はじめましょう
それはある静寂の真夜中。
天高く昇った満月が、雲一つ無く煌々と照らす。
郊外にある古びた館にて、一人の女が玄関のベルを鳴らす。
暫くすると扉がゆっくりと開き、中からは一人の男が出てきた。
「こんばんは。いい月夜ですね。」
女は男に満面の笑みで挨拶をし、
「懲りずに来たか。女よ。飽きもせず。」
男は呆れたように女を見据えていた。
女はそんな男の様子にも目もくれず
「ええ、もちろん。月に一度のこの日を楽しみに生きてますので。」
「ふん。この変人め。」
「レディに変人とは失礼ですね。まあ…否定はしませんが。」
「しないのか。」
「…ふふ、それにその変人をこうして招いている貴方も、存外に大概だと思いますよ。ねえ【吸血鬼】さん」
【吸血鬼】と呼ばれた男は眉間に皺を寄せる。
「存外も大概も貴様の方だ小娘よ。それに余は約束事を無闇に違えたりはせぬ。例えお前がどうしようもない夢見がちの子供だったとしてもな。」
「もう、そんなに褒めても血しか出せませんよ。」
「褒めてもないし、いらんわ。」
「ちぇ」
女は拗ねたように小さく口を尖らせる。
「相変わらずいけずですねぇ…。
あっ、今日はスコーンを焼いてきました。ジャムも自家製ですよ。」
「ほう、そちらは喜んで頂くとしよう。」
「上がっても?」
「拒否したところで無駄であろう?」
「ふふ、もちろん」
吸血鬼は小さく溜息を吐きつつも、女に手を差し伸べる。
「では、今宵も始めるか。」
女はそっとその手を取る
「ええ、真夜中の素敵なお茶会を。」




