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女神と番  作者: 紫月 あやめ
出逢い編
9/61

-8- この手を握って

隊長視点

「隊長、手袋がほつれています。もしよろしければ、繕ってきますよ」


 エレインは、私に手袋を取るように促した。


 彼女と出会ってから、時が過ぎて、彼女は当初の初々しい様子から変化を見せ、年次の中で模範的だと言われる立場になっていた。これも私の教育の賜物なのかもしれない、とも思うが、実のところは彼女自身の努力によるものだ。適切な努力ができること自体が、才能だ。


 周りには他の隊員はおらず、エレインと二人で、野営地の真ん中にいた。他の隊員は、食料の調達に行っている。


 私は手袋に目を落とした――確かに、ほつれている。長く使ってきたが、正直、気づかなかった。


「魔道具の修理キットを持っています。早めに修理された方が良いのではないでしょうか?」

「――君の言うとおりだな」


 幸い、他の隊員もいないことだし、正直、私は裁縫はできない。魔術の心得のない屋敷の者に繕わせるわけにもいかないし、修理に出すのも手間がかかる。

 エレインに甘えよう、と手袋を渡すと、彼女は両手でそれを受け止めて、自分のテントへ歩いて行った。


 このようななんでもない場所で素手を晒すなんて、久しぶりだ。

 手が風に触れてなんともこそばゆい。なんとなしに手を空にかざしてみた。私の感覚は、予定外の来訪者が大軍を押し寄せてきたことを伝えた。






「さて。どうしようかな」


 十数匹の大蜘蛛の亡骸を前に、私は腕を組んだ。ここは安全な場所だと判断していたが、このような奴らが襲ってくるとは、行軍経路を見直さないといけない。命を奪ってしまったからには、無駄にしてはいけない。素材屋に売るにも随分な量で、その手間に私は溜め息をついた。予定外だ。


 手袋を外して攻撃するなんて久しぶりだった。彼らは手袋を外して攻撃する必要はない存在だったのに、悪いことをした。しかし、彼らにとっては、このように瞬時に命を落とした方が良かったのだろうか……?


「……隊長」


 エレインが側にいることをすっかり忘れていた。


 こちらにやって来ていた彼女は、肩を落として眉を下げていた――瞬間的に、もっと手加減をして引き延ばしておけば良かった、と思った。


 私の魔術レベルを彼女は知っているだろうが、実際に見るのと、ただ単に知っているとでは、抱く感覚が全く異なる。だからこそ、私は人前で絶対に手袋を外さない。


 大蜘蛛十数匹を倒すためには、おおよそ五人くらいの魔術師がそれなりの時間を戦闘に費やす必要があるだろう。手袋をつけた私でも、数分は必要だろう。それを、今、私は一瞬でやってのけた。呆然とされるに足りる状況だ。


 化け物っぷりがばれてしまった。

 自分がしでかしたことを後悔した。


 彼女は、また私と魔力の交換をしてくれるだろうか。そういうことを望むことすら、私のエゴなのだろうか。彼女に気持ち悪がられるだろうか――。


 彼女は眉を下げたまま、私の目の前にやってきた。そして、視線を下げて、私の手を見た。


 ――エレインは私の素手を握って、微笑んだ。


「ありがとうございました。こんな危険な場所だったんですね。知らずに裁縫していたなんて、少し、笑ってしまいます」


 私は硬直した。


「……どうか、されたのですか? お怪我でも?」


 彼女は今すぐにでも手当てをしようか、という雰囲気だ。慌てて訂正する。


「いや、いや、違う。怪我はしていない。大丈夫だ」

「良かった」


 彼女は安堵して軽く微笑んで、私の目を見つめた。まだ私の手を握りしめている。私が己の手に視線を下げると、彼女ははっとして手を離した。


「し、失礼いたしました。つい」


 「つい」握ってしまったというのか。私は可能な限り感情を外に見せないようにしながら、冷静さを装うとする。


「いや、不愉快だったとか、そういうわけではないんだ。いつも、君とは指を使って魔力を交換しているからね。ただ、何故、握られたのだろう、と思っただけだ」

「何故握られたか、ですか? ……握りたかったからですよ? あ、でも、こんなの、隊長に失礼――」

「大丈夫だ。正直なところ、私の素手を、魔術師たちはあまり――心地よくないと感じることがある。これは、私と同じレベルの他の魔術師でも同様だ。だから、どうして君はそのように感じないのだろうか、と思っている」

「わたしは、むしろ触りたいくらいですよ」


 端的な言葉だった。


「隊長の素手を最初に見た時は、少し、怖いような感じもありましたが、今は違います。魔力を交換する度、私はそんな――悪い気持ちはしませんし、仕事上で手伝ってくださっているのは分かっているし。

 今だって、その手でわたしを助けてくださったようなものじゃないですか。それに感謝を抱くのは、不思議なことではないでしょう?」


 算数を解くかのように、エレインはすらすらと答えて、再度私の手を握った。そして、まるで女神のように微笑んだ。


「だから、わたしの前では、そのように気遣っていただかなくて大丈夫です。今、隊長の素手から感じる魔力は、とても安心するし、心地よいし、美しいです」

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