フリューゲルの朝
三年前。
エーデルラント王国を脱出したレオンとロッテは、素性を隠したままユリウスから贈られた資金を元手に各地を旅した後、クロエとアンジェという仲間を得て四人でギルド『フリューゲル』を結成した。
そこでまず問題になったのが一体誰がギルドマスターを務めるかという事だった。
「僕はリーダーなんて柄じゃないよ。仲間を引っ張るのはロッテの方が向いてるって!」
「何を言ってるのよ。あなたは本来なら王様になるはずだったのよ。これはもう運命! 王国の代わりにギルドという小さな国を神はあなたに与えられたんだわ!」
「せっかく王族っていうしがらみから解放されたのに、大きなお世話だよ」
「王族なら色々な処世術だって身に付けてるでしょ。教会の中でずっと神にお仕えしてきた私には俗世の事なんてよく分からないわ~」
「よく言うよ。修行期間以外は頻繁に王宮へ遊びに来てたくせに」
二人の議論は途中何度も脱線して収拾が着かなかったのだが、最終的にはロッテに押し切られる形でレオンがギルドマスターになるのだった。
◆◇◆◇◆
「レオン! クロエ! アンジェ! 朝ご飯が出来たわよ! 早く起きなさい!」
フリューゲルのギルドハウスに、朝からロッテの大声が鳴り響く。
これがフリューゲルの朝の目覚めの鐘であった。
ギルドマスターはレオンだが、実際にフリューゲルの主導権を握っていたのは家事全般を掌握しているロッテである。
「んん……。まだ、眠いよ~」
まだベッドの上で寝ているレオンは、寝返りを打ちながら呟く。
ヴェネツィアで海賊退治の依頼を受けた際に、ロッテはヴェネツィア共和国政府に拠点となるギルドハウスの提供を条件に出した。
普通なら傭兵ギルドは安宿を拠点にするのが普通なのだが、政府提供の一軒家ともなれば宿泊費がゼロになる上、待遇が全然違う。
このギルドハウスは一軒家で、四人で暮らす分には申し分ない。
一般庶民の家屋と変わらない大きさの家で、元々宮殿に住んでいた元王子時代の暮らしを思えば、非常に貧しく質素な暮らしぶりではあるが、この方が身の丈に合っているとレオン自身はとても気に入っていた。
「ん~。ん? うわッ! な、何!?」
徐々に意識が覚醒してくると、レオンは下半身に違和感を覚えた。
両手で毛布を掴んで上へと上げて中を見てみると、そこには金髪の幼い少女クロエ・ディノフェリスの姿があった。
「く、クロエ!? そんなところで何をしてるんだ!?」
衝撃のあまりレオンは毛布を跳ね除ける。
毛布の中から露わになったクロエは、純粋な瞳でレオンを見つめていた。
レオンの下半身にしがみつくように両手を回しているその姿は、虎というより子猫のようである。
「この前、アンジェが言ってた。男は欲情するとズボンの一ヶ所が膨らんでお山を作るって。もしそれを見つけたら、ご奉仕するのが奴隷の仕事だって。クロエはレオンの奴隷。だからレオンにご奉仕する」
「くう~。アンジェめ。クロエに何て話をしてるんだ」
クロエから飛び出した発言に、レオンは頭を抱えた。
クロエは傭兵ギルド“エーデルワイス”最強の猛者だが、中身は年相応の少女である。
そんな彼女をレオンは奴隷としては扱わずに、実の妹のように可愛がっていた。
「……何か間違ってた?」
不安そうな瞳でレオンを見つめる。
この目にレオンは弱かった。
本当なら間違いだとはっきり指摘したいと思うレオンだが、クロエはクロエなりにレオンの役に立ちたいと思ってこんな事をしているのだ。それを分かっているからこそ、レオンはどう答えたものかと思い悩む。
「そ、そのねえ。クロエ、そのご奉仕って具体的に何をするのか分かってるの?」
「……よく分からないけど、優しく包んであげるって聞いた。だから、」
「もう良い! もう良いよ、クロエ。あのね。それはアンジェの冗談だから、真に受けなくて良いんだよ」
「え? でもレオンのここ、膨らんでるよ」
真顔で言われて、レオンは顔を真っ赤にする。
一体、何と説明したものか。
「そ、それはね。男なら朝は誰でもそうなるものなんだよ」
「そうなの?」
「うん。そうなんだ。だから何も、」
「じゃあ男は皆、朝は欲情してるの?」
クロエの大胆過ぎる解釈にレオンは一瞬、言葉を失って呆然としてしまう。
「なッ! ……ち、違う。そうじゃないんだ! そうじゃなくて、その……。何て言うのか」
レオンがどう説明したものか悩んでいるその時。
ロッテが部屋の扉を開けて中に入ってきた。
「レオン、いい加減起きなさい! 朝ご飯はもう、……なッ!」
ベッドで横になるレオンの下半身に、覆いかぶさるような態勢になっているクロエ。
その姿を目にしたロッテは絶句した。そして、
「れ、レオン!! クロエに一体何をさせてるのよッ!!」
「ち、違う! 誤解だよ!」
必死に弁明しようとするレオンだが、ロッテは聞く耳を持たずにレオンに平手打ちをお見舞いした。
こんな事が朝から巻き起こるのが、フリューゲルの日常だった。