅人達や調査官が失踪していた原因はこのトリカエサマと、それを取り巻くこの村の人間達だった。
司教が言うと、礼拝堂の端にいる佇んでいただけの教徒のような者たちが拍手を送る。
その光景を見て、僕はついに我慢の限界を迎える。
「だから、勝手に決めんじゃねーよ。」
「ナギト!!ダメ!!」
そうフレデリカが叫ぶが、僕は肩のホルスターから銃を抜いている。
トリカエサマに照準を合わせて引き金を引く。
しかし、カキン!という音が響くだけで、銃弾は出てこない。
「・・・っ!?」
銃を見ると、確かに弾は装填されていて、撃鉄も動いている。
しかしどういうわけか、弾は発射されない。
そう気づいた瞬間、身体全面に痛みを感じる。
バシン!という音と共に、一瞬目の前が赤くなる。
目に見えない魔法のようなもので殴打され、僕は地面に倒れる。
丸眼鏡が飛び、カチッと地面をたたく音がする。
銃が地面に落ち、くるくると回りながら後方へ滑っていく。
「残念ですがアナタ方全員の武器・魔法の類は一切使用できません。
このトリカエサマのみが力を執行できる空間です。
当然銃器を使用しても作動はしないですよ。
トリカエサマに向けられるすべての敵意や憎悪に呼応して結界は作動します。
トリカエサマに向けられる尊敬の念のみが許された感情なのですから。」
司教が高らかに笑う。
「ナギト!!逃げて!アタシのことはいいから!」
フレデリカが叫ぶ。
司教はまたニヤリと笑う。
「当然マタギのお前も、そこの娘も生かしては返しませんよ。
その吸血鬼の小娘は・・・トリカエサマに真っ先に刃を向けた罰として・・・
たっぷりとトリカエサマに犯させてハメ殺すとしましょう。」
フレデリカは苦悶の表情を浮かべる。
グゲゲゲ・・・という鳴き声と共に、ドサっとトリカエサマが巨体を動かす。
「ご説明どうも。よくわかったよ」
僕は皮肉を込めて言う。
「それは何より!どんな抵抗も無駄と理解しましたか。私も司教として誇らし・・・
-そこの神様が何よりムカつくってことがな-
僕は静かに、そしてトリカエサマを見つめる。
一瞬トリカエサマの目に、この世ならざるものの影が映る。
時間がゆっくりと進む。
トリカエサマが驚きの表情と共に後退ろうとして、足枷がギリッ!っと音を立てる。
司教がトリカエサマの方を向く。
僕はそっと手を前に据える。
するとぼんやりと、しかし徐々にハッキリとした「銃」の形が浮かび上がり、銃口が前に向いていく。
それはいつか、心を穿つ銃と呼ばれたものによく似た、それでいてどこか静かに死を告げる悪魔の笛
を思わせるものだった。
僕は、神のほうを見つめたまま引き金を引いた。
同時にまばゆい閃光とともに轟音が響く。
銃弾がトリカエサマの上半身を吹き飛ばす。
さらに銃弾はそのままトリカエサマの体を貫通してうしろの壁ごと破壊し、雲を切り裂いて空の彼方へと飛んで行った。
あとには瓦礫とともに横たわるトリカエサマだったものの体の半分と、ぽっかりと巨大な穴のあいた壁が広がっていた。
「ど、どういうことだ。あの一瞬で・・・いや結界は・・・!?」
司教が膝をついて唖然としている。
すでに僕の手に、先ほど神を穿った銃はない。
僕はその神主に眉間にもともと持っていた銃を突きつけ、2発の銃声を慣らした。
ドタっという死体が倒れる音と金属の薬莢が落ちる音が空間に響いた。
僕が捕らわれたフレデリカのほうに近づくと、教徒は怯えたようにしてフレデリカを突き飛ばして逃げてしまった。
倒れかけるフレデリカを、銃を持っていない方の手で抱きかかえる。
「ごめん、リカちゃん。怖かったよね。」
「ううん、大丈夫。ありがとう。凪斗、あの力・・・。ううん、今はいいや。まずは皆と・・・」
そこまで言って、リカは倒れてしまった。
僕は銃をホルスターに収めて彼女を抱える。




