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イノチノマタギ  作者: 凪雨タクヤ
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託された夢

誰かが僕に、夢や未来を託してくれた気がするんだ。

だけど僕にはそんな誰かに押し付けられた希望を堂々と掲げることなんてできない。

胸を張って生きているなんて、到底言えなかった。


今日は誰かが生きたかった明日だ。

昨日は、誰かが夢を置いてきた今日だ。


そう。僕、榊凪斗サカキナギトは心の中で思う。

自分が託されたものに値していないと。


今日は12月26日の金曜日。

仕事が終わって、恋人と夜の街で遊ぶ。

結婚とかあまりぱっとしないけど、なんとなくこのまま関係が続いたら

そのままゴールインして、子供が生まれて、そしてその子供が成長して

自分はおじいさんになって・・・。


冬の乾いた心地よい風を受けながら、ぼんやりと空を眺めて

自分の未来を想像する。


老いた自分は、今の自分を見てなんて言うんだろう。

よく頑張ったと言うかな。

もっと夢を追い求めることが出来ただろうと責め立てるかな。

物悲し気に眉をひそめて月明りに照らされる。


そうしているうちに、待ち合わせの駅に着く。

都会へのアクセスは良くて、それでいて混みあわない有人の駅。

送迎の車を待つ遅くまでかかった部活終わりの男子生徒や、金曜だからか

酔った大人が複数人でたむろしているところも見受けられた。


「また早く着き過ぎちゃったかな。」

周りに聞こえないくらいの声でつぶやく。

つぶやきながら、少しズレた丸眼鏡を指で直す。

すると、後ろからお菓子の箱をひっくり返したようなやわらかい声が響いてくる。


「凪斗くん。」

フワフワのマフラーと純白のコートに身を包んだ一人の女性が立っていた。

僕の恋人だ。


身長はあまり高くないので、僕の顎のあたりにちょうどこの子の頭の先がつくくらいだ。

本当に、僕にはもったいないくらいの女の子だと思う。

どうして自分がこんな素敵な子と出会えたのか不思議でたまらない。

でもキッカケは僕だった。

1人図書館で本を眺めているこの子に、僕から声をかけたのだった。


「凪斗くん、だめだよ?女の子をこんなに待たせたら。」

いたずらな笑顔でその子は言う。

「え?ごめん待たせちゃった?すごい早く着いた気がしたんだけど。」

到着に送れるのが怖いわけじゃない。

約束を少し破るのが怖いわけじゃない。

だけどどこかに不安があって、恐怖があって、つい早く動き出してしまう。


「ねぇ、嘘だよ?凪斗くん。女の子の嘘は見抜けないとだめだぞ~?」

いたずらな笑顔でその子は言う。


「まったく、×××は性格が悪いなぁ。こんな子に付き合っていられるのは僕くらいだね。」

いたずらに答えてみる。

「えぇ~?凪斗くん自信過剰だね。自分の価値もわかんないなんて可哀そう。」

彼女は笑ったままだ。


今日は12月26日。

クリスマスから少しだけ時が進んだ日。

ペルセウス座流星群を見に行こうと話していたんだ。


僕は、星が好きだった。

夜空に浮かんでる以上の星々がこの宇宙に浮かんでいて、

この地球の何倍も大きい太陽があって、そのまた何百倍も大きい星があって・・・。

そうやって考えていると、自分がいかにちっぽけで悩んでいることが馬鹿らしいのか

いつも考えさせられるのだった。


そんな夜空で、首をいためながら、星々がこの地上へ向かって

堕ちてくるのが見たかった。

地上にたどり着くことはほとんどないけど、最期にどんな星々よりも明るく輝く

指の先ほどしかない宇宙の塵を、僕は自分を重ねながら見るのだった。


「すごいね。ホントに星降る夜って感じだね。」

彼女は寒空に文句を言うことなく付き合ってくれた。

僕を榊凪斗として、一人の人間として付き合ってくれた。

恋人なんて無縁だと思っていたのに。


「帰ったら、”仲良し”したいかも・・・。凪斗くんって、意外とこーゆー状況つくるの得意だもんね。」

彼女はいたずらな笑顔でそう言った。


僕は、この未来を託してくれた人を思って、少し悲しくなった。


「ねぇ、もっと喜びなよ。性欲モンスターくん。」

やわらかいクッションのような声で言われても困る。

僕は無言で彼女の手を取りながら歩を進める。


「ねぇ凪斗くん。私の事好き?」

いたずらな笑顔で彼女は聞く。

僕は、うん、好きだよ。と答える。

「どれくらい好き?」

「どれくらい?」

「この世界がひっくり返っても好き?」

「うん、好き。」

すると彼女は、そっかとだけ言う。


駅のホームで手をつないだまま僕たちは静止する。

向こうから列車が来た。

列車は少しうるさい音と風をまとって通りすぎていく。

途中で汽笛を一瞬鳴らす。


通り過ぎざま、彼女は言う。

「私もね、凪斗くんの事好き。」

彼女は真顔で言う。

「私もこの世界がひっくり返っちゃっても、凪斗くんのこと好きになると思う。」


向こうから、また列車が来た。

今度はホームに入る前に汽笛が一瞬鳴った。

金属のブレーキ音と機械が動く重たい音が響いてくる。


「だからね」


駅のホームに音が響いてさらに大きくなっていく。

汽笛が大きく長く鳴った。


「少しだけ」


電車はもうホームに差し掛かって目と鼻の先だ。

シューという空気を流す音が聞こえる。


「”痛いのも我慢してね”」


突然、自分の体が浮いた。

僕の体はホームではなくて、線路の方に吸い込まれて行った。

時間が遅くなりながら僕は一瞬彼女の顔を見る。


彼女はいたずらな笑顔でこちらを見ていた。

そして何かを呟いていた。

声は聞こえなかったけど、はっきりとこの言葉を理解できた。


『行ってらっしゃい。』


僕の見ている世界は一瞬で黒に包まれた。

列車が止まりきる音さえ、僕には聞こえなかった。


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