アイノは男装してでも魔術師になりたい
「ラウリ・ハルヴァリと申します、魔術師殿」
銀髪の気難し気なイケメン騎士の自己紹介を聴いて、あたしは師匠の後ろでひっくり返りそうになった。が、自制心を総動員して何とかこらえた。多分顔が引きつっただけだと思う。
なんでよりにもよってこいつが。というかお前いつ騎士になったんだよ!
「よろしく~ ラウリくん」
師匠のニコは暢気に言った。師匠は何も悪くないが、ちょっと後ろから蹴り飛ばしたい。
師匠は宮廷魔術師だ。この王国の宮廷魔術師は各騎士団と共同で仕事をする。師匠の担当は第五騎士団だ。
騎士団と魔術師の間では伝令役を置くのが通例で、ラウリは第五騎士団の新しい伝令役だった。担当変更の連絡と挨拶をしに、師匠の工房を訪れていた。
前任者は決闘してうっかり殺されたらしい。前任者のアホ! 何してくれんだ。
「あ、この子は僕の弟子のウーノ」
「ど、どうも……」
目を合わさないようにしてあたしは返事をした。絶対によろしくしたくない。
ラウリは目礼だけした。
え、なにそれ、それはそれでなんかむかつく。
今日は顔合わせだけで、ラウリは早々に去っていった。
「真面目そうな子だったね」
「……そうですか? 滅茶苦茶性格悪そうじゃないですか?」
師匠とあたしはお茶を飲みながら、だらだらおしゃべりをしていた。
サボり癖のある師匠はラウリの訪問で一仕事終えた気になっていた。あたしは工房の掃除の途中だったが、やる気になれず、師匠のサボりに付き合った。
「え、そう? ウーノ実は知り合い?」
「全くの、赤の他人です!」
そう、魔術師見習いのウーノはラウリ・ハルヴァリなんていうド田舎の領主の息子なんか全く知らないのだ。ド田舎の村娘だったアイノとは違って。
あたしアイノはウーノという偽名を使って、男の子のふりをして、この王都で魔術師の弟子をしている。抜けている師匠は勿論あたしが女だということには気付いていない。
男装しているのは勿論趣味なんかじゃない。女は魔術師にはなれないのだ。
大昔は女の魔術師もいたという。でも、それは遠い昔の話だ。
かつて、この世界は一度滅びかけたという。狂った一人の女の魔術師によって。幾つもの国を滅ぼし、数えきれない人々を殺した女魔術師は、男の魔術師たちと騎士たちによって倒された。それから、女が魔術師になることは禁止された。
と、いうことで、あたしが女だとばれたらヤバい。最悪殺される。
それでも、あたしは魔術師になりたかった。昔、あたしを魔獣から助けてくれた人のような魔術師に。
三年前に王都に来た。両親がいなく、拾ってくれたばあちゃんが亡くなって天涯孤独になったあたしは一大決心をして、ド田舎を捨てて王都に来た。王都には魔術師の工房がいくつもあると聞いていたし、あたしのことを知っている人が誰もいない都会なら性別をごまかせると思ったのだ。
まさか、知り合いに会うとは夢にも思わなかったけれど。
ラウリとあたしは同い年で、身分の違いはあったけれど、小さな村だったから、子供の頃は一緒に遊んで、あるときまでは交流があった。つまり幼馴染のようなものだった。あいつの姿を見たのは五年ぶりくらいだった。鼻たれ小僧が見かけは立派に成長していて、最初はラウリだとわからなかった。銀髪と名前と、嫌味な感じの雰囲気で彼だとわかった。できれば、よく似た同姓同名の人だと嬉しいんだけれど。まあ。望み薄だなあ。
ラウリの方は気付いていないようだった。もしあたしだとわかったら、即座に官吏に突き出すだろうし。下手したら自ら斬り捨てるかも。昔のよしみで見逃してくれるとしても、恩着せがましく、嫌味たっぷりに色々言ってくるのは確実だ。だから、心配はなさそうだ。
けれども、油断はいけない。明日から気合を入れて、あいつと関わらないようにしよう!
あたしはぐいっとお茶を飲み干すと、師匠をテーブルごと隅に追いやって、掃除を再開した。
しかしあたしの決意とは裏腹にラウリは頻繁に工房を訪れた。
何なのこいつ、暇なの!? ……そもそも騎士は暇なのかもしれない。ここ数年は他国と戦争をしていないし、王都は治安もいい。
前任の伝令係も女の尻ばっかり追って、死因の決闘は女絡みだったらしいし。
「今日は師匠不在ですのでお引き取りいただけますか?」
はよ帰れやと思いながら、あたしは笑顔でラウリを門前払いしようとした。
別に何も間違ったことは言っていない。ウーノはまだ半人前で仕事は任せられない。
ちなみに師匠はこの前ラウリが持ってきた、南の森にある沼が毒に侵された件が解決できずに煮詰まって逃亡している。多分数日したら戻って来て、大人しく解毒の魔術を組むだろう。
「ちょうどいい、君に用事があった」
「はぁ!? ……いえ、すみません。ボクにですか?」
「ああ」
まさかバレたか……? いや、でも、態度はいつもと変わらない。なら違うか。
「どのようなご用件でしょう? ご存じのようにボクは見習いですのでお役に立てるとは思えませんが」
「いや、仕事ではない。個人的なことだ」
下手な話を玄関口でされるとまずいと思い、あたしは渋々工房に彼を入れた。
それから嫌々お茶を入れて、彼に出した。一応、師匠の飯のタネだ。つまりあたしの飯のタネでもある。
ラウリは品の良い所作で茶を飲んだ。まあ、腐っても領主の息子であり、貴族だ。それぐらいは当然だろう。とは頭ではわかっても、子供の頃を知る身としてはなんだか狐につままれたような気分だった。
「ボクに用って何でしょうか?」
なかなか話を切り出さないラウリを待っていられず、あたしは口を出す。
あ、これ、まずいかな。子供の時と同じように話しかけてしまった。
いや、アイノだったら駄目かもだけれど、魔術師の弟子のウーノならギリギリ大丈夫なはず。魔術師は貴族や平民といった身分から別にされている。
ラウリはカップをソーサーに戻すと、あたしの方を見た。
目が座っていた。
「白々しいぞ、アイノ」
ひえっ、バレてた! いや、まだ、諦めてはいけない。
「アイノ……って誰ですか? ボクはウーノですよ」
「なんでそれで女だとバレないと思っているんだ。せめて乳はサラシで潰せ」
「はっ?!! さいってい! どこ見てんのよ!」
「それぐらい気を付けろと言っているんだ。服でごまかしきれると思うな」
「誰が割とごまかせる程度の貧乳ですって!!?」
「……そこまで言ってないが」
「いや言った。絶対言った!」
やっぱりこの男は最低だ!
「アイノ」
「何よ? あ」
やってしまった……
ラウリのクソ野郎!
「王宮に垂れ込むなり、魔術師協会に突き出すなり、好きにしなさいよ」
「何でそんな態度デカいんだ、お前」
何でって、開き直るしかないからじゃない。
あたしがもっと高度な魔術を使いこなせていたら、火炎魔術でラウリなんかこんがり丸焦げにしてやったのに。いや、人体だけ燃やすやつはかなり難しそうだから、工房ごと全部燃やそう。
ラウリはため息をついて、言った。
「俺はお前のことを誰かに言うつもりはない」
「は? なんで」
「別に大した理由はない」
そう言ったラウリはこちらを見ていなかった。
意味が分からない。
「何よ、黙っている代わりにあたしに何かさせようっての?」
「そんなことは……いや」
そう言った奴の顔は何ていうか悪い顔をしていた。
要らん事言ってしまった。あたしのバカー!
その後、なぜか舞踏会のパートナー役をやらされたり、皇太子暗殺計画阻止に巻き込まれたり、王都の秘密の地下迷宮を探索するなどの目にあったりしたが、それはまた別の話だ。
ラウリの奴、いつか覚えてろよ!