クーデター
夜九時頃。
大勢の貴族が集って賑わった王宮も舞踏会等の行事が無ければ、この時間帯になると静かなものである。
そんな中、レオンハルトとシャルロッテは玉座の間を訪れた。
本来であれば親子の対面と言えども相手が国王ともなれば、両者の間には大勢の近衛兵が立つものなのだが、広間には近衛兵の姿は一人も無かった。
この広い玉座の間にいるのは、レオンハルトとシャルロッテ、そして玉座に座るフリードリヒ王の三人のみ。
「父上、お話とは一体何でしょうか?」
親子とはいえ両者の間には、一定の距離が開いている。王族ともなると、気軽に会って話す事も簡単にはいかないのだ。
レオンハルトが声を掛けるが、フリードリヒ王は何の反応もせずにしたを向いたままだった。
一体どうしたのかとレオンハルトとシャルロッテは互いに相手の顔を見て不思議そうにする。
その時、フリードリヒ王は力なく玉座から崩れ落ちて、糸が切れた人形のようにドサッと前から倒れ込む。
そして彼の腹部からは大量の血が噴き出し、周囲に血の池を作る。
「な! ち、父上!!」
「陛下!」
二人は倒れたフリードリヒ王の下へ駆け寄ろうとした。
しかし、玉座の背後に人影を見ると、その場で足を止める。
「ゆ、ユリウス?」
「あ、あなた、そんなところで何を?」
玉座の背後から姿を現したのはユリウスだった。
ユリウスは二人がこれまで見た事もないような感情の無い冷たい目つきをしている。
「王太子レオンハルト・フォン・エーデルラントブルク。聖女シャルロッテ・フォン・テンペルハイム。お前達を国王陛下暗殺の罪で捕縛する。大人しくしろ」
ユリウスがそう言うと、玉座の間の出入り口から黒鉄の甲冑を全身に纏った騎士達が大勢広間に雪崩れ込む。
騎士のような恰好をしているが、彼等が手にしているのは剣と盾ではなく、身の丈ほどの長さをした杖だった。
彼等はレオンハルトとシャルロッテを取り囲むように展開する。
「王立魔導騎士団!? まさか私達を!?」
「ちょっと! 悪ふざけは止めてよ! 一体何の冗談なんだ!?」
辛うじて状況を認識したシャルロッテに対して、レオンハルトは未だに現状を理解できずにいる。というより受け入れたくないという様子だ。
レオンハルトとシャルロッテの言葉を聞く度に、ユリウスの眉が微かに動く。
しかし、ユリウスはそれをひたすら隠して言葉を続ける。
「抵抗しても無駄だ。今のお前達は丸腰。対してこちらは魔導騎士の精鋭三十人。勝敗は既に決している」
ユリウスの言う通り、今のレオンハルトとシャルロッテは武器一つ持たない丸腰状態。
国王に謁見するのに武器の持ち込みは許可されないと分かっていたので、最初から持ってきてはいなかったのだ。
「く! そっちがその気なら」
シャルロッテが動いた。このまま戦っても勝ち目は無いと悟ったレオンハルトの手を引いてこの場は逃げようと試みる。
魔導騎士達は次の瞬間、杖を二人に向けて魔力の鎖を放つ。
ユリウスが下した命令はあくまで捕縛であり、殺害ではない。そのため、魔導騎士達は鎖で二人を捕らえて身動きを封じようとしたのだ。
シャルロッテは自身を中心にドーム状の魔力防壁を作り出す事で、押し寄せる鎖を全て防いだ。
鎖が防壁に阻まれて弾かれた瞬間、防壁を解いてシャルロッテは動揺して未だに呆然としているレオンハルトを両手で抱えて脱出しようとする。
地を蹴って空中高くに飛び上がり、自分達を取り囲む魔導騎士達の頭上を飛び越えた。
そのまま全速力で広間の扉から外へ出ようとするが、その前にユリウスが立ち塞がる。彼の右手には賢者の剣が握られ、真紅色の刀身が起動した。
「くッ! ユリウス、あなた、本気で私達を殺すつもりなの!?」
「……そうだ。俺は、あの人との約束を守る。そのために邪魔する者は全て排除する。例え……例えそれが親友だとしても、だ」
ユリウスは賢者の剣を振るいながら斬りかかる。
だが次の瞬間、シャルロッテに抱えられていたレオンハルトは彼女の手から離れて丸腰のままユリウスの前に立ち、彼が剣を振り下ろそうとする手を受け止める。
“閃光”の異名を持つレオンハルトの素早い動きは、ユリウスの身のこなしを僅かに凌駕していたのだ。
レオンハルトの瞳は、先ほどまでの動揺したものではなく、何か確信を得たという輝きを放っていた。
「ユリウス。君が何を考えているのか、僕には分からない。でも、これだけは分かる」
「……何だそれは? 最期に教えてくれよ」
ユリウスは右手に力を入れて、レオンハルトの手を振り解こうとするが、彼の手はビクともしなかった。
そして二人が話している内に、魔導騎士達は先ほどと同じく魔法の鎖を出そうとするが、それはシャルロッテが出した防壁に全て弾かれる。
「ユリウスがとても泣いているという事さ」
「な、何を言って」
「君が辛い思いに押し潰されそうだったのに、傍にいてあげなかったのは僕等の落ち度だった。心から謝るよ。だからこんな馬鹿な真似は止めてくれ! 今ならまだ、」
「遅いんだよ。もう全て遅い。……俺は駒を進めた。一度始まったゲームは、もうどちらかが詰むまで終わらない。そして今、ようやく分かったよ。俺がどうしてお前を勇者に選べなかったのかを。お前は優し過ぎる。だからレオンは俺の勇者にも、国王にもなるべきではない! 俺はお前の実の親を殺したんだぞ!! それなのに、どうしてお前は、」
「だとしても、君が僕の親友にある事に変わりはないッ!!」
「なッ!」
ユリウスの手が僅かに震え、その瞳には
「ふーん。まあ、レオンが優し過ぎるってのには同感よ! でもだからって大人しく捕まるつもりは無いわ!」
シャルロッテが右手に収束した白い魔力の球体を床に叩き付けた。
その球体は床に落ちた瞬間、ガラスが割れたような音ともに周囲に白い煙幕を撒き散らし、広間全体を白い煙で包み込む。
煙幕が晴れた時、そこにはレオンハルトの姿もシャルロッテの姿も無かった。
「まだ遠くには行っていないはずだ! 探せ!」
魔導騎士達は広間から続々と外へ出て捜索を開始する。




