カミに愛されし聖女との婚約を破棄するっ!?
細かいことは気にせず、頭からっぽで読んでください。
誤字直しました。ありがとうございました。
――――嗚呼、カミよ。
我が頭上へお座しますカミよ・・・
わたしはあなたのことをこんなにも想っているというのに、なぜあなたはわたしにこんなにもつれないのですか?
わたしはあなたを愛し、尊敬し、あなたに愛される為に厳しく節制しているというのに・・・
こんなにも努力しているのに、わたしに見向きもしない、むしろわたしの心を蹂躙するあなたが憎い!
けれどわたしはっ・・・それ以上にあなたのことが恋しくて仕方ないのです。嗚呼、どうかカミよ。
わたしに少しでも慈悲をお掛けしてくださるのなら、矮小なるこの身の、あなたへの渇望へとお応えくださいませ――――
今日も今日とて、悲痛な祈りの声が響き渡る。
朝は夜明け前から。寝所の床で・・・
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国王である父は敬虔で、神へとよく祈っていることは知っていた。
だが、だからと言ってこの暴挙はどうかしていると言わざるを得ない。
第一王子であるわたしと、公爵家令嬢との婚約は、十年前程に貴族間のバランスを取る為にと取り決めた婚約だった。
公爵令嬢である彼女とは、幼い頃から切磋琢磨し合い、愛情を築いて来た。
わたしの自惚れでなければ、彼女の方にも憎からず想われているように感じていた。
だというのに、ここ最近教会で保護されたという神に愛されし娘を聖女として祭り上げ、王太子であるわたしの婚約者に据えるというのはどう考えても常軌を逸している。
「今日からこの娘がお前の婚約者だ。丁重に扱うように」
父である国王がある日突然、城へと連れて来た女性をわたしの婚約者へ据えると言い出した。
「は? なにを言っているのですか? 父上。わたしの婚約者は、何年も前からリアナだと決まっている筈です!」
聖女だという女性は、見るからにわたしよりも年上で・・・こう言ってはなんだが、リアナより美しいワケでもなく、顔色が悪くて痩せた身体に、あまり手入のされていないような肌や髪。所作も洗練されてはいない。
強いて言えば、理知的な雰囲気をしているという程度しか誉めるところが見当たらない。このような女性が、国母になれるとは思えない。
「彼女は、失われしカミを我が身へと復活せしめるという奇跡を起こせし偉大なる女性だ。公爵とも既に話は付いている。彼女を公爵家の養女とし、お前と婚姻させる。これは、彼女を教会から保護する為に必要な処置だ。異論は認めぬ!」
「どういうことですかっ!? リアナをわたしの婚約者から下ろしただけでなく、新しい婚約者として聖女を公爵家の養女に? リアナを侮辱するにも程があるっ!?」
「だから言っておろう。彼女の偉大なる奇跡は、世界すらも揺るがし兼ねん。このまま教会に取り込まれ、利用され、馬車馬の如く使い潰されるのを黙って見ているワケにはいかんのだ! 話は以上だ。下がれ」
と、追い出されてしまった。
明らかに父の様子がおかしい。
婚約のことを確かめる為とリアナに会う為に公爵邸へ向かうと、
「殿下の婚約者は聖女様に変更されました。リアナと殿下は無関係なので、今後はあの子に会うのをお控えください」
そう言われて、リアナの顔を見ることすら叶わずに追い返された。
公爵も、あのぽっと出の聖女とやらを信奉しているようだった。
挙げ句、リアナとの婚約があの聖女との婚約にすげ替えられたのも本当のことだったらしい。
一体全体どうなっているのだ?
そう思ったわたしは、独自に聖女とやらの調査をすることにした。
そして、調査を開始したわたしは――――恐ろしい結果に身を震わせた。
聖女とやらは元々、結婚もせずに薬剤師をしていた職業婦人だったらしい。既に適齢期は過ぎ、嫁き遅れと言える年齢。
道理でわたしよりも年上に見えたワケだ。
そして、とある薬を開発してしまったのだとか。その薬については、秘匿性が非常に高く、どのような効果を持つのかを調べることが叶わなかった。
ただ、その薬は非常に効果を発揮するもので……例えば、高位の聖職者が教会へ集まるお布施を私的に流用して大金を投じて不正に入手しただとか、とある伯爵位を持つ者が領地や屋敷、更には妻や娘までをも娼館へ売り飛ばして手に入れようとしただとか、今まで社会を混乱に陥れることのみに執心していた裏社会の重鎮が出家しただとか、数々のとんでもない噂が出回っている。
他にも、危険な程にその薬に対して執着し、薬が無いと禁断症状に陥るという者まで出ている始末。
そのような危険物は、よもや薬とは呼べないのではなかろうか?
取り締まり対象になるような、それも恐ろしく中毒性の高い危険な薬物・・・
と、そこで、わたしは一番あってはならない可能性に気が付いてしまった。
父がおかしくなったのは、いつからだ?
王妃教育も半ばを終えた、身分も申し分ない公爵令嬢というわたしの婚約者を、立ち姿もなっていない聖女とやらへすげ替えるなどと言った暴挙に出たのは・・・
父は、もしかすると、既に聖女が開発したという危険な薬物の虜になってしまい、正気を失い掛けているから、あのようなことを決めたのではないか? そして、それは父だけでなく公爵も、他の貴族、教会の重鎮達も・・・
そう、疑念を持ってしまった。
父は、聖女を城へ置くようになってから、とても上機嫌だ。心なしか、肌艶も良くなっているような気もする。
薬物の影響か・・・
そして、わたしは、決断した。
危険な薬物の虜となり、正常な判断が付かなくなっている者達を国の中枢から早く切り離さなくては、手遅れになってしまう。
あの、聖女を騙る魔女を断罪し、この城から追い出さなくては! と。
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父である国王の即位二十五年式典。
そこで、わたしの婚約者のすげ替えが発表される。
このときが、聖女を騙る魔女を断罪するチャンスだ。
「聖女を騙り、中毒性のある危険な薬物を広めしリジェネ・ケポワール! そのような危険人物を王太子妃にするなどできよう筈もない! よって、あなたとの婚約は破棄する!」
わたしの言葉に、水を打ったような沈黙が流れる。
「なにを言うか貴様っ!? 幾ら息子とてそのような暴挙は罷りならん! お前は王太子として聖女と婚姻するのだっ!!」
と、真っ赤になって激昂する国王。
「陛下の方こそ、正気ですかっ!? わたしが気付いていないとでもお思いかっ!? そこな聖女を騙る者の作った怪しい薬を、それこそ中毒になる程使用しているからそのような理不尽な取り決めをしたのではないのですかっ!? いい加減目を覚ましてくださいっ!! この式典の参加者の中にも、彼女の作った薬を購入する為に莫大な金額を投じ、領地を傾け、それでも飽き足らず、妻や娘を娼館へ売り付けた非道な者がいることは聞き及んでいるっ!!」
そうわたしが言うと、顔を背ける者や、挙動不審になる者、真っ赤な顔や、反対に顔色を失って俯く者が多数。すると、
「……もう、このような真似はおやめください!」
今まで黙っていた聖女が声を張り上げた。
「わたしの作った薬のせいで、そんな風に不幸になる人が出るなんて思っていなかったのっ!! わたしはただ、お父さんや近所のおじさん達が枕を濡らすことなく、毎日笑って過ごせるようになってもらいたかっただけなのにっ!? それを、教会や国王陛下が戦争も辞さない覚悟で取り合うなんて思ってなくてっ、こんな恐ろしいことになるなら、あんな薬作るんじゃなかった・・・」
深い後悔の滲む悲痛な声で、彼女は顔を覆う。
「リジェネよ、頼むからそのようなことを言わないでくれ・・・」
情けない顔で、困ったような顔をする国王……父。
「・・・そんな不幸の連鎖を作るくらいなら、わたしはあの薬のレシピを公開します!」
「なんだとっ!?」
「や、やめるのだっ!!」
ざわつく会場。制止の声を上げるのは、我が父である国王とそれに連なる権力者達、そして教会の重鎮。爵位の低い者達は、歓声を上げている。
どういうことだ?
「リジェネ・ケポワール! 中毒性のある危険な薬のレシピの公開は、推奨できない!」
「あ、わたしが開発したのは、毛生え薬です」
「・・・は?」
「えっと、聞こえませんでしたか? 王太子殿下。わたしが開発したのは、毛生え薬です。毛根が絶滅しちゃったツルっツルな人でも、産毛が生えて、やがてはふさふさに戻れるという薬です」
どことなく誇らしげな聖女……リジェネ・ケポワールの話によると、彼女の開発したのは、危険でもない、人体に有害な物は混入していないという、正真正銘の毛生え薬。
そして、その薬を巡って、国王陛下と教会の重鎮の方とで権利の取り合いが生じ、気が付いたときにはあれよあれよという間に聖女扱いされ、教会で保護という名の軟禁状態で毛生え薬を作らされていたのだとか。
睡眠時間も削られ、馬車馬の如く薬を作らされ、頭がぼんやりしていると、近衛騎士達が助けに来たらしい。漸く助けてもらえたと思ったら、城へ連れて行かれて謁見の間で王太子(わたし)の婚約者にされてしまい、驚愕。
教会は、彼女に作らせた毛生え薬、ケ・モドールを自分達が優先的に使用し、余った分をちょっと頭の部分が寂しい方々へ高額で売り付けていたようで・・・
と、彼女は語った。
教会が法外な値段で毛生え薬を極秘販売したことで、領地や家を傾け、妻や娘を売ってまで薬を買おうとする者が出る始末。
おまけに、一度失われて奇跡的に戻った毛髪が、薬をやめることで再び失われるのでは? という疑心暗鬼に陥り、精神的に毛生え薬へ異存。薬物中毒のような症状へ見えたのだとか。
紛らわしいにも程がある
確かに、彼女を擁護……というか、必死に囲っておこうと画策した者達は皆、頭が少々……いや、なにも言うまい。
父である国王は、記念式典で聖女(髪に愛された女性)を囲い込み、毛生え薬を独占して儲けようとした……という風に疑われ、求心力が低下。わたしへ王位が巡って来る日も近いかもしれない。
実際、毛生え薬を目を付けた、頭が……な他国の重鎮へ極秘裏に売り付けたり、自国へ有利なように交渉に使用する意図があったようだ。
教会関係者達は一時ではあるが聖女(髪に愛され……以下略)を軟禁し、毛生え薬を作らせ、独占したという犯罪行為すれすれの諸々が暴露され、上層部が一新された。
父の言った通り、リジェネ・ケポワールの作ったのは、ある意味世界を揺るがす薬だったようだ。
実現しなくて良かった。きっと、父や公爵達の企みが実現していたら、我が国は他国の上層部の者達に大層恨まれていたことだろう。
それから、王太子であるわたしが酷い勘違いをしたことや、父やら権力者達のやらかしを謝った聖女(髪に……以下略)リジェネ・ポワールについては、毛生え薬のレシピを無事公開し、奇跡の毛生え薬をブランディングしてシリーズを開発し、莫大な富を得ている。
元々研究好きな性質で、結婚願望なども無かったので、忙しくしているのは性に合っているのだとか。
そして、わたしは――――
かねてよりの婚約者であったリアナと結婚。ちなみに、公爵は既に隠居して息子へ家督を譲っている。
あの、髪に愛されし聖女事件から十数年が経ち、少しの波乱はあったものの、割合穏やかな治世を敷いている。
そして・・・ちょっと生え際の辺りが気になるお年頃になって来た。
ケ・モドールは、わたしにはまだ早いだろう。あれは、毛根が死滅しても効果のある強力な薬。
ケ・ポワポワにすべきか、ケ・ラヴィにすべきか、ケ・サラサラにすべきか悩んでいるところだ。
なに? 新商品のケ・ア・モーレだとっ!?
あの頃――――毛生え薬に大金をつぎ込み、必死になって狂乱していた男達の気持ちが、ほんの少しだけわかるような気がする。
まぁ、あのような騒ぎを起こす気は毛頭ないが。
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
最後まで読んだら、最初の祈りを思い出しましょう。枕に散った長いお友達の残骸への嘆きです。(笑)
頭髪問題で弱味を握り……というのは、昔どこぞの皇帝がカツラなのを他国の外交官にバレて、「バラされたくなければ言うことを聞け」と、色々無茶振りをし、皇帝がその要求を飲み、結果国を傾けてしまったという史実を元にしています。
皇帝なのに、国よりカツラバレの方が勝っちゃったんだ……と。(笑)
国民は堪ったもんじゃないですが。
リジェネ→回復。
ケポワール→ぽわっとすればいいな。
ケ・モドール→そのまま。
ケ・ポワポワ→そのまま。
ケ・ラヴィ→セ・ラヴィ+ラブ。
ケ・サラサラ→ケ・セラセラ。
ケ・ア・モーレ→ケア+ア・モーレ。
不快に思った方がいたらすみません。
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。