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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あたたかい墓標

作者: 爺誤

 君が死んだのはいつのことだったろう。

 あかるい光の下だというのに、墓標の文字は花に埋もれて見えない。


 昔の私は、長い生にうんざりして、少しだけ世界に嫌がらせをしていた。

 人間の、外見が私と似ているのに限りある命が羨ましくて、死なない程度に痛めつけて放置した。加減を間違えて殺してしまったこともある。仕方がない、限りある命は脆いものだから。似て非なる私には、彼らを理解することができない。

 最初、殺してしまっては苦しみを与えられず、しくじったと考えた。しかし、殺すと周囲にいる別の人間が苦しむことに気がついた。それなら、細かい調整をしなくてもただ殺していけばいい。脆いように見えても、彼らが絶えることはなかった。殺しても殺しても新たな命を生んでいく。限りある命に見合わない知恵を駆使して、私の目から逃れていく。

 忌々しくて楽しい遊びに私は夢中になった。


 彼らは私を魔王と呼び、神に助けを乞うた。

 確かに彼らを生んだのは神だが、私を生んだのも神である。滑稽なさまに笑いが零れて……いつぶりに笑ったのだろうと考えた。


 神が私に与えた役割は世界の――人間たちの監視である。

 神の愛した人間たちの営みを、人間と同じ形をした私が彼らと同じ目線でただ見てゆく。私が人間に雑ざることはゆるされず、永遠にひとり……。それは呪いでしかない。

 神に愛された彼らと、神に呪われた私。憎しみを抱いて当然だ。神の力の一端を与えられたからといって何になろう。


 人間は、私を殺そうとしても殺せない。命の在り方が違うのだ。

 それでいて、人間の原型とも呼べる私には人間の技が全て使える。

 彼らが長い時間をかけて磨いた魔法も体術も、武器の使い方すらも、彼らが習得した瞬間に私のものになるのだ。何も知らず、私を倒すために研鑽を積み、武を極めていく彼ら。

 私には、個の認識ができなかったけれど、私のことだけを考えている者がいることが嬉しかった。遠い過去、人間を愛し愛されたいと願ったことが叶ったようだった。


 人間が集まっていると感じれば、彼らの開発した大魔法をたたき込み、逃げ出した人間を彼らが極めた技で切り刻んだ。人間だったものを抱いて許さないと叫ぶ人間は、特別に死なない程度に痛めつけた。大きな憎しみを抱かせることで私は己の存在を彼らに刻み付けて行った。


 そうして彼らは「勇者」と呼ばれる存在を作り出した。神に愛された特別な力を持った者をそう呼ぶらしい。

 私からしてみたら、ただ平均的な人間よりほんのちょっと能力が優れているだけだ。だが、その優れている部分に縋る人間たちを見るのは楽しかった(、、、、、)


 私と人間たちの遊戯が始まった。

 世界の存亡を賭けて、彼らは私に挑む。人間を愛した神が作った世界で、人間が滅ぶことなどないというのに、私のせいで滅ぶと信じているからだ。

 ある時は人間の望む恐ろしげな姿を幻術で生み出し、ある時は彼らが守りたい人間の姿を纏い、私は人間たちと長い遊びを始めた。


 しかし、それも何度も繰り返していると飽きてくる。

 人間は型にはめるのが好きなようで、勇者とはかくあるべきと、毎回似たような構成になっていったのだ。私は毎回趣向を凝らしているのに、それでは詰まらない。


「魔王遊びもこれで最後にしよう」


 私は次の勇者を殺そうと考えた。人間たちは”私”のことではなく、”魔王”という彼らの作り出したものに心を向けている。それは私の本意ではない。私はここに存在しているのだから。


 最後の勇者は一人だった。途中で別れたのでもなく、最初から一人で。


「お前が魔王か」

「それを聞いてどうするの、勇者よ」

「……思っていたのと違う」

「どう思っていたんだい?」


 その時の私はほとんど素の状態で勇者に対峙していた。人間でいうと、成人直前の男性体だ。


「魔王ってもっと恐ろし気な外見だろ!?」

「歴史書を見ていないのか? 魔王は女子供の姿を取るときもあると書いてあっただろう」


 勇者は強かった。一人で私のもとに辿り着ける程度には。しかし装備は伝統的な勇者のものだから、魔王を倒すための基礎知識を持っているはずだった。人間たちは私よりも自分たちが賢いと信じて、魔王討伐を定型化している。私はその定型を壊す最後の時のために、幾度も倒されたふりをしていた。

 しかし私の興味を惹いたのはそこではなく、私と対話をしようとしていることだった。

 今までの勇者も何故世界に仇なすのかと糾弾してきたことはある、しかし、彼は違った。


「歴史書なんか知らん! 俺の前にいる奴を倒すだけだ」

「では戦おう」

「嫌だ」

「え?」


 最後の勇者には戦っても敵わない絶望を与えるつもりだった。しかし戦わなければ意味がない。


「私を倒さなければ、世界は平和にならないよ」

「他に方法があるだろ」


 私は軽い攻撃を放った。勇者は払いのけたが、反撃をしなかった。無抵抗では私も詰まらない。これを最後にしようと思っていたのに、人間の暗黒時代の幕開けがこれでは……。


「暗黒時代ってなんだよ。形式にこだわるのか?」

「ん?」

「声に出てたぞ」


 意識していなかった行動を指摘され、私は生まれて初めて動揺した。


「……私は魔王と勇者の茶番に飽きたから、君を最後の勇者にして、人間を」

「そんなことより俺と遊ぼうぜ」

「遊ぶ?」


 実は人間を恨んでいて滅ぼしたいということだろうか。


「物騒なこと考えないでくれ」


 また声に出てしまっていたようだった。

 私に敵意を持たない人間が初めてで、どうしていいかわからない。


「世界を平和にしたいのなら、私に剣を向けるべきだ」


 勇者は首を傾げて、剣を抜いた。私の望む展開はこれだ。


「セカイノヘイワノタメニカクゴシロマオウ」


 なんか違う。

 反応できない私を見て、勇者が吹き出した。


「まさか魔王が形式を重視するとはね」


 指をさして笑われて、定型化した勇者と魔王をいつ終わりにしようか計っていたのを思い出す。定型を外れるのは私でなければならなかったから、意表をつかれてしまった。

 さらに敵意のない対話能力を持ち合わせない私は、勇者の話術に完全に呑まれていた。


「俺の名はロワだ。あんたは?」


 呼ぶものがいないのに名など必要がない。なぜかそれを言いたくなかった。


「お前に名乗る名などない」

「ふぅん? じゃあ、エイムって呼ぶ」


 嫌だと言う言葉を出せなかった。私を呼ぶための名を勇者――ロワが求めた事実に、身体が痺れたように動かなくなったからだ。


「エイム。俺はお前が好みだ。もちろん拒んでくれて構わない。無理になにかをしたい訳じゃないが、お前のそばにいたい」

「っこ……好み?」

「そうだ。俺は人間としては欠陥品でな、男にしか興味が持てない。その中でもエイム、あんたは理想的だ。あんたに出会うために勇者に生まれついたのかもしれないと、今はじめて神に感謝している」


 いつの間にか私の前で膝をついたロワが、手を取って笑っていた。瞳の色は明けの空を思わせ、いまにも光が差すような気がした。


「私は男性体だが、それにあまり意味はない」

「俺には大きな意味がある」

「お前が私を殺さないのなら」

「ロワだ」

「……ロワが、私を殺さないのなら、世界に平和は訪れない」

「構わない……わけじゃないから、俺と遊んでくれ」

「私の遊びは人間を殺すことだ」

「たまには他の遊びも楽しいって」


 ロワは己の人生を語った。生まれつき魔力も腕力も高かったロワは、家族に重宝されるわけではなく、疎まれたのだと言う。能力を買われて神殿に引き取られた時に、当たり前の人間の情を期待したけれど、誰も彼に愛情を与えなかった。勇者として魔王を倒すためだけの生き物だったという。

 成長して恋情を抱く相手が同性であったことも彼の孤独を深めた。友だと思い打ち明けた相手はロワを忌避するようになり、彼の能力を利用したい人間は奴隷の少年を彼のもとに送り込んだ。裏で糸を引く人間の思惑に気付かなかったロワは、奴隷の少年に心を寄せかけた。しかし彼の奴隷の証を見つけてすべてを理解し、少年に欠片もロワへの想いがなかったことに絶望した。


「私がロワの希望を叶える理由にはならない」

「同情してくれないのか。残念」

「私は人間に似ているが人間ではない」

「それなら俺も同じだろ」

「ロワは死ぬ。私は死なない」

「違いはそれだけか?」


 ロワが私の身体をペタペタと触りながら笑った。私が好みだと言う割には欲を感じない。いっそ害をなしてくれたら最初の予定通り勇者を殺して予定通りにできるのに。

 ――だけど、私は己の予定通りに事を運びたかったのか?

 答えは否、だ。


「ロワ、お前の人生など私にしたら瞬きをする間だ」

「そうか、じゃあ付き合ってくれるのか」

「なにがじゃあなのかわからない。しかし、お前がここにいたいというなら好きにするがいい」

「エイムのところにいたい。ここは綺麗な丘だ。花の咲く草原、実り豊かな森が近く、澄んだ川も流れている。まさか魔王のいる場所がこうも美しいとは思わなかった。俺とエイムが戦って壊してしまうのは勿体ない」


 この丘を遠巻きに囲む森は、強い魔獣の住む森だ。この草原にしても、花の花粉には毒がある。

 ロワの装備には状態異常を防ぐ効果があるから立っていられるが、装備をといたらすぐに身体が麻痺していくだろう。川には小さな肉食の魚が泳いでいるから、弱い獣は近づかない。


「見た目通りだと思わないことだ」

「思ってないって。あの森超えてきたんだから、褒めてくれよ」

「勇者を名乗るなら、それぐらいできて当たり前だ」

「俺は勇者だなんて名乗ってない」


 言われてみれば、勇者の格好をしていることで私がロワを勇者だと判断しただけだった。


「勇者じゃないのか」

「勇者だけど」


 ロワとの会話は一事が万事このように私をからかうようなものばかりで、会話のうまくない私は諦めるようになっていった。もともとどうしても戦いたい訳でもなかった私は、人間としては規格外のロワを観察することで暇をつぶすことにした。

 図らずも、神の与えた役割に戻っていたことに長い間気付かなかった。


 私はロワのせいで人間のような生活をすることになった。

 装備をといたロワはすぐに花の毒への耐性を獲得した。森の植物から実を取り、獣を狩って食料とした。いつの間にか小屋を建て、夜に眠り、朝に起きる生活となった。

 私は自分が何をしているのか、よくわからなかった。


「エイム、俺が死んだらこの丘のてっぺんに墓を作ってくれ。墓標には”勇者ロワ、魔王と共に眠る”って入れて」

「その意味は」

「死んでもお前とずっと一緒にいるみたいだろ?」


 髪も髭も真っ白で、肌に刻まれた皺は深い。一方で、出会った時と変わらない私。


「文言が決まっているなら自分で作っておけ」

「そうだな!」


 夜明けの瞳は雲が広がり、ずいぶん白くなった。人間が開発したすべての魔法を持つ私にも、時の流れを戻すことはできない。時の流れにより衰えた機能もまた、戻せない。


「ロワ、死ぬのか」

「……ああ、ずっと傍にいる」

「死んだら終わりだ」

「それでも、傍にいるよ」


 そう話して三日後に、ロワは眠りから覚めなかった。

 私はロワが建てた墓標にロワを寄りかからせた。丘には花が咲き、白い鳥が舞い降りてくる。私はロワの肉が鳥に啄まれていくのをじっと眺めた。墓標の上にちょこんと残った頭蓋骨が、私の方を見ているのに笑った。終わりある命が終わっただけなのに、なぜか終わっていないような気にさせる。

 ロワのやつめ。


 

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