復讐
国王暗殺事件の翌日。
王太子レオンハルトと聖女シャルロッテが国王を暗殺して王位を簒奪しようとした事。
モルトシュタイン元帥の迅速な対応によって王位簒奪は阻止され、二人は逃亡の最中にドラゴンの襲撃を受けて死亡した事。
その他諸々の経緯が、王国の政権を掌握したユリウス・フォン・ルーデンドルフ公爵によって発表された。
無論、それは全てユリウスにとって都合の良いように捏造された事実だった。
必要な庶務をモルトシュタイン伯爵に任せたユリウスは、自身の邸へと一旦戻ってカールと対面した。
「全て終わりました、カール様、いえ、カール国王陛下」
「ああ。よくやった」
そう言うカールは、新国王に相応しく身なりを整え、その瞳には狂気とも言える危険な感情が満ちている。
「戴冠式は明日行いますが、本当に宜しいのですね?」
ユリウスの問いに、カールはムスッとした不機嫌そうな顔を浮かべた。
「今更何を言う。お前が親友を捨てたように、余も父を捨てた。もう後戻りはできない。……で、姉上を殺した黒幕は分かったのだろうな?」
「勿論です。これから彼等に相応しい報いを与えに行きますが、陛下も来られますか?」
「……ああ。行こう」
◆◇◆◇◆
サンクトシグルブルク宮殿は今、モルトシュタイン伯爵が直接指揮を執る軍隊によって守りを固められてはいる。
そのため少々物騒な雰囲気に包まれており、いつもの華やかさは鳴りを潜めているが、政府機能そのものは通常通りに稼働していた。
そんな宮殿の数ある広間の一つに、ユリウスとカールは足を踏み入れる。
多くの貴族令嬢が新しく入手したドレスやアクセサリーを見せびらかしたりして談笑したりするこの広間には、今はたった二人の男性がいるのみだった。
南側の壁一面はガラス張りになっており、昼間であれば陽の光が広間全体を明るく照らすのだが、今はカーテンが閉められて薄暗い。
「エスターライヒ大司教、ライブニッツ宮中顧問官、ご協力に感謝致します」
ユリウスが礼を述べた相手は、プロイセンブルク王国の教会勢力のトップに立つエスターライヒ大司教と国王の側近であるライブニッツ宮中顧問官。
クーデター派がいち早く教会勢力を味方にできたのはエスターライヒの活躍による部分が大きく、フリードリヒ王暗殺の手引きをしたのはライブニッツだった。
「お二人のおかげでカール陛下を次期国王にする事が容易となりました。心より感謝致します。だから、死んで下さい」
ユリウスの黒い瞳に殺気が満ちる。
腰から抜かれた賢者の剣は、赤い魔力の刃を形成してエスターライヒ右足を一太刀で切断し、透かさずにライブニッツの左腕を斬り落とした。
「ぐああああッ!」
「ぎゃああッ! な、何の真似だ!?」
二人は激痛に顔を歪めてその場に倒れ込む。
共にクーデターを成功させた同志とはいえ、真の意味での同志など宮廷には存在しない。互いに互いを利用し利用される。それが宮廷社会というものだ。
だが、少なくとも今は教会勢力を纏め上げるためにエスターライヒ、王室政務を取り仕切るためにライブニッツ、両者の協力はユリウスにとって必要不可欠なはず。
そんな打算があった二人は、完全に不意を突かれる格好となった。
「る、ルーデンドルフ、この若造め。我等抜きに王国を纏められるとでも思っているのか?」
「賢者と言ってもしょせんは青二才であったか……」
「黙れ」
殺気に満ちた視線で二人を見下ろすユリウスは、激しい怒気を含む声で言い放つ。
「「……」」
ユリウスの迫力に圧倒されて二人は息を呑む。
「私が何も知らないと思っているのか? 賢者である私がアウグスタ様とカール陛下と懇意にしていると知ったお前達はレオンハルト王太子の王位継承の妨げになると考えて、お二人の抹殺を企てた。そうだろう? もし私がアウグスタ様かカール陛下を勇者に選べば、これまでお前達が宮廷に築いてきた勢力基盤も危うくなるからな」
「なッ!」
「何を証拠に、そんな……」
「証拠? それなら、ちゃんとした証人がいますよ」
ユリウスはそう言って、顔を南側のカーテンの方へと向ける。
よく見ると、その一角には奇妙な膨らみがあった。どうやら誰かがそこに潜んでいるらしい。
「バッフェル宮中顧問官、あなたとライブニッツ宮中顧問官は共にアルヘン離宮襲撃事件を企てた。そうですね?」
ユリウスが問うと、カーテンの奥から中年くらいの男の声が聞こえてくる。
「は、はい。私とライブニッツ子爵が暗殺者の手引きをしました」
「き、貴様、バッフェル、裏切ったなッ!……ッ!」
ライブニッツは自ら自白した。しかし、彼がその事を自覚した時には既に手遅れだった。
ライブニッツが視線を戻すと、そこには不敵な笑みを浮かべて自身を見下ろすユリウスの姿がある。
「自白して頂き感謝します。……おい。もう出てきて構わんぞ」
ユリウスが声をかけると、カーテンの奥から小柄の少女が一人姿を現した。
黒いローブに黒いシルクハットと、ユリウスに似て地味な装束ではあるが、外見は十三歳くらいで銀髪のショートヘアに真っ赤な瞳をしている。可憐な容姿の持ち主で、とても先ほどの男性の声の主とは思えない。
「な! ど、どういう事だ!? バッフェルの奴はどこだ?」
「どこってそんな男は最初からこの広間にはいないわ」
少女は先ほどの男性の声で話す。
その容姿とはまったく噛み合っていない声に、ライブニッツとエスターライヒは不気味さすら感じる。
「まったく。そんな顔をしなくても良いでしょう。単なる芸の一つよ」
今度は見た目相応の少女の声になった。
「ふふふ。どうです? すごいでしょう。彼女は一度聞いた人間の声なら誰の声色でも出す事ができるんですよ。……ルイーゼ、宮中顧問官様と大司教様にご挨拶しろ」
「初めまして。闇精族のルイーゼ。歳は十三歳。因みに男です。以後お見知りおきを」
「しれっと嘘をつくな。お前はれっきとした女だろうが」
「あら。宮廷では冗談交じりに会話を楽しむのが普通と聞いていたけど」
「それは時と場合による」
ユリウスとルイーゼが軽口を言い合う中、エスターライヒが動揺した様子で声を上げる。
「に、闇精族だと!? あの奇妙な魔法ばかりに長けた亜人種で、隠密部族として恐れられた、あの闇精族か?」
「ば、馬鹿な! それなら当の昔に討伐されて今はもう絶滅しているはずだ!」
闇精族とは、先ほどルイーゼがやって見せた声色の変化といった普通の魔法ではできないような特殊な魔法を扱う事で知られる亜人種。
また身軽で俊敏な特徴から、隠密活動を生業をしてきた。
しかし大昔、それを脅威に感じたある国によって集落ごと滅ぼされて部族は散り散りとなり、今では絶滅したと伝えられている。
「彼女は我がルーデンドルフ公爵家が雇っていた闇精族最後の一人ですよ」
「な、る、ルーデンドルフ公爵家が、闇精族を!?」
「ええ。彼女達の協力で我が祖父、つまり先々代のルーデンドルフ公爵は覇権争いに勝利して宰相の地位を手に入れ、宰相の地位を世襲化する事ができたのです。さて、種明かしも済んだ事ですし、そろそろ終わりにしましょうか。カール陛下もそろそろ待ちくたびれた様子ですし」
カールは腰から下げている鞘から剣を抜く。
それは儀礼用の剣ではあるが、刃はちゃんとついており身動きできない者の息の根を止めるのには充分だった。
「ま、待て! バッフェルは、バッフェルはどうしたのだ!?」
「彼ならもう先に地獄であなた達を迎える用意をしている事でしょう。待たせては彼に悪いです。……さあ、陛下。姉君の復讐をどうぞ」
ユリウスは首を垂れながら一歩後ろへ下がる。
そしてカールは前へ出て、床に伏しているエスターライヒとライブニッツの前の立つ。
「お、お待ちを! カール様、如何なる償いも致します! ですから、命だけはッ!」
「教会の全財産を王室にお譲り致します故、どうかお慈悲を……」
「……」
カールはその場で硬直して動こうとしなかった。
「陛下、人を殺める事を躊躇われるというのでしたら、私がやりましょうか?」
剣を握るカールの手が、僅かに震えている事をユリウスは見逃さない。
ユリウスはまるでカールを試すような物言いで問い掛ける。その表情はどこか楽し気にも見えた。
「いや。良い。余は決めたのだ。余は姉上の分まで生きる。生きて生きて、生き抜く。その邪魔をする奴は全て葬り去ると。だから!」