不思議な時計屋「ルプネグルグ」①
あれからフレデリカと目を合わせてない。
ちょっとした会話とかは問題なくできるのだけれど、顔を見ることができない。
特に口元を見ると、あの時のことがチラついて集中がそがれてしまう。
そのことを向こうも察して顔を背けることでより一層と胸の鼓動が大きくなってしまう。
おかしい。
僕は×××ともキスをしたし、女性の扱いだって慣れてるほどではないにしろいたって普通にやりとりできるくらいではある。
だけど、こんなにも微妙な立ち位置の関係が難しいというか、どうしたらよいかわからなくなるなんて思いもしなかった。
あまりにどっちつかずの関係がじれったいので、リカに声を掛ける。
「ねぇ、リカちゃん。銃の扱い・・・教えて欲しいんだ。」
するとどうやら向こうも会話のキッカケが欲しかったのか、目を輝かせて
「あ、そうだったよね!!やろうやろう!次の街を出るときに射撃場に寄ろう!」
と言った。
トレーラーを走らせる。
外を眺めるとところどころ枯れた木の混じった湖畔のほとりを走っている。
高山地帯を思わせるような風景で、遠くには雪の化粧をした山々が連なっている。
湖畔の水は綺麗で、いかにも冷たそうな水だ。
湖畔を過ぎて山道を抜けると、トンネルに入る。
トンネルにも電気が通っているようで、オレンジの光が僕の顔を連続で撫でては通り過ぎていく。
トンネルを出ると、海の見える丘を走り始めた。
「わぁ、海ですね!ネルちゃん、ほら海よ!」
ネネ姉さんが珍しく興奮している。
ちょこんと窓辺に座ったネルが尻尾を振りながら海を眺める。
「姉さん、海好きなんですか?」
僕は姉さんに尋ねる。
「えぇ!なにぶん森育ちで、あまり自由に外に出られなかった期間が長かったもので。旅の度に度々海を訪れては興奮してしまうの。ガーランドのそばにいるときくらい興奮してしまうの。」
「へ、へぇ・・・。でもいいですね。毎回ココロオドルなんて。旅が楽しくなりますね。」
ネルの方を見ると、彼女もワクワクしているのか、顔もほころんでいる感じだ。
さきほどの湖畔ではさほど雰囲気は変わらなかったが、海を見ると皆の雰囲気も明るくなった気がする。
元の世界でも、青い空を反射した海は本当に綺麗で、僕も好きでよく訪れていた。
違う世界でも同じ価値観があるとなんだかホっとする。
「ねぇテツ。この世界で誰かと通信するといったら、何を使うの?」
今までチームが無線を使っていたのは見ていたが、村の人がなんらかの通信手段を使っているのは見たことがない。
「ん?オイラたちは無線とかだな!一般の人は家についてる電話機ってものがあるんだ。凪斗の世界にはそーゆーのないのか?」
「いや、実を言うともう少し進んだものがあるんだ。いろんな機械の機能が詰め込まれたコンパクトな奴が。便利すぎていろいろ問題も起きてるんだけどね。」
するとテツは目を輝かせて、
「はぁーそいつはうらやましいな!!なんで凪斗はその技術を持ってないんだよ教えろよー。でもいいな!機械が発達してくっていうのは!!!ハァーオイラもそっちの世界に行けたらなぁ!!」
と言った。
実際のところ、テツにはスマートフォンなんて持たせたくない。
インターネットの沼にハマるタイプの人間に見える。
彼のすばらしい技能や人格が”ソレ”に左右されてしまう気がして、もったいないと感じてしまう。
誰よりも先に使いこなすだろうけど、誰よりも簡単に踊らされてしまうだろう。
「でも、この世界の文明的なレベルって多分僕の世界とそんなに変わらないよ。魔法がある分こっちの方が発展しているのかも。でもそのうち出来るんじゃないかな。」
そう伝えるとテツは、うひょー楽しみだと言った。
トレーラーが宿のわきの駐車場に止まる。
ギリシャに立ち並ぶ家のような、海の見える丘沿いの白い家々が連なる町だ。
リカが差し伸べる手をとってトレーラーを下りる。
そのときとった彼女の手はひんやりとしていて気持ちが良かった。
「ナギト!私達は納品とか手続きをしてくるんだけど、この町は綺麗だから散策してくるといいよ!これお金。コルっていう単位なの。」
紙幣と小銭を渡される。
この国の王様だろうか?肖像が印刷されている。
しかしこうやって手渡されるとなんだがお小遣いをちんまりともらっているようで少し情けない気がする。
「うん、ありがとう!納品って武器とか商材をってこと?」
「そう!私たちはBtoCじゃなくてBtoBがメインだからね!あ、わかる?一般の人向けに販売するのがBtoCで、企業とか法人向けのやりとりはBtoBって言うの!Business to CustomerとBusiness to Businessっていうことね。」
経済も学ぶ大学に通っている(通っていたのほうが正しいのかな?)のでそのことは知っていた。
そう伝えると、
「へぇ~!ナギトってなんでも知っているんだね!」
とリカが言う。なので、
「僕は何にも知らないさ、誰かが教えてくれたんだ。」
と返事をした。
「リカちゃん。やっぱり英語もあるの?BtoBとか言ってたけど。」
この世界での日本語は確か、日ノ本に存在するあらゆる人種が使う言語という意味だったはず。
だとしたら英語はどうなんだろう。
僕の世界ではイギリスの事を英と表記するので英語なんだけど、当然この世界にはイギリスなんて国はない。いや、あるのか?形や文化は違えどイギリスと呼ばれる国が存在している可能性は無くはない。
しかし実際は言葉の起源はやはり別のところだった。
「うん!英語はもともと昔この世界にやってきていたマタギの人たちが使っていた言語だよ!
最初は彼らは”英雄”と呼ばれてたの。だから”英雄が使っていた言語”ということになるわね。」
この世界に度々起こるマタギ渡し。
そうか、昔はこちらの世界で英語を使っていた人たちがこの世界に来ていたのか・・・。
こちらの世界から言語が伝わるということもあるらしい。たださらに気になるところもある。
「じゃあ、途中から彼らのことは、『英雄と呼ばなくなった』ってことだよね。」
今僕のような存在はマタギと呼ばれている。世界を跨ぐ者として。
「うん。ナギトみたいに優しい人ももちろんいるんだけどね。結構厳しいというか、悪いことをする人も居たの・・・。だから英雄と呼ぶのではなく世界を跨ぐ人として呼称されるように区別されていったの。」
つまり、マタギは善人だけが選ばれるわけじゃなく、本当に無作為に選ばれるということだろうか・・・。
僕がこの世界に来た理由は実のところなんなのだろう。
「なるほどね。またこの世界の事が理解できて嬉しいよ。ありがとうリカちゃん。」
「うん!私もナギトがこの世界のこと知ってくれて嬉しいな!あそうだ。ここは28番街のウォクの宿屋ってところだから忘れないでね!割と一直線に立ち並んでる町だから多分迷わないと思うけど。」
海を指標にできるのでおそらく迷うことはないだろう。
もとの世界でも方向音痴ということはなかった。
「じゃあ夕方くらいまでには帰ってきてね!」
そういうと、ガーランド商業旅団は全員散り散りになってしまった。
皆用があるのか。と思った。
リカやガーランドはまだしも他の三人までも居なくなってしまうなんて。
観光地のような見た目の街なので割と治安も安心できそうではあるけど、もしこの世界特有の文化やらタブーやらがあったらと思うと少し不安にもなる。
改めて僕の旅が、ガーランド商業旅団ありきの旅なのだと思い知らされる。
とりあえず、歩を進めてみる。
道路に出ると、歩道と車道にわかれていて、たまに車が通る。
しかし元居た世界と違って頻繁に車が通るわけではない。
観光地のようだがそれでも車というのは一家に一台というわけにはいかないらしい。
オレンジがかった壁や窓がチラホラと見えて、窓際に植物を飾っている家もある。
メインストリートには店も並んでいるようだ。
洋服屋、カフェにくだもの屋。
店主がヒトの場合もあればオークとか獣人、それにあれはリザードマン?のような”人間”までいる。
この世界はこの世界でしっかりと成り立っていて、成り行きはわからないけど現実世界と同じような文明・文化を築いている。
違うところと言えば魔法があること、多様な人種というか種族がいることくらいだろうか。
でも思い返してみれば、元の世界だって肌の色や話す言語、身に着けるものが違う人々は居た。
こうしてみてみると、こっちの世界となんら変わらないような気がする。
ふと路地に入ると、太陽の当たる方向がかわり、少し涼しい風が当たる。
季節はちょうど3月とかそのくらいなのかな。
ほどよく心地よい気温だ。
曲がり角を2つほど曲がって、さらに裏手に入る。
空の色は変わらない。青色だ。
だけど何かわからないけど、地面が遠ざかる気がした。
いや、僕が宙に浮いて空へ落ちていくんじゃあない。
さっきまで同じ1mに感じていた地面が、強い重力で曲げられてギューっと伸びていくような、そんな感覚だった。
ふと横を見ると、店があった。
看板と中を交互に見る。
時計屋のようだ。
看板には、「ルプネグルグ」と書いてあるようだ。
淡い青色をしたドアを開ける。
チリンというドアベルの鳴く音が聞こえると共に、中に至る所に置いてあるまたは掛けてある時計の、静かだけども存在感のある、カコッカコッという時を刻む音が響いてくる。
リズムをずらして僕の足音が店内に響く。
時計はいろいろな種類があるが、どれも味のあるものだ。
時計としてではなくインテリアとして置いてみても十分楽しめそうだ。
壁に掛けてある時計を眺めながらゆっくりと歩いていくと、
「いらっしゃい。」
という店主の落ち着いた声が聞こえた。
店主は耳のとがった老人で、僕と同じような丸眼鏡をかけている。
エプロンをかけて、年齢はそこそこ言っているみたいだが背筋はまっすぐと伸びていて
健康的な印象だ。
「こんにちは、時計屋さんなんですね。」
と僕は言う。
「あぁ、でもウチはなかなかコアな店でね。滅多にお客は訪れないんだよ。」
老人は少し微笑む。その顔は優しいのは優しいのだが、どこか不気味にも思えた。
裏がしれないというか、不思議のベールで包まれて何が中にあるのかわからない感じ。
「え、結構素敵だなって思うけどな。ちょうど時計いただきたいなって思ってるんですけど、携帯できる奴。オススメとかはありますか?」
「あぁーありがとう。そうだな、お兄さん”時計”が欲しいのかい?それとも時間が計りたいのかい?」
ん?妙な質問だ。
まるでビジネスの現場で耳にするニーズとウォンツを聞かれてるみたいだ。
【壁に穴を開けたい】がニーズ、【そのためのドリルが欲しい】がウォンツだ。
でも時計を買うとなれば、今の時間が知りたいとか、何か目的があって時間を計りたいくらいしかないんじゃないかな。そりゃ腕時計を投資目的だとかオシャレでつけたいとかはあるだろうけど・・・。
「えーと。時間が知りたいですかね、でも何故です?服装に合うものとかご提案していただけるんですか?」
「いや、まぁそういうのもあるんだけどね。ウチの時計が計るものは、何も”時間だけじゃあない”んだ。」
「”時間だけじゃない?”」
店主は、ちょっと待ってねと言うと、後ろに合った棚をいくつか探った後、
あったあったと口に出しながら僕の前に一つの時計を差し出した。
「これなんかは面白い時計だよ。」
その時計は黒と白色の六角形で、机の上に置いておけそうなサイズの立てかけ式の時計だった。
「この時計はね、曇り時計と呼ばれるようになったんだ。」
「呼ばれるようになった?もともとは違ったんですか?」
「そうだよ。コイツももともとは他の時計と同じく、時を刻んでいた。だけどある時突然故障し始めるようになったんだ。タイミングよく止まるもんだから、使用者は困って時計を捨てようとしたんだ。だけどその途中、使用者は、この時計が止まるとき、決まって曇り空になることに気づいたんだ。だからこの時計は時を刻むのではなくて、曇り空になるタイミングを教えてくれる便利な天気予報時計というわけさ。おかげでこの時計を譲り受けてから、洗濯物を干しっぱなしにして後悔したことはないね。」
時計なのに時計じゃなく、曇り空を計っている。
「なんだか粋な感じですね、天気を計るのではなくて、曇り空ってところが。」
天気すべてを教えてくれる道具は、科学の力や魔法を使えばできそうなところだ。
だけどこの時計は、曇り空になるタイミングで時を刻むのをやめる。雨や晴れではなく、曇り空の時に。僕は、その時計にどこか自分の生き方が重なるような気がした。
「私はこの時計はね、生き方ってのは決められたもんでもないし、本来の目的を失っても他に意義があると教えてくれるような気がして好きなんだ。どうだい?なかなか面白い時計だろう。気に入ったならタダで差し上げるよ。君はどうやら特別のようだ。」
僕はまだこの店主に自分がマタギだとは伝えていない。
だけど、何かしらを感じ取ったようだ。この時計を見るのと同じような眼差しで僕のほうを見る。
「いえ、ちゃんとお金を払って時間を刻むものをいただきますよ。でもそうだな。他にも面白い時計の話は聞いてみたいですね。」
僕はこの店に置いてある時計と、店主と、そしてこの「ルプネグルグ」に興味を持った。




