運命の出会い
人暦一六四〇年。
サンクトシグルブルク宮殿の中で、日の光が照らす回廊を一人の若者が歩いていた。
今年で十七歳になったユリウス・フォン・ルーデンドルフである。
癖のない艶のある黒髪に黒い瞳の容姿端麗な顔立ちをした長身の美男子で、ゆったりとした黒いローブに身を包んでいた。
宮廷の住人にしては飾り気が無く、何とも味気ない姿ではあるが、それが逆に賢者という特別な存在である事を引き立てているという印象を周囲に与えている。
尤も彼がそのような装束をしているのは、そういった印象操作ではなく、単に煌びやかに着飾る事を好まないから。要するにファッションといったものに興味が無いからというだけだが。
ユリウスはふと足を止めると、近くの白い柱に寄り掛かり、綺麗な花畑が整備されている中庭に目を向けた。
その表情はどこか疲れているという様子だ。
「あら。ユリウス、御機嫌よう」
そう言いながら、ユリウスの前に現れたのは、綺麗なドレスに身を包み、美しい金髪をした女性。
「これはアウグスタ様!」
ユリウスは目の色を変えて嬉しそうな顔を浮かべると、その場に跪いた。
「や、止めて下さい。私とあなたの仲ではありませんか。そのような仰々しい振舞いは無用ですよ」
「は、はい。では、遠慮なく」
ニコッと無邪気な子供のような笑みを浮かべながら、ユリウスはすぐに立ち上がる。
「ふふふ。あの悪戯っ子も立派になったものね」
「や、止めて下さい。そんな昔の話は」
かつてはレオンハルトとシャルロッテと共に、宮廷に数々の悪戯伝説を築き上げたユリウスだが、その伝説も今となっては楽しかった思い出であると同時に恥ずかしい過去にもなりつつあった。
「私も先日、ルーデンドルフ公爵の家名を正式に継いだのです。もう昔とは違いますよ」
ついこの前、ユリウスの父親は病に倒れて死去し、ユリウスはルーデンドルフ公爵家の当主となっていた。
とはいえ、まだ十七歳の若者である彼に、宰相という大役を任せるわけにもいかず、今は空席となっているが。
「ふふ。そうでしたわね。では、今後はルーデンドルフ公とお呼びした方が良い頭?」
「い、良いですよ。昔のままで。ユリウスで。・・・ところで、その後ろのお方はどなたですか?」
ユリウスが視線を下に下げると、そこにはアウグスタの背に隠れている小さな黒髪の少年の姿がある。
恥ずかしがり屋なのかユリウスの視線を浴びた途端に、少年の紫の瞳は不安そうになった。
「ああ、この子は私の同母の弟で、名前はカールよ。さあカール、ユリウスに自己紹介して」
カールと呼ばれた少年は、アウグスタに背中を押されて彼女の横に立つ。
「だ、第六王子、か、カール・フォン・エーデルラントブルク、九歳です」
顔を真っ赤にして恥ずかしさに耐えながらも懸命に挨拶をするカールの姿に、ユリウスは思わず笑みを零す。
「初めまして。ユリウス・フォン・ルーデンドルフ公爵です。以後お見知りおきを、殿下」
挨拶を交わし終えると、カールはすぐに姉の背に隠れてしまう。
そんな弟をアウグスタは少し呆れたような表情で見る。
「ごめんなさいね。この子は見ての通り、恥ずかしがり屋で。ほら、カール。あなた、ユリウスに頼みたい事があったんでしょ?」
「……チェスを、してくれ。ユリウスは、えぇと、とてもチェスが強い、と聞いたぞ」
姉の背に隠れたまま話すカール。しかし、カールの話し方は妙だった。
恥ずかしがっているという感じとはまた違う違和感があったのだ。
「この子はずっとブリタニアに留学していて、一ヶ月前にここに帰ってきたばかりだから。まだゲルマニア語が不慣れなのよ。多めに見てあげて」
エーデルラント王国を含む大陸北部は俗に古代からの慣例で“ゲルマニア州”と呼称されている。
そのゲルマニアから海を越えて西に進んだ先にあるのが“ブリタニア連合王国”という海洋国家。
世界最強の海軍と数々の海外植民地を有している大国で、エーデルラント王国とは今は友好関係にあるが、それも表向きの話であるのは明白だ。
留学とは言っているが、カールの年齢的に考えると体の良い人質と考えた方が妥当だろうとユリウスは思った。
そして、わずか九歳で帰国しているという事は、両国間に亀裂が入りそうになったので、先手を打って帰国させたという事だろう。
大人の都合で振り回されている境遇に同情する一方、ユリウスはカールにどこか自分と同じものを感じると、クスリと小さく笑った。
「なるほど。そういうわけですか。……仰せのままに、殿下。喜んでお相手仕ります」
カールはユリウスのゲルマニア語がよく理解できなかったのか。首を傾げて困ったような顔をした。
それに気付いたユリウスはブリタニア語で改めて言い直す。
「仰せのままに、殿下」
今度は伝わったらしく、カールは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ふふ。ユリウス、これからカールと仲良くしてあげてね。この子、ブリタニアから帰ったばかりで友達がいないから」
「はい! お任せ下さい!」
「ありがとう。ところで、さっきは妙に浮かない顔をしていたけど、何か悩みでもあるのかしら?」
「……気付かれちゃいましたか。あなたに隠し事はできませんね。実は先ほど国王陛下から誰の賢者になるか。誰を勇者に選ぶのかをはっきりさせろと言われましてね」
賢者と勇者。
それはこの国にとって大きな影響力を持つものだった。
エーデルラント王国建国史において初代国王マグヌス大王は、賢者ヴァイゼブルクによって勇者に選ばれ、数々の冒険と苦難を乗り越えた末にエーデルラント王国を共に築け上げた。
エーデルラント王国の民であれば、誰もが知る歴史である。
賢者は血筋や規則性は一切無くある日突然、世界のどこかに誕生する。
そのため、ルーデンドルフ公爵家の子息が賢者だと知った時、フリードリヒ王は天恵を感じて歓喜の声を上げたという。
同い年の我が子レオンハルトの賢者とする事が叶えば、レオンハルトの招来と王国の未来は安泰と考えたからだ。
フリードリヒ王には、誰かを選べという気は更々なく、内心では早くレオンハルトを勇者に選べと思っていたのは疑いようがない。
「私はてっきりあなたはレオンを勇者に選ぶと思っていたけれど、レオンとは昔から仲良しだったじゃない」
「レオンは親友ですけど、勇者と賢者の関係になるかって言われると何かが違う気がするんですよね」
「へえ。じゃあ私と契約しちゃう?」
「え? い、いや。それは、」
「冗談よ。本気にしないで」
「もう! からかうのはお止し下さい!」
そうは言いつつユリウスは、脳裏でアウグスタを自らの勇者とし、彼女を賢者として支える姿を一瞬だけ想像した。




