第9話「王であり、王に非ず」
ご機嫌斜めのアーニャと共にフェルト城へと訪れた。
フェルト王国に居る間は城に滞在する予定なので、何をするよりも先にシャンドラ様に顔を出しておかねばなるまい。
謁見の間の扉の前を警備している兵士に挨拶をし、アーニャが扉をノックすると中から何度聞いても羨ましく思える低くて渋い声が返ってきた。
「入れ。」
2人で謁見の間に入ると、シャンドラ様と戦士長のカーデラ様の嬉しそうな顔。
そしてオルネスの嫌そうな顔に出迎えられた。
久しぶりに子どもたちが帰ってきたかのような喜びようには、こちらも嬉しくなる。
まあ実際シャンドラ様にとってアーニャは娘なのだけど。
復興を任せてくれた件のお礼と今後についての報告を済ませた後は、仲介所建設の段取りなどを話した。
他にはアーニャが家庭菜園を始めたと話した時、シャンドラ様が娘の成長に涙目になってしまってカーデラ様が慰めたりと、約1名を除いて団らんという言葉がふさわしい終始和やかな雰囲気の謁見だった。
先ほどまで不機嫌だったアーニャも、尊敬する父親の嬉しそうな顔を見れてまんざらでもなさそうな表情だ。
謁見の後は皆で食事をとった。
普段ダッカスとアルシェの料理を食べ慣れてしまっているだけあり、味や盛り付けに少々物足りなさを感じてしまったものの、大勢で食べる食事はやはり楽しいものだ。
カーデラ様が思う「隊長の心得」を聞けたのは非常にありがたかった。
王国の騎士団長と、たった1つの隊を率いるだけの俺との立場の違いはあれど、親身になって話してくれる。
いつか平和な世界になったとき、共に酒でも交わしながら懐かしいと話したいものだ。
現世では親とあまり関わりはなかっただけに、こんな気持ちになるとは驚きだな。
この世界に来てからというもの、本当の息子のように接してくれるカーデラ様に対して、本当の父親のような感情すら感じてしまっている。
恵まれたこの環境に、心から感謝を。
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翌朝。
アーニャと共に仲介所の建設現場に来た。
労働力として派遣したタロー隊のメンバーや建設チームのリーダーに挨拶を済ませ、規模や進捗状況の確認を重点的に行う。
こちらの希望や建設側の都合などの話を詰めていき、2週間後には完成見込みとなった。
その頃にまたこちらに伺うとしよう。
その後はアーニャと共に張り紙の作成だ。
せっかく仲介所ができあがっても、人が居ないのでは意味がない。
仕事内容の記載や人員募集といった内容をアーニャに1枚書いてもらい、王宮の人手を借りて一気に増やす予定だ。
人手を借りる件については昨晩シャンドラ様から許可を得ているので、スムーズに進んでいくだろう。
パソコンを常に開いているせいで、未だにこの世界の言葉はおろか読み書きすらできない。
少しは勉強しようとしたのだが、いちいちノートパソコンを開いて閉じてと繰り返す手間があまりにも面倒で挫折した。
会話は成立するのだから問題ないのだ、と自分に言い訳をしつつ今に至る。
目立つポスターの作り方 で検索をかけ、特徴をアーニャに伝えながら書いてもらった。
おおざっぱな性格のアーニャだが意外と美術センスはあるようで、目を奪われるような綺麗な絵が描かれたポスターが完成した。
それを複製する側の身にもなってあげてほしかったが、絵具を頬っぺたにつけたアーニャ画伯が満足そうに笑っているので何も言わないでおこう。
城の一番近くに原本として張り出せばいいだけの話だしな。
ちなみに後でこっそりポスターを描いてみたのだが、違う意味の画伯っぷりに心が折れた。
二度と絵など描くものか。
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その後はポスターの複製、配布。
仲介所建設の相談、隊員とのコミュニケーションを重点的に行った。
忙しく過ごしていたおかげであっという間に3日が経過した。
フェルト王国に来てから4日目の朝、久しぶりに道場に顔を出すと見たことのない顔が増えていた。
師範として訪れていたカーデラ様によると、カッツェとの戦に勝利したことで自分も国の役に立ちたいと立ち上がった若者が増えたそうだ。
タロー隊への入隊志願者もいるそうで、嬉しい限りだ。
今回は隊員の確保というよりは、ポスターを持っての勧誘活動がメインなのだが。
カーデラ様に生徒を集めてもらい、アーニャがポスターを掲げて説明し始めた。
「貴重な鍛錬の時間を割いてしまって、ごめんなさい。
自らの意思でフェルトのために戦おうと立ち上がってくれたことに感謝するわ。
この度カッツェとの戦に勝利したことにより、2つの国は友好関係を結ぶことができました。
それに伴って各国の資源を最大限に活用するため、仲介所を作る運びとなったことは皆さんご存じかと思います。
仲介所は国営で行う予定で、運営するのに多くの人員が必要です。
ここにいる皆さんの中で、フェルトのために働きたいけど戦場に出るのは怖いと思っている人。
もしくは裏からフェルトを支えたいと思っている人。
そんな人が居るのであれば、仲介所で働いてみないかしら?
安定した給金、無理のない労働時間と休日、全てを兼ね揃えているわ。
どんな家の生まれだろうと関係なく、平等に評価するつもりよ。
同じフェルトという国を良くしたい仲間ですもの。
皆さんの応募、心からお待ちしているわ。」
アーニャが話し終えると、清聴していた面々から拍手があがった。
それに応えるようにスカートのすそを両手で押さえながら膝を曲げるアーニャは、農業を追えて「ぐへぇ」と言っていた奴と同一人物とは思えないほど優雅な動きだった。
いつものアーニャを見ていると忘れがちだが、お姫様なんだよな、一応。
以前に隊を率いる隊長が似合うと感じたように、カリスマのステータスは非常に高いのだ。
普段のゆるゆるなアーニャとは違って、王族としての一面を久しぶり見れた気がする。
城への帰り道で褒めると、とても嬉しそうに笑っていた。
どうやら来るときのプレミはリカバリーできたようだ。
そしてフェルト滞在の最終日。
国の中で一番大きな広場で国民に向けて同じようなスピーチをするアーニャに付き添った。
アーニャは気づいていなかったが、物陰から変装したシャンドラ様がその勇姿を見て号泣していた。
平和を自ら体現する姿にほほえましくなってしまった。
親バカとも思うけど。
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あっという間に5日間が過ぎた。
仲介所の人員の厳選はカーデラ様に一任してある。
今後希望者が来てくれることを祈ろう。
今回のフェルト出張でやりたいことは全て終えたつもりだ。
カッツェへと戻る日の朝、城で朝食を食べているとシャンドラ様が珍しく言葉を詰まらせながら口を開いた。
「タローよ、その・・・なんだ。」
「はい?」
普段のはっきりとした喋り方とは違い、悩みながら喋っているような感じだ。
珍しいと感じてしまい、思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。
この場に居るアーニャ、カーデラ様も同じように思ったようで、互いに目を見合わせていた。
「アーニャを嫁にもらってくれんか。」
静寂もつかの間、俺とアーニャが一斉に吹き出した。
思いっきりむせてしまった。
「お父様!?」
「えーっと・・・?」
思わず叫んだアーニャを見てしまう。
目が合うと顔を真っ赤にしてそっぽを向かれてしまった。
なんでだ。
「この5年間、2人のことをずっと見極めてきたつもりだ。
まもなく成人を迎えるというのに、アーニャは相手の1人も作らなかったからな。
意中の相手が居るのかと思っていたのだが、ここ数日の「わー!!わー!!!」
ダァンと大きな音を立てて机をたたいて立ち上がり、シャンドラ様の言葉を遮るように大声をあげるアーニャ。
その一連の流れを微笑みながら見守るカーデラ様。
いくら俺が現世で色恋沙汰に関わりがなかったとはいえ、恋愛シュミレーションという名のパソコンゲームはたくさんやってきただけあり、今のアーニャの反応を見て何も気づかないほどではない。
最初から好感度は高い方だとは思っていたが、まさかそんな風に思ってくれていたとは思わなかった。
俺としても最初から次元が1つ小さければどストライクだと思っていた。
最近では3次元も悪くないと思っている。
そして何よりアーニャとは、この世界に来てから5年間ずっと一緒に居る。
もはや切っても切れるとは思えないほどの思い入れはあるのだ。
もう一度顔を真っ赤にしているアーニャを見て、息を整えた。
シャンドラ様を見据えて、ハッキリと俺の言葉で返そう。
「僕・・・いえ・・・俺は」
-----シャンドラ視点
「この世界に来た時にはひ弱な子どもにしか思えなかったタローが、言うようになりましたね。」
遠のいてゆく馬車を見ながら、カーデラが言葉をこぼした。
剣の達人を呼び寄せるはずの禁術で、何の間違いか呼び出された少年。
召喚直後にはこの世の終わりだと思ったことが、つい最近のように思える。
しかしその少年は驚くほどの結果を及ぼした。
3度に渡る敗北を喫して疲弊している国民や我らの顔を上げさせ。
そのカッツェ帝国を己の策で打ち破り。
打ち破った直後に神子と恐れられるイルシャを配下に引き入れ。
15歳に任せる量ではない仕事も、二つ返事で承諾して結果に繋げている。
未成年の身であれど、この男が成す改革をずっと見ていたいと思えるほどだ。
「俺はアーニャのことは心から信頼していますし、これからも共に歩んでいきたいと思っています。
ですが、俺はまだ何も成し遂げていません。
こんな中途半端なままでは、アーニャに甘えるだけの男になってしまいます。
そうならないためにも、まずは与えられた仕事を全うしてフェルトを繁栄させます。
それが成功したら改めて、俺から言わせてください。」
タローの言葉を思い出し、思わず口元が緩んでしまう。
自分にも厳しく、我の掲げる平和を成そうとしてくれているタローにだからこそ、アーニャも任せられる。
オルネスが居たら反対するだろうがな。
「守るべきは王にあらず。
国を背負って立つ、次世代を支える若者こそが王なのだ。
カーデラよ、心に刻んでおけ。」
「承知。」
愛娘と、息子を乗せた馬車が完全に見えなくなるまで見送った。
それでは公務に戻るとしよう。
息子のおかげで、これから忙しくなりそうだからな。
拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします!