第8話「家庭菜園の第一歩」
家庭菜園を始めると言葉にするのは簡単だが、準備するものは意外と多い。
まずは場所。
家庭菜園なのだから、家がないといけない。
城の敷地内に勝手に作るわけにもいかず、イルシャに事情を話して仲介してもらい、空いている家を紹介してもらった。
かなり立派な家という印象で、大きさの割に安く庭も広めだ。
畳でいうとどれくらいだろうか。庭だけで40畳くらいはあるかもしれない。
築年数の関係で売れ残っていたらしい。
しかし仮にも庭付きの一軒家だ。
それなりの値段はする。
値段に躊躇していたのだが、イルシャが必要な資金は全額出すと言ってくれた。
タロー隊の活動拠点として利用するためなら、とのことだ。
要らないと言われはしたが、月々の分割できっちり返していくとしよう。
リフォームにもかなりの額がかかりそうで、総額はかなりのものだった。
リフォームを待っている間に、シャンドラ様からの返事が届いた。
要約すると、「復興及び発展に関する全ての事業をタローに一任し、フェルト王国はそれを全面的にバックアップをする。」とのことだ。
そこまで信頼されているというのは、本当に嬉しい。
その一言に尽きるね。
しかし任せられた以上、何か問題が発生したら俺の責任ということになる。
リーダーの経験など現世では全くなかったので、空いた時間を見つけては「リーダーの心得」など検索して読み漁っている。
そのおかげで最近は寝不足もいいところだ。
辛いと思うことはあれど、任された以上は最後までやり遂げたい。
現世ではこんなことを思うことはなかったが、意外にも俺は責任感が強いらしい。
ひとまずタロー隊の半数以上をギルド建設のための人手としてフェルト王国に派遣。
そしてシャーリーを両国の鍛冶師統括に任命。
イルシャとナージャにはカッツェ帝国のギルド建設の指揮をとってもらっている。
こちらから何も言うでもなく、イルシャ隊のメンバーが手伝ってくれているため人手は多い。
その間で残ったタロー隊メンバーで農業の模索と、それぞれのスキルアップに努めているといった具合だ。
定期的にシャンドラ様と連絡を取るつもりではあるが、事あるごとに連絡するつもりもない。
自分がフェルト王国に行くときにでも挨拶に行けばいいだろう。
お忙しいのに俺にばかり時間を割かせるわけにはいかないし、責任者である以上は自分で解決できるものはしなくてはならない。
タロー隊を除けば、現世と合わせても初めてのリーダーとしての仕事だ。
仲間と力を合わせて頑張っていこう。
劇的ビフォー〇フターとは言わないほども、かなりの大作業となったリフォームも終わり、隊のメンバーのうち俺やアーニャを含めた10人ほどがここに住むこととなった。
それ以外のメンバーはフェルト王国内の発展のために動くように頼み、フェルトに戻るように命じた。
そちらも大事な役割だ。
復興、そして発展を任された身の俺は、両国を行ったり来たりしなくてはならないだろう。
まあそれも少しだけ楽しみではあるが。
さて、話を戻そう。
庭が出来たので次は土や畑作りだ。
シャーリーが畑を区切るためのレンガを大量に購入してくれたこと。
農家出身のジャークが色々と教えてくれたこともあり、時間はかかりつつも準備を整えていった。
「ぐへぇ・・・つーかーれーたー・・・」
1日の作業が終わり、土汚れを風呂で落としてきたアーニャが机に突っ伏した。
一国の姫様がぐへぇ、って。
植える前に土を作るところから始めないといけないとジャークに教わり、今日は堆肥の投入を行ったので、疲れるのも分かる。
「こんなに大がかりな作業になるとは思ってなかったし、何より牛の糞を乾かして使うなんて思ってもみなかったわ・・・」
「僕の知っているやり方ではないですし、どうなるのか今から楽しみです!」
ジャークが目を輝かせながらアーニャと話していた。
ネットで調べた方法を話した時は怪訝そうな顔をしていたが、ジャークが実家で行っていた農業とは全く違う方法を説明して徐々に理解を得ていったのだ。
最初はキュウリやナス、トマトといった普通に作れて食べられる野菜から始める予定で、慣れてきたら本格的な畑を作って四輪農法にチャレンジする。
何事も段階を踏んでいかないといけない。
いきなり難しいことにチャレンジして失敗したらモチベーションも下がるからな。
「野菜ちゃんのために、頑張るわ。」
「収穫したら、私が最高の料理に仕上げますね。」
野菜ちゃん・・・?
夕飯を作り終えたアルシェが、料理を運びながらも話を聞いていたようだ。
もう1人の料理人のダッカスは、今週はカッツェ城に招かれている。
アルシェと共に週替わりで働かせてもらっているのだ。
シウバ様がお気に召したのもあるが、安定した給金をという俺の願いを受け入れてくれたのが大きい。
2人以外では、最近タロー隊の財布を預かるようになったルミエ。
こちらもシウバ様に頼んで国営の知識を学ばせてもらっている。
今後のフェルト、カッツェ両国のギルド運営のために勉強中だ。
将来的にはナージャのような役割も担ってほしいものだ。
そしてシャーリーの鍛冶師として腕は、カッツェに居る鍛冶師の誰よりも優れていた。
おかげで姉御と皆に呼ばれ、自身の技術や知識を落とし込んでいる。
本人は姉御呼ばわりを嫌がっていたが。
シェイミのトランシーバー然り、俺の『童子切』然り、シャーリーの技術は世界一かもしれない。
最近では自身の本来の仲間たちも順番にカッツェに呼び寄せて仕事を回している。
やはり鉱山が近くにあると、仕事がはかどるようだ。
普段の仕事と関係ない仕事を増やしているのは、主に俺な気がしなくもないが。
ここ数日は毎日新しい食器ができては俺に意見を求めてくる、というのを繰り返している。
武器だけでなく、そういったものの作成もカッツェで行うと決まって以降、気合いの入り方が凄い。
職人として新しいものを作ることにやりがいを感じているのだろう。
さて、家庭菜園に関しては次の工程まで1週間ほど時間が空く。
この間に一度フェルト王国に戻って様子を見ておきたい。
食事が終わってその旨を伝えると、アーニャとイルシャが自分も行くと主張した。
本来であれば城に住んでいるイルシャだが、夜はこうして一緒に食事をすることが多い。
最初はアーニャが敵意を向けていたものの、毎回簡単にいなされて諦めたようだ。
ナージャも居るから2人ともカッツェを離れても問題はないのだが、いざという時にイルシャが居るのと居ないのとでは安心感が段違いだろう。
神子という存在は、周辺国への牽制にも間違いなくなるはずだ。
説得を始めた最初は頬を膨らませて可愛いイルシャだったが、自分の力をきちんと理解していて納得してもらうまでにそう時間はかからず、翌日から俺とアーニャで一度フェルト王国に戻ることになった。
その夜、部屋で寝る準備をしているとイルシャが枕を両手で抱えて訪ねてきた。
「1週間も会えないのは寂しいから、今日は一緒に寝させて。」
と、なんとも可愛らしい言葉を潤んだ上目遣いで言われた。
そんなものに抗えるはずもなく、仕方なく一緒に寝ることにした。
そう、仕方なくだ。
男が可愛い女の子には勝てないのは、現世でも異世界でも変わらないらしい。
イルシャは安心感からか、すぐにすうすうと寝息をたてて寝てしまった。
途中で神子の力で思い切り抱き枕にされ、生死をさまよったのはご愛敬。
死ぬのではないかという緊張と、可愛い女の子が隣で寝ているという興奮で一睡もできなかったが。
これだから魔法使いは。
翌日、俺とアーニャはフェルト王国に向けて出発。
昨晩徹夜していたからか馬車の中で爆睡してしまい、アーニャの機嫌を損ねるというプレミをおかしてしまった。
まあ5日前後はフェルトに滞在するつもりなので、そこでご機嫌取りをして挽回しよう。
こうして俺たちは約1ヶ月ぶりにフェルト王国へと帰還した。
拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします!