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女神と番  作者: 紫月 あやめ
出逢い編
6/61

-5- 魔力の共鳴

隊長視点

「――怖いだけじゃない、か」


 エレインの言葉を反芻した。彼女はやはり、少し変わっている。

 この指を見ると、魔術師は恐怖を抱く。魔力を持たない人間は何も感じないだろうが、魔力を持つ人間は「感じる」ことができる分、私が宿している魔力を察する。そして、恐怖、拒絶といった感情を本能的に感じるのだ。


 手袋は、魔力量が増大してきた頃からの習いだった。もう、素手を晒す方が違和感がある。だから、今さら何も思うところはないのだが、エレインの言葉には何か少し引っかかった。


 以前、彼女と握手をした際、彼女の魔力と私の魔力が共鳴して、増幅するような感覚を覚えた。それから、同様の事例がないか調べているのだが、何の情報も見つけられていない。研究所に連れて行かれるのはご免なので、この現象は誰にも話していない。


 彼女の感覚の珍しさは、この現象と関係があるのだろうか?


 瞬間的に、私はエレインの指に素手で触れてみたい、と思った自分に気づいた。

 ありえない。とその気持ちをかき消す。作法に反する。


 だが、その作法は、恐怖を感じる者たちへ向けてのものだ。異なる感覚を持つエレインになら、作法は絶対的ではないのでは? そして、共鳴に関する調査の一環になるかもしれない。


 ――でも、一部下、しかも女性に対して、親密過ぎないだろうか。

 私は唸った。






 面談を定型的に終え、エレインは礼を述べて、立ち去ろうとした。


「もうひとつ、話があるんだが、良いかな?」

「はい。大丈夫です」


 エレインは再度椅子に座り直して、私と対面した。冷静に言葉を紡ぐよう心掛ける。


「以前、私と君が握手をした際、なにか特筆すべき感覚はあったか?」

「……隊長の魔力エネルギーが引き寄せられました。そして、わたしのエネルギーも隊長に向かいましたよね。それで……隊長のエネルギーが凄く心地よかったことを、覚えています。なにか、こう……しっくりくるような、波長が合うような、感じでした」


 彼女は、昔のことを思い出しながら、時折間を取りつつ喋った。こちらの感覚と相違がないようだ。


「その後は?」

「エネルギーが心地良いなと思って、そのまま消えていきました」

「なるほど」


 私自身は、魔力が増幅する感覚がしていたのだが、エレインはそれはないらしい。やはり、検証しても良いのかもしれない。私は心に決めた。


「もしも。もしも、君が良かったら、の話なんだが」

「はい?」

「素手で握手してもらえないか? もう少し、調べたいんだ」

「良いですよ」


 彼女は即答して、すぐさま手を差し出した。私は押し黙る。彼女は、どうして早くしないのか、とでも言いたげに首を傾げた。


「――私のような人間と素手で触れ合うのは、少し躊躇した方がいいと思う」

「隊長、おっしゃっていることが矛盾しています」

「普段、手袋で魔力を抑制しているような人間と素手で触れ合いたいと思うのは、変わっている」

「……どちらかと言うと、わたしはそうしてみたいと思っていました。この前から」


 エレインは純粋な気持ちに拠るのだろう言葉をスラスラと述べて、私はまた押し黙った。他の魔術師に言ったら、全員拒否するに違いないことを、彼女は「そうしてみたい」と言っている。彼女はあまりにも世間知らずだ。


 だが、彼女は勘は鋭いのに、あっさりと手を差し出してきた。やはり、なにかがあるような気がする。

 ――「そうしてみたい」と言うならば、そうしてみようじゃないか。


 私は手袋から手を抜いて、エレインの私より小さな手を握った。






 以前と同様に魔力がエレインに引っ張られる。以前より多くの量を。私は可能な限り冷静にそれを眺めて、不測の事態が起きる前に対応しようと考えていた。

 だが、エネルギーが奪われすぎる前に、私からもエレインのエネルギーを引っ張る。双方が釣り合った。エレインの魔力の器が大きいから平衡状態に安定したのだと、分かった。そして。なによりも。


「……隊長、すっごく、落ち着くんですが」

「……」


 彼女のエネルギーは非常に心地いい。以前と同じだった。

 そして、素肌で触れている分、心地のよさは物凄くて。手を離すには惜しい、と体が言っていた。エレインもそうなのだろう、私たちは握手をし続けていた。


 そして、その気になればエレインの魔力を引っ張ることができることに、気づいた。


「魔力を引っ張っても良いか?」

「はい」


 引っ張ると、エレインの魔力は私の体に馴染み、増幅して、何倍にも膨れ上がった。多分、器が小さい者だったら、耐えられなかっただろう。

 エレインもそれに気づいていて、驚いたように私を見ていた。前回に感じていた魔力の増幅と同じ感覚だった。


 エレインはどこかそわそわし始める。


「大丈夫か? やめようか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「どうした?」

「あ、あの……」


 エレインは視線を逸らしていたが、少し恥ずかしそうに口を開いた。


「これも一種の検証だと思うので、言いますが、なんだか――だきつきたい、です」


 これも、私と同じだった。


「では、そろそろやめようか」

「あっ」


 エレインの手を離すと、今まで感じていた心地よさが、瞬時に収まった。エレインは己の手を見つめていた。私は手袋をはめた。


「なにか魔力が共鳴している感覚がする。そして、君の魔力が私の体で増幅する。そして――何故だか、心地よい。これくらいかな」

「そう、思います」

「よし。ご協力ありがとう」


 私は微笑んで、エレインを追い払った。






「……参ったな」


 彼女のことを特別扱いしまいと、何度も反芻してきた。


 どのような女性を抱いても、こんな感覚を味わったことはなかった。体の奥底から感じる心地よさと、魂が共鳴するような、欠落していたものが埋まるような、相互補完するような――形容しがたい、充足感。


 魔力の相性が非常に合う、のだろう。とりあえず、このように結論付ける。喜ばしいことである。仕事上、魔力の相性が合って悪いことなんて、何もない。


 だが、私は、あの若い彼女にどのように接すれば良いのか分からなくなった。


 ――次の瞬間、厳然たる自分の立場を思い出す。

 彼女に対し、ただの魔力の相性が合う一部下として関わっていくことは、可能ではないか。どれだけ心地よさを感じていても、それを表面に出さなければ良い。


 どれほど心が動いても、単なる部下として接すればいい。彼女と出会ってから、ずっとそうしてきたじゃないか。

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