-1- 入隊式
真新しい濃紺の軍服の生地は固く、とても堅苦しく感じた。首が苦しい。慣れることができるのだろうか。軍部魔術師隊の制服である。
わたしは軍人の家系に生まれた。だが、待望の男子はついに生まれず、両親はわたしにその役割を担わそうとしていたし、わたしもそれを望んだ。幼い頃は、親の期待に応えたいものだ。
わたしには非常に珍しい能力が備わっていた。わたしは魔力を持つ。魔力を持つ女性は百年に一人とも言われ、信仰により"女神"と呼ばれることがある。
女神信仰が根付いているこの国では、女性魔術師は女神に例えられる。だから、そういった浮ついた言葉をかけてくる人は多かったが、反面、裏でなんと呼ばれているかも、わたしは知っていた。
光が強い分、闇は強くなる。全ての人間がわたしの味方であるわけがない。
軍人の家系に生まれた魔術師であるわたしの進路は、選択の余地なく、既に決まっていた。
入隊式の日。無感情で式典に参加したわたしは、壇上に上がって来る隊長――鳶色の髪と瞳をした、軍人らしい体格の男性――の姿を見て、目が離せなくなった。
なんて安定した――整然とした魔力の持ち主なのだろう。
魔力の性質は、本人の性格がよく出る。嫉妬深い人間の魔力は泥のようだし、軽薄な人間の魔力は薄っぺらい。わたしの魔力が他人からどう見えるのかは分からないし、知りたくもないが。
わたしは入隊式の間中、隊長の魔力の観察を続けていた。食い入るように見たかったが、他人の目があるので、そっと観察していた。心が動いている自分に気づいた。ひどく、惹きつけられる。魔力の質が良いからだろうか。
「君」
入隊式を終え、次のカリキュラムへの待機中に、隊長がわたしに話しかけてきた。目線が合う。何故か、ぴりっと、一瞬金縛りにあったような気がした。彼はわたしより一回りくらい上の年齢に見えた。
隊長は精悍な顔に朗らかな表情をのせていた。
「わたしのことを見ていたね」
「――大変、失礼いたしました」
「怒っていないよ」
隊長は明るく笑って、雰囲気を和ませようとしているのが分かった。わたしは本音を話すことにした。これほどの魔術師が、わたしが観察していたことを察していないわけがない。
「あまりに整然とした魔力の持ち主だと感じ、こんな方と出会うことが初めてだったため、つい見つめてしまいました。申し訳御座いません」
隊長は小さく驚いたように見えた。そして、今、隊長もわたしのことをまじまじと観察している。実は、入隊式で隊長もわたしを観察していたことを、知っていた。だから、話しかけられても必要以上に驚かなかったのだ。
「謝らなくていい。ありがとう。君の魔力も美しい」
「――え――」
「ランスだ。よろしく、エレイン」
魔術師同士の握手は、お互いの魔力の確認行為に相当する。それを知っているのに、差し出された手のひらを握るのを、一瞬躊躇してしまった。触れても良いのだろうか。隊長は白い手袋をはめていた。
隊長はわたしの戸惑いに気づいているのか、気づいていないのか、わたしが手を握るのをじっと待っていた。
「――よろしくお願いいたします」
隊長の手を握った。手の大きさが違って、わたしの手は包み込まれるようだった。次の瞬間、彼の魔力がぐっとこちらに押し寄せてきた。まるで、わたしに引き寄せられるかのように。
凍り付いていた思考、凍り付いていた心。それが、優しく包み込まれ、揺らいだのを感じた。