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親友との決別

 サンクトシグルブルク宮殿から脱出したシャルロッテはレオンハルトと共に、彼女が普段よく出入りしているシューネベルク聖堂へと逃げ込んだ。

 教会は世俗の権力との癒着が進んだとはいえ、その性格上世俗の権力が及びにくく、今すぐに捜索の手が入る心配は少ない。


「まったく。厄介な事になったものだな」

 所々白髪が目立ち始めている茶髪をした初老の聖職者が言う。

 彼は、このシューネベルク聖堂を監督しているラインフェルト司教は、幼い頃から二人をよく知る間柄だったため、二人を快く受け入れた。


「私達も状況を受け入れるので精一杯よ。……レオン、大丈夫?」


「う、うん。何とか」


「しかし、ゆっくりもしとれんぞ。王国政府は王都一帯に戒厳令を発令した。直に王都は全て軍の管制下に落ちる」


「くぅ。流石に手が早いわね」


「しかも、エスターライヒ大司教が全ての教会施設に軍の立ち入りを許可するという布告を出された」


「何ですって!?」


 シャルロッテは驚きのあまり目を見開いた。

 エスターライヒ大司教は自身の権限を濫用して教会の不可侵性を自ら放棄したのだ。それは聖職者として決して許される事の無い背信行為。

 そして、それもおそらくはユリウスが裏で糸を引いているのだろう。どこまでも計算高く用意周到。それがユリウスの十八番である事をシャルロッテ、そしてレオンハルトはよく知っていた。


「きっとユリウスは、僕等が宮殿から逃げる事態も想定してたんだ。そして教会に駆け込む事も。だからあらかじめ先手を打っていたんだと思う」


「……ユリウスなら、そのくらいやりかねないわね」


「ロッテ、もう一度、宮殿に戻ってユリウスと話をしよう!」


「は? あなた、何を馬鹿な事を言ってるのよ! ユリウスはもう私達の知ってるユリウスじゃないわ」


「分かってる。きっとアウグスタ姉様のためなんだ。でも、あんな辛そうにしているユリウスを放っておく事はできないよ!」


 自分の父親を殺し、さらには自分自身をその犯人に仕立て上げようとした男でもレオンハルトはまだ大切な親友だと思っていた。

 その友情にはシャルロッテは素直に関心したし、共感すら覚えたが、その感情は心の奥底に仕舞い込む。


「なら尚更、私達は彼の前から消えるべきよ。ユリウスも言っていたでしょ。もう全て遅い、と。私達が何を言ってもユリウスは止まらない。止まるつもりなんて無いわ。行けば必ず戦いになり、私達かユリウスのどちらかが死ぬ事になる」


「そ、そんな事、……」


「私達には選択の余地なんて無いわ。ユリウスを討ち取って真実を公にするか。王都から脱出して身を潜めるか」


 二人が議論を交わす中、ラインフェルト司教が間に割って入る。

「一つ宜しいかな? 今回の騒動、王国全土に手が伸びているとは思えません。おそらくクーデター派に従う事を良しとしない諸侯も現れるでしょう。そう言った方々と合流して、独自の勢力を形成する事が叶えばユリウス様と対等の立場で話す機会も生まれるのではないでしょうか?」


「なるほど。確かにそれは一理あるわね。今、私達が不利な状況にあるのは四方八方をクーデター派に取り囲まれているから。だったら、連中と同じくらいの勢力を作っちゃえば堂々と対話の機会も生まれるかもしれない」


「ダメだよ! それはつまりエーデルラントを二分して内戦状態に持ち込むって事でしょ。そんなのはダメだ! 内戦なんて始まったら大勢の罪の無い民を巻き込んでしまう」


「……でもレオン! 私達にはもうそれしか道が無いわ!」


「……それなら僕は国外に落ち延びて身を潜めるのを選ぶよ。元々僕は王様なんて向いてないって思ってたし」


「レオン、あなた……」


 実の父親を殺されたにも関わらず、レオンハルトにはユリウスに対する恨みや怒りが微塵も感じられなかった。

 それどころか、父を殺して自身にその罪を擦り付けようとしているユリウスの身を心の底から案じ、尚且つ無垢な民が王位継承を懸けた争いに巻き込まれるのを良しとしない。


 どこまでも無欲で誠実、清廉潔白な精神に満ちたレオンハルトの姿勢は称賛に値する。

 しかし一方で、シャルロッテは先ほどユリウスが言った言葉を思い出す。


 “お前は優し過ぎる”


 レオンハルトは昔こそ悪戯好きの悪童ではあったが、それでも誰に対しても心優しい人格者だった。

 そんな彼は親友として心から信頼できる存在だったが、国王としてはどうだろうかと考えた時、シャルロッテは複雑な思いを感じずにはいられなかった。

 一国の王ともなれば、優しさは仇になる事すらある。自らを苦しめる呪いとなる事も。


「ったく、しょうがないわねえ。レオンがそれで良いなら、私に異存は無いわ」


「ほ、本当に良いのかい?」


「自分から言い出しといて何よ、今更。ほら! そうと決まれば早速、出発よ! もたもたしてたら、ベルリンから出る事もできなくなっちゃうわ」


「う、うん!……ラインフェルト司教、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした」

 レオンハルトは礼儀正しく一礼してシャルロッテと共に聖堂を後にしようとする。


「待たれよ! そのまま何の用意も無く、というわけにもいきますまい。その出で立ちでは、すぐに王太子殿下と聖女様だと気付かれますぞ」


 今のレオンハルトは王子らしい華やかな青い洋服を、シャルロッテは白いシスター服を着ている。これでは一目で正体がバレてしまう。


「庶民の服に着替えた方が良いでしょう。それから大したものはありませんが武器もご用意致します」


「何から何まで本当にありがとうございます」


「随分と気前が良いわねえ」


 素直に礼を言うレオンハルトに対して、シャルロッテは疑いの視線をラインフェルトに向ける。


「本来、教会というのは困った者全てに手を差し伸べるのが務め。まして私はお二人を幼い頃からよく知っているのですぞ。疑心暗鬼になるのは分かるが、どうか信じてほしい」


「……悪かったわ。こっちから頼って疑ったりして」


 それからレオンハルトとシャルロッテは、聖堂の倉庫に保管されていた、比較的地味そうな装束に着替える。

 レオンハルトは水色の服に袖を通す。これまで着たことのない庶民の服は、生地が荒く肌触りが悪く感じられ、袖などを縫った糸も一流の職人が仕立てたものに比べると雑に見えた。そんな服を嫌がりはしないものの、奇妙な違和感をレオンハルトは覚える。


「レオン、準備は終わった?」

 シャルロッテがノックもせずに勝手に扉を開けて部屋に入る。


「ちょ! いきなり入ってこないでよ!」

 着替えは既に済んでいるが、レオンハルトはまるで裸を見られたかのように顔を真っ赤にして狼狽える。


「何を言ってるのよ。昔は三人でよく一緒にお風呂に入ったりもした仲でしょ」


 シャルロッテは白い庶民の女性が着る衣装を身に纏っている。

 元々が質素なシスター服姿だったため、そこまで印象に変化は無い。


「どう、町娘らしく見えるかしら?」

 くるり、と綺麗に一回転してみせる。


「うん! とっても可愛いよ」


「ふふふ。レオンも女の子にお世辞が言えるようになったのね。昔は思った事をすぐに口にしちゃって何人もの女の子を辱しめた、あのレオンが」


「む、昔の話を蒸し返すのは止めてよ! あの時は本当に、彼女達には悪い事をしちゃったと思ってるさ」

 レオンハルトは顔を真っ赤にして弁明する。


 それは普段と変わり無いレオンハルトの仕草で、ひとまず彼は冷静ではいてくれるようだとシャルロッテは内心安堵した。


「お二人とも。一度引き留めた私が言うのも難ですが、少々ゆっくりし過ぎでは?」

 ラインフェルトがやや言い辛そうにしながら言う。


「そ、そうね。じゃあレオン、行くわよ!」


「うんッ!」

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