契約
アルヘン離宮放火事件の発生から二日後。
事件の捜査を担当した近衛兵団は、これを強盗事件と断定して捜査を打ち切る事を公表した。
この発表を耳にしたユリウスは、近衛兵団司令官オーベルク伯爵に直談判した。
「オーベルク伯、一体なんですかあの発表は!?」
近衛兵団本部に設けられた司令官室に、ユリウスの怒声が鳴り響く。
「何と言われましても、聞いての通りですよ。あれは比較的警備の手薄だったアルヘン離宮を狙った強盗事件。そしてその犯人は公爵閣下が全て始末された。アウグスタ王女殿下が亡くなられたのは大変残念な結果となりましたが、これで事件はお終いです。しかし、警備責任は私にもありますので、その責任は、」
「そういう話ではありません! 私は言ったはずです! 奴等は何者かの命令を受けて押し入った暗殺者だと」
「……ユリウス様、いえ、ルーデンドルフ公。いくら閣下の証言でも、捜査を継続する事はできません。これは国王陛下が直々に出された決定なのです」
オーベルクの反応を見て、ユリウスは直感的に理解した。
彼はフリードリヒ王、もしくは王に近しい何者かの圧力を受けて捜査を打ち切ったのだと。
本来、離宮への襲撃、そして王女殺害。もっと大事と捉えて念入りに捜査するのが当然のはず。それをしないで、早々に捜査に見切りを着けようとしているのは、何等かの力が働いた結果としかユリウスには思えない。
アウグスタとカールの母親は平民の出で、有力な後ろ盾を持たない。郊外のアルヘン離宮に住んでいるのも、宮廷から爪弾きにされたに他ならない。
「……分かりました。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。失礼致します」
◆◇◆◇◆
ユリウスは自邸へと帰ると、真っ先にとある部屋に向かった。
その部屋の前には一人の若いメイドが困った様子で立っている。
「また食事に手を付けていないのか?」
「はい。せめてスープだけでもとは申し上げたのですが」
メイドは手付かずの食事をユリウスに見せる。
「……分かった。私が説得しよう。君は下がっていたまえ」
「畏まりました」
メイドはユリウスにカールの食事を渡すと、一礼してその場を後にする。
扉を軽くノックして「失礼します」と言いながら、ユリウスは扉を開けて中に入った。
部屋の中はカーテンが閉め切られており、昼間だというのに夜のような薄暗さとなっている。
カールは部屋の片隅でうずくまって微動だにしないでいた。
「カール様、ちゃんとお食事を取って下さい」
「いらない。食べたくない。……僕は、何もできなかった。姉上は僕を身を呈して守ってくれたのに。僕は隠れて、脅えている事しか」
「……カール様が気に病む事はありません。突然、武器を携えた者に押し入られて、真っ向から立ち向かえる者などそうはいません」
「でも、僕は男なのに。姉上が殺された時もずっと……」
「こんな時に男も女も関係ありません」
「でもッ! 姉上が、姉上がいない世界なんて! もう……生きてる意味なんて無いよ。いっそ僕も姉上と一緒に死んでれば良かったんだ!」
自暴自棄になって声を荒げるカール。
そんな彼を見て、ユリウスはある決断をした。
「では、まだ事件は終わっていないとしたら、どうですか?」
「え?」
ずっと下を向いていたカールがようやく顔を上げた。
「今回の一件で私が殺したのは単なる実行犯に過ぎません。その裏には確実に黒幕がいます」
「黒、幕? 本当に?」
「はい。そして大変申し上げにくいのですが、その黒幕には国王陛下、もしくは陛下に近しい者が関わっていると思われます」
「ち、父上が!? まさか、そんなはずないよ!」
「心中お察し致します。ですが間違いありません。証拠もあります」
これは嘘、とは言い切れないものの、本当だと胸を張って言えるほどのものではなかった。
しかし、今のユリウスには他に思いつかなかったのだ。
カールに生きるための活力を与える術を。姉の復讐。そんな歪んだ感情でも構わない。カールが生きる事を願ってくれるなら。この先に目を向けてくれるのならば。
今のユリウスを突き動かすのは、アウグスタが最期に残した一言。
『カールを、弟を……どうか、守って』
この一言に他ならない。
ユリウスはカールの食事を傍のテーブルに置くと、その場にゆっくりと跪く。
「カール様、あなたは生きねばなりません。姉君の無念を晴らすためにも。……故にどうか私と契約して下さい」
「契約?」
「はい。賢者たる私の勇者とお為り下さい。そして私をお導き下さい。さすれば私はあなたの敵を薙ぎ払う剣となり、あなたに及ぶ害を防ぐ盾となりましょう」
「そ、そんな事を急に言われても」
「このまま手をこまねいていれば、いずれまたあなた様を抹殺しようとする者が現れるのは明白です。ならば、その全てを消し去り、あなた様が全てを手に入れる他に生き残る術はありません」
「……で、でも」
「それでは、せっかく姉君がその命に代えて守ったものを、無駄になさるおつもりですか?」
「ッ!」
「姉君が繋いだその命。今度は私が繋いでみせます。そして、姉君の無念をお払し下さい。あなたが望むなら、この国の全てを、いえ、世界の全てをあなたの御手に」
ユリウスの言葉を最後まで聞き終えたカールは、ゆっくりと立ち上がる。
「では、賢者ユリウス・フォン・ルーデンドルフよ! 僕を、余をそなたの勇者に、そして王にせよ!」
「仰せのままに、陛下」
その瞬間、ユリウスの右手の掌が赤く光る。
そこには赤く光る広げられた鳥の両翼のような模様が浮かび上がっていた。
これは賢者刻印。賢者が生まれながらに持ち、その者が賢者である事を示す動かぬ証。
カールは右手に焼けるような痛みを感じ、咄嗟に自分の掌を見る。
するとそこには、ユリウスの賢者刻印と同じ広げられた鳥の両翼の模様が刻まれていた。
これこそが勇者と賢者の契約の証であり、契約が続く限り決して消える事の無い絆である。




