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女神と番  作者: 紫月 あやめ
出逢い編
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-4- 白い手袋

エレイン視点

「どうして隊長がずっと手袋をはめているのかって?」


 隊の制服には手袋はあるが、日常業務で着けている者はほとんどいないし、義務ではない。入隊してから、隊長だけが常に白い手袋をはめているのが、不思議で仕方がなかった。


「あれは、制服じゃないよ。自前」

「自前で手袋をはめておられるのですか?」

「そう。魔力を抑制する、ね」


 魔術師隊に属する身の上で、魔力を制限する意味が分からなかった。わたしは首を傾げた。


「エレイン。魔術師業界のことを、もうちょっと調べた方が良いかもね。学院じゃ習わなかっただろうけど」


 教育係の眼鏡をかけた隊員は、わたしに言った。


「最高位レベルの魔術師は、日常は魔力を制限するお作法がある」

「……隊長って、最高位レベルなんですか」

「世間知らずだよ、エレイン」


 彼は声を上げて笑った。


「そう。最高位。国内では、両手に余るかな。超希少な人だよ」

「……そんなに、凄い人だったんですね」

「知らずに来たんだ!」


 アハハ、と彼は笑って、ごめんごめん、とわたしに返した。


「そう。それでいて、武術も軍人の中でトップレベルの、凄い人なんだよ。リアル武神」

「――そんな方相手に、フランクに接しすぎた気がします」

「大丈夫。隊長にフランクに接する人なんて、魔術師隊の外にはいないし、新人ちゃんはそれくらいでいいの。隊長に癒しをあげて」


 少し胸をなでおろした。失礼なことをしていたらどうしようかと思ったが、彼の話によると、まあ問題なかったのかなと思う。


「エレインは、もう少し業界のことを調べた方が良いよ。魔術師の中で生きていくならね」

「わかりました。ご教示ありがとうございます」

「かたいなあ」


 きっと、彼はわたしの肩を叩きたいのだろうが、わたしが女だから叩けないのだろうな、と察した。彼の手は一瞬だけ動いていた。


「隊長の手袋、外してあげてよ。あれはあれできついと思うよ。ずっと檻に入れられているようなもん、だからさ。まあ、いつも外されていても、ちょっと怖いけど……」

「わたしにそんなことできませんよ」


 なんでそんなことを言われるのか、よく分からない。

 彼は椅子を左右に揺らしながら、どこか興味深そうにわたしを見つめた。


「だって、隊長、エレインのこと、かなり気に入ってるよ。あんなにできた人が、珍しい。性別どうのこうのなんて、気にしない人だろうに。なんでだろうね」


 そんなことを言われても、わたしも分からない。






 教育係の隊員から、「隊長がわたしを気に入っている」と聞いてから、わたしは隊長の様子を前より観察するようになってしまった。多分、隊長も気づいていると思う。


 そして、魔術師業界についても調べ始めた。魔術そのものには興味があったものの、世間一般のことにあまりに疎すぎたことを実感した。

 最高位レベル――この魔術師の層が厚い国でさえ、両手にあまるくらいの人物しかいない。この国の皇太子も最高位レベルの魔術師だった。


 わたしは、それより下の高位レベルとなる。レベルは魔力量と技量で測られる。わたしは魔力量は多いものの技量がまだまだだ。情報を調べるほどに、最高位になれるとは全く思わなくなった。


 最高位レベルの人物情報を見る度に、魔術師というか、魔法使いのように感じる。人間がこんなことができて良いのだろうか、と。魔力の法則をどれだけ鮮やかに扱ったら、こんな風になるのだろうか。わたしにはさっぱり分からなかった。


 そして、わたしは、隊長の手袋を見るのだ。


「そんなに私の手袋が気になるか?」


 わたしは言葉が詰まった。資料を提出しているところだった。

 気まずい思いで、ごまかすように笑みを浮かべる。隊長はわたしの様子を見て、堪え切れないように笑った。


「怒ってないよ。気になるなら、見たらいい」


 隊長は手袋を外して、わたしに手渡した。

 わたしは、隊長の素手を見て、手袋を見て、手袋をはめてみることにした。サイズが大きくて、容易くわたしは手を突っ込むことができた――が。


「なんだか、気分が悪いです……」

「外した方がいい」


 言われた通りに手袋から手を抜くと、気分が元に戻った。

 こんなものを日常的に……? 信じられないような気持ちで、わたしは隊長を見た。


「私に合わせて作られているから、君には合わない。ただ、それだけだ」

「そう、なんですね」


 今まで手袋に気を取られていたが、ふと、隊長の雰囲気が変わっていることに気づいた。

 なんだか――こわいというか、なんというか、でもこわさの中に何かがあるような――得体の知れなさの中に、なにか手を伸ばしてみたいような――。


 無意識にわたしは隊長の手に指を伸ばしていたらしい。隊長は自らの手をぱっと引っ込めた。


「私の指に触るもんじゃない」

「――! 失礼いたしました」

「いや、怒っている訳じゃないんだが……」


 隊長は戸惑ったような顔をしていた。


「――怖くないのか?」

「怖いような気もしますけれど、それだけじゃなかったです。なんと申し上げたら良いのか、よく分からないのですが」


 隊長はそそくさと手袋をはめていた。はめながら、小さく呟く。


「……なるほど、珍しいな」

「珍しい?」

「ああ。気にしないでくれ。資料をありがとう」


 会話はこれで終わりだと言われて、わたしは会釈をして隊長に背を向け、立ち去った。

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