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暗殺事件

 それは雨が降る日。

 朝から降り続いた雨は、夜になる頃にはやや小降りになっている。


 ユリウスはレオンハルトとシャルロッテと共に夕食を食べてから自邸に帰宅していた。

 前宰相を務めたルーデンドルフ公爵家は、エーデルラント王国でも名家中の名家であり、その邸はサンクトシグルブルク宮殿に最も近いサンクトシグルブルクの一等地に建てられている。


 邸の庭園には、雪のように白い花、エーデルワイスの花畑が広がっていた。

 ユリウスが幼い頃は、よくレオンハルトとシャルロッテと共に花畑の上を走り回り、美しい花畑を台無しにして亡き先代ルーデンドルフ公爵に三人揃ってこっ酷く叱られたのも、今のユリウスにとっては大切な思い出だった。


 そんな過去の思い出を思い出していたユリウスはふと時計に目をやり、そろそろ寝ようかと考えていた頃、使用人の一人が血相を変えて彼の前に現れる。


「旦那様、大変です!」


「何だ、こんな時間に?」


「アルヘン離宮にて火災が発生したとの事ですッ!」


「なッ!」


 アルヘン離宮とは、王女アウグスタと王子カールの二人が暮らしている王都郊外の離宮である。

 その名を聞いた瞬間、ユリウスは頭の中が真っ白になり、考えるより先に身体が動いていた。


 邸を飛び出したユリウスは、馬を走らせてアルヘン離宮へと向かう。

 公爵ともあろう者が、小降りとはいえ雨で身体がずぶ濡れになる事も厭わずに。


 真夜中で足元の視界すらはっきりとしない暗闇の中をしばらく走り抜けると、ユリウスの前に飛び込んだのは燃え盛る炎で炎上しているアルヘン離宮だった。


 離宮を取り囲む塀の周りには、夜遅くにも関わらず大勢の野次馬が集まっている。

 ユリウスは舌打ちをしつつ、馬で強引にその野次馬の中をかき分けて進もうとするが、中々思うように進めない。

 仕方なくユリウスは、馬の背の上で立ち上がって空中へと跳び上がる。

 常人の脚力では到底無理であろう跳躍を野次馬達の前で披露し、塀の上へと降り立った。


 そして何とか離宮の敷地内へと入る事ができたユリウスは、炎上している離宮の中へと駆け足で入る。

 扉の前まで来ると、腰から下げている細く短い物体を掴む。

 よく見るとそれは剣の柄のようにも見えるが、肝心の刀身が存在しない。

 ユリウスがその柄を身体の前にかざした瞬間、鍔から真紅色に光る魔力の塊が一メートルほど伸びて刀身を形成する。


 これは賢者マギだけが力を発揮できる賢者の石という特殊鉱石から作られた。という伝説を持つ王国の秘宝の一つ、賢者の剣(レヴァテイン)

 ユリウスがルーデンドルフ公爵家を継いだ際に、フリードリヒ王より直々に賜ったものだ。


 その魔力の剣を振るって扉を切りつけると、扉は刃で斬られたというより高熱で焼き切られたように引き裂かれてバラバラに砕け散った。

 離宮の中は、既にあちこちで火の手が上がっており、ユリウスは迷わず中へ飛び込むとアウグスタとカールを探す。

「アウグスタ様! カール様! どこにおられますか!?」


 二人の名前を叫びながら、二階へと続く階段を駆け上がる。

 そして階段を登り切ったところでユリウスは衝撃のあまり足を止めた。

 目の前でアウグスタが血塗れになった状態で床に倒れていたのだ。


「アウグスタ様……」

 先ほどまでの叫び声とは真逆の、力の無い掠れた声。

 アウグスタの下まで駆け寄ると、自身の服が血で汚れる事など一切意に介さず、ユリウスは彼女の頭を右手でかき抱く。


 腹部から大量の出血がある。

 これは明らかに何者かが剣で刺した痕。つまりこれは単なる事故ではなく、何者かによる暗殺という事だ。

 瞬時にそう考えたユリウスだが、幸いにもアウグスタはまだ息がある。一刻も速くカールも見つけ出してここから脱出しよう。

 そう考えて、彼がアウグスタを抱きかかえようとしたその時。


「……ユリウス」

 瞼を開き、力の無い瞳で微笑みながらアウグスタはユリウスを制する。


「アウグスタ様。しばしお待ちを! 必ずお助け致します故!」


「もう……手遅れ、です」


「何を弱気な事を! 気をしっかり持って下さい!」

 ユリウスは悲鳴にも似た叫び声を上げる。


「私の事よりも……カールを、弟を……どうか、守って守ってあげて」


 アウグスタは右手を上へと伸ばす。まるで空虚を掴もうとするかのように。

 その手をユリウスは左手でしっかりと握り締める。


「ご安心下さい。カール様は私がこの命に代えてもお守り致します故」


「……ありがとう、ユリウス」

 それがアウグスタの最期の言葉だった。彼女は微かに微笑むと、ユリウスの腕の中で息を引き取った。


「おい。あのガキは見つかったか?」


「いいや。まだだ。くそッ! あの女、一体どこに隠しやがった?」


「ん? おい。ここにまだ生き残りがいるぞ! 一人残らず殺せという命令だ! 始末しろ!」


 二階の部屋から全身を黒い衣で覆った暗殺者が四人、廊下に姿を現した。

 暗殺者達はユリウスの存在に気付くと、彼も始末すべく剣を手に取る。


 ユリウスはアウグスタの亡骸をその場に静かに寝かせ、ゆっくりと立ち上がる。


「命令、か。つまりお前達は単なる強盗ではなく、何者かの意を受けた輩という事だな?」


「ふん! これから死ぬ奴に話す理由は無い!」


「そうか。ならば、死ね」

 ユリウスは再び魔力の剣を起動する。そして文字通り目にも止まらぬ速さで一人目の暗殺者の首を切り落とした。


「な、何だ、こいつは!?」


「その剣、まさか賢者の剣(レヴァテイン)か? という事はお前、あのルーデンドルフ公爵?」


 ユリウスの正体を知った瞬間、暗殺者達は死への恐怖を感じずにはいられなかった。賢者マギであるユリウスの剣技の才は、王国最強の剣士と誉れ高い閃光のレオンハルトに次ぐのだというのはこの国の人間であれば誰もが知っている。


 暗殺者達が恐怖心で見せた一瞬の隙。そこを突いたユリウスは残りの三人をいとも簡単に切り捨てた。


 暗殺者を始末したユリウスは、すぐにカールを探し出そうとする。

 ユリウスがまず向かったのは二階の奥の部屋だった。

 暗殺者達が皆殺しを命じられているという事は、逃げ道を塞ぐように順に部屋を回っているはず。それでまだ見つかっていないという事は最も手の回るのが遅い一番置くの部屋である可能性が高いと考えたのだ。


 その部屋は寝室のようで、大きな天蓋付きのベッドやソファ、テーブルが並んでいる。


「カール様! ユリウスです! どこにおられるのです!?」


 ユリウスはベッドの下、布団の中、ソファの下などを探していく。

 ひょっとしたらまったく見当違いの場所を探しているのではないか、そんな事が脳裏を過った瞬間、ふとユリウスは寝室の中央に敷かれているカーペットの位置と日焼けで変色した床が重なっていない事に気付いた。


 カーペットの上にあるテーブルを移動させ、カーペットを取り払う。

 そこには隠し扉があり、ユリウスはその扉を開けた。


 扉の中は人が一人入れるような空間があり、そこには恐怖に怯えて泣きながら震えているカールの姿があった。


「カール様、ご無事ですか!?」


「ゆ、ユリウス?」


「カール様、もう大丈夫です。どうぞこちらへ」


 ユリウスは手を伸ばし、カールを引っ張り上げる。

 そしてカールを抱きかかえ、すぐにも離宮から脱出しようとするが、既に火の手は寝室の出入り口にまで及んでおり、来た道を戻る事は困難だった。


 こうなったら、窓から外へ脱出しよう。ここは二階。飛び降りられない高さではない。

 そう考えたユリウスは、窓の方へと向かおうとする。


「ユリウス、姉上はどこ? 姉上は無事なの?」


「……はい。既に外でカール様をお待ちです」

 今は一刻を争う事態。脱出が少しでも遅れれば、このまま二人とも逃げ遅れて焼け死ぬ事になるかもしれない。

 心苦しくはあるが、今は嘘をついてでもカールを落ち着かせなければならなかった。


 ユリウスはカールを抱きかかえたまま窓を蹴破り、離宮から脱出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あらすじでは、ユリウスは欲かあるいは狂気に走った悪人かと思いましたが、根っこの部分では善人で、クーデターにも理由があるのだと分かりますね。
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