王女アウグスタ
「あーあ、この前は二日間出してもらえなかったからな。今回は何日掛かるやら」
レオンハルトが身に付けている高価そうな白い洋服が汚れる事も気にせずに床で寝転ぶ。地下牢で堂々と横になるその姿はとても一国の王太子とは思えない。
「やれやれ。将来の王国を背負って立つ王太子殿下ともあろう御人が何とも情けない姿だな」
その髪と同じ黒い洋服を着たユリウスは、呆れたという口調でレオンハルトを見下ろしながら言う。
しかし、レオンハルトが顔を上げてユリウスの顔を見ると、あからさまにニヤけているので、今のは単なる冗談であるという事はすぐに分かった。
「言ってくれるなぁ。僕を悪戯に誘ったのは誰だったかな? 将来の宰相閣下様?」
「俺は誘った覚えなんて無いぞ」
「よく言うよ。真っ先に僕の所に来て、有無も言わさずに計画の説明を始めた癖に」
「まあ、レオンが来る事も俺の計画通りさ!」
ユリウスは得意げに笑う。
そんなやり取りを見ていて、シスターの装束を見に纏うシャルロッテは小さく笑う。
「ふふ。カッコつけちゃって」
「まあ俺には、レオンよりロッテが来た事の方が意外だけどな」
「え? どういう事よ?」
「だってこの前は二日間、ここに閉じ込められて飯抜きにされたんだぞ。食いしん坊のロッテはもうこりごりだろうなと思ってたんだが。って、イテテッ!」
シャルロッテは両手でユリウスの両頬を抓って勢いよく引っ張った。
「女の子に向かって食いしん坊とは失礼じゃないの?」
グウウウウ~
シャルロッテのお腹の虫が豪快に音を立てる。
「うぅ」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしたシャルロッテは、ユリウスの頬から手を放す。
「ほらな。やっぱりロッテは食いしん坊だろ」
「ふふふ。どうやらそうみたいだね」
ユリウスとレオンハルトがニタニタと楽しそうに笑う。
「う、うるさいわね! しょうがないでしょ! 元々聖堂の食事は少ないし、あんまり美味しくないんだから! 普段からお腹一杯食べられる二人と一緒にしないでくれる!?」
シャルロッテの声が地下牢内で木霊する中、地下牢と地上を繋ぐ階段から人が降りてくる足音が聞こえてきた。
そして鉄格子の向こう側にウェーブの掛かった長い金髪をした美しい女性が姿を現した。
その女性の顔を目にした途端、ユリウスは目の色を変えて彼女の前まで駆け寄る。
「アウグスタ様!!」
「ふふふ。三人ともまた悪戯をしたそうね。オーベルク伯がカンカンだったわよ」
彼女の名はアウグスタ・フォン・エーデルラントブルク。
フリードリヒ王の第一王女で、レオンハルトの異母姉である。
母親は違えども、髪と瞳の色合いはレオンハルトと同じであり、どことなく血の繋がりを感じさせる。
母親は平民の出である事から宮廷では孤立気味だが、その大らかな性格から彼女を慕う者も少なくない。
「オーベルクの爺さんはいつも詰めが甘いんですよ! だから俺の手に掛かれば出し抜くのなんて朝飯前です!」
「まったく。ユリウスは頭は良いのに、その使い方をもう少し考えてほしいものですね」
そうは言いつつ、アウグスタは右手を鉄格子の中へと伸ばしてユリウスの頭を優しい手付きで撫でる。
「えへへ」
ユリウスは心底嬉しそうに、自ら頭を前に出す。
次期宰相として英才教育を叩き込まれてきたユリウスは親の愛情というものを受けずに育ってきた。そんな彼にとってアウグスタは愛情を注いでくれる親代わりのような存在だったのだ。
「あ、あの、アウグスタ様。さっきから気になってたんですけど、そのバスケットから良い匂いがするんですが」
シャルロッテが口から涎を垂らしながら、ユリウスの横に立つ。
彼女の視線は、アウグスタが左手に持っているバスケットに釘付けだった。
「ふふふ。皆には内緒よ」
アウグスタはバスケットの上に掛けた布を取る。
するとその中には、たくさんのサンドイッチが敷き詰められていた。
具はハムやソーセージ、トマト、レタスなど様々な種類が用意されている。
「やった! 僕の好きなチーズサンドもある!」
好物を見つけたレオンハルトも一気に食欲がそそられたようだ。
「ありがとうございます、アウグスタ様!」
満面の笑みで礼を言うユリウス。
「私、あまりお料理はした事が無いから、味の保障はできないけどたくさん作ったからいっぱい食べてね」
「いいえ! アウグスタ様が作って下さった物でしたら、何でも美味しいですッ!」
「ふふ。そう言ってくれると嬉しいわ、ユリウス」




