第4話「茶屋の邂逅フラグ」
「揃ったか。」
アーニャと共に呼ばれた部屋に入ると、シャンドラ様が顔をあげ合図を送った。
その合図に一歩前へ出てくるオルネス。
「それではこれより軍議を始める。
進行は総軍師である私が務めるが、異論があるものは居るか?」
そう言い、こちらを睨みつけてきた。
総軍師のくせに私情が入った顔を向けてくるのは如何なものかと思うところはある。
しかしながらこちらは初陣であり、新入りもいいところだ。
意見は言うが、異論は特にない。
アーニャがやれやれと肩をすくめるくらいには、目の敵にされているらしい。
誰からも声があがらなかったので、オルネスはそのまま説明に入った。
「今回攻めてきているのは、隣国のカッツェ帝国。
我々が過去3度に渡り敗北を喫している国だ。
その理由の1つとして、盟主イルシャの圧倒的な武力が挙げられる。
前回の戦いで、奴の率いる隊だけでこちらの兵力の半数は持っていかれただろう。」
え、そんなやべー奴いるのかよ。
知略は通用するのか気になるところだな。
「奴のおかげで、かつて我々の領地だった地を捨て、カンド川より後退しなければならなくなった。
ここで奴の侵攻を食い止めなければ、我々に未来はないだろう。
全軍、我々の未来を切り開くために尽力してほしい。」
カンド川ってのは墨俣川的なやつか。
城でも建てて遠距離から狙撃ができる相手ならそうするのだが。
まあ聞いている感じでは、策とか考えるだけ無駄なんだろうな。
勝手な想像だけど、完全な脳筋で全てを踏みつぶしてきそうだ。
そんな思案をしていると、オルネスは一歩下がった。
まさか今ので総軍師からの言葉が終わりとでも言うつもりか。
それぞれの隊の役割はどうする。
現世で見たアニメですら、もっとまともなこと喋ってたぞ。
思わず手を上げ発言して良いものか確認を取ると、シャンドラ様が促すように進めてくれた。
「それぞれの隊の役割や配置は如何するおつもりでしょうか。
三度も敗れているのであれば敵の情報は多く残っていると思うのですが、その辺も教えて頂けないと動きようがありません。」
その言葉を受け、オルネスが不機嫌そうな声で返してきた。
「策という策を全て試した。
それでいてその全てを突破された程の相手だ。
何か策があるというのなら、私が聞きたいくらいだよ。」
なるほど、もう打つ手がないと。
色々な策はネットに転がっているから良いとして、盟主のイルシャ?の人となりは知っておきたい。
無策なのであれば、こちらで独自に動くしかないか。
「ではまず僕の隊でイルシャのことを調べます。
その後も策がないのでしたらタロー隊は自由に動きますが、よろしいですね?」
少々強めの口調でオルネスに確認を取る。
これでダメなら、もうお手上げだ。
「勝手にしろ。」
相当不機嫌そうにしながらも、承諾するオルネス。
総軍師がこの程度なら、弱小国というのも納得だな。
今俺は15歳になった。
精神の年齢で言えば27歳ではあるが、この世界の見た目ではそのくらいだ。
現世で道を踏み外し始めた年齢だが、今は毎日鍛えているだけあり身体も引き締まっている。
今の身体なら、ある程度の動きはできる。
この世界に来て5年。
今までは国の内部に目を向けていたが、今後はそればかりでは居られない。
時は戦国なのだ。
むしろ今までが平和すぎたのだろう。
この5年の間、アーニャには世話をかけっぱなしだ。
目をかけてくれているシャンドラ様。
そして専用の機器や剣を作ってくれたシャーリー、どこの馬の骨とも分からない俺の隊に入ってくれた隊員たち。
領地を広げれば流通ルートが広がり、土地も出来て生活を裕福にできるはずだ。
まずはこの戦に勝って、皆への恩を返す。
未だにパソコンなしでは会話もままならない俺だが、この気持ちだけは揺るがない。
そう決意し、部屋をあとにした。
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タロー隊の面々を集め、改めて作戦会議を行っている。
独自で動くことを伝えると不安そうな顔をするメンバーも居たが、その不安は誰しもが持っているものだ。
その不安を払拭し、勝つために作戦を練る。
これが本来の軍議なはずだ。
「アーニャ、イルシャってどんな人物なんだ?」
「神子の力を所持していて、その力は百人力と言われているわ。
実際には一騎当千の実力を持ち、さまざまな策を見破る先見の目もある、まさに天才ね。」
なにその化け物。
神子なんて特殊能力も初めて聞いたぞ。
なんにしてもその化け物を倒さない限り、俺たちに未来はない。
聞く限りでは帝国にそれ以上の実力者は居ないという。
盟主が前線に出てくるタイプか。厄介だな。
神子の力は戦う前に見ておきたいところだ。
開戦前に接触を図るか。
「開戦前に一度イルシャと接触しておきたい。
ホリィ、スクード。一緒に着いてきてくれるか?」
その言葉に頷く2人。
道場を介して仲良くなり、隊に加入してくれたから信頼は厚い。
この2人なら問題なく護衛としての腕もあるし、直接イルシャを見せておきたい。
うちの隊のエース格だからな。
アーニャが頬を膨らませて「なんで私じゃないのよ」と言っているが、王女なのだから顔が割れている可能性が高いこと。
加えてアーニャの身に何かあった場合俺が国に居られなくなることを伝えるとしぶしぶながら納得してくれた。
「それじゃあ時間が惜しい。準備してすぐに出よう。」
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帝国に向かう道中、茶屋でひと休憩していた。
現世でやったゲームだと茶屋では邂逅イベントがよく発生したものだが今のところそんな簡単なわけもなく、ホリィが団子を美味しそうに食べているのを眺めているだけだ。
椅子の角のほうに座るスクードは普段からあまり表情を出す方ではないが、お茶を飲む回数が多い。
顔に出ていないだけで、緊張はしているのだろう。
帝国へ行くにはこの通りを抜けなければならないのだが、先ほどから商人と思しき馬車がいくつか帝国方面へ向かっていた。
おおかた安全地帯へ避難しておこうという人たちだろう。
そんな中、帝国方面から歩いてくる人影が2つ。
フードを被っているから顔までは見えないが、上背で言うと俺より1つ年下のホリィと大差ない。
若干ホリィの方が大きいくらいだ。
しかしフードを被っていても分かる長い白髪は、地面にこするのではないかという程度には主張が激しい。
自分で踏んづけたりしないのだろうか。
そんな疑問を持っていると、歩いて茶屋を通り過ぎるその少女と目が合った。
釣り目で鋭い眼光ながらも長く綺麗な白髪に目を奪われてしまった。
三次元に目を奪われてしまうとは、俺もこの5年でぬるくなってしまったな。
俺の視線に気づいたのか、少女は茶屋を数歩通り過ぎたところでピタリと止まった。
一瞬そのまま止まったかと思えば振り返り、こちらに歩いてきた。
傍付きと思われる人物も驚くほどの鋭利な角度で戻ってきたな。
俺の1メートルほど横に腰かけフードを外すと、「ふう」と一息ついた。
先ほど目が合って思ったが、やはりかなりの美女だ。
青いヘアバンド・・・を可愛くしたようなやつを付けている。
三次元アイテムの名前なんて分からんけど。
それが長すぎる白髪をより美しくしている気がする。
傍付きが耳打ちで少女に何かを伝えた。
「減るもんじゃないし、いいじゃない別に。
それにフードって暑いんだもの。」
フードを取るな的な耳打ちかな。
暑いのはたぶんその長い髪のせいじゃなかろうか。
そんな脳内会話をしていると少女は普通に団子を頼み、普通に食べ始めた。
1本食べ終えたところで、急にこちらに顔を向けて話しかけてきた。
「ところで、さっき凄い視線を感じたのだけど。貴方たちは何者?」
ホリィとスクードがビクリと身体を跳ねさせた。
緊張しているのが見て分かる。
「僕たちは旅の者でして。
どこかに良い士官先がないか探しながら旅をしているところです。
かくいう、貴女は?」
俺の咄嗟の切り替えしに対し少女は口の端をにやりと吊り上げた。
ふーん、とでも言いたげな顔だ。
「あたしはちょっとした噂を確かめにフェルトに向かっていたところよ。
なんでも、異世界から来た男が国を繁栄させ始めているっていうから気になっちゃって。」
誰だそんな噂を流した奴は。
確かに尽力していないかと言われればノーだが、国外にまで広まっているのか。
ひとまず驚いた顔をしてしまったついでに、小芝居に乗っかっておくか。
「その噂なら知っていますよ。
僕たちはカッツェ帝国の神子の噂を聞きつけてこちらに来たのですが、先ほどまでフェルト王国に居まして。
その異世界から来た男にもお会いしました。」
その言葉に意図を察したのか、少女は眉を少し吊り上げたのち溜息をついた。
「あたしその子と会ったことがあるのだけど、自分を負かしてくれる男を探しているだけみたいよ。
そんな男に生のある限り添い遂げ、その人のために戦って守り、死にゆきたい。
そう言っていたわ。」
話が早くて助かるよ、本当に。
こちらも手札を公開しなくてはだな。
「そうなのですね。
噂では一騎当千の強者と伺っていたので少し意外でした。
フェルト王国の異世界人はタローと言うみたいです。
本来なら戦いは望んでいないらしいのですが、王や王女が掲げる世界平和に共感を得て戦う決意をしたそうですよ。
なんでも、独自の隊を持っているとか。」
それを聞き、「ふふ」と笑う少女。
その笑顔を見て心臓が跳ねる程、可愛いと思ってしまった。
「じゃああたしたちは帝国に戻るけど、そいつに会ったら伝えておいてくれるかしら。
5日後戦場で会いましょう、ってね。」
「かしこまりました。
こちらも異世界から来た男からイルシャ様に伝言を頼まれています。
必ず貴女に勝ってみせる。
イルシャ様にお会いしたら、お伝え願えますか?」
少女は腕を組み、嬉しそうな笑顔で「上等!」と声をあげて立ち上がった。
「ここはあたしが払うわ。
楽しい時間を共に過ごしてくれたお礼よ。」
「ありがとうございます。
また戦場で、お会いできることを楽しみにしていますよ。」
「ええ、また五日後ね。」
こうして互いに背を向け、自身の傍付きを連れてそれぞれの国へと歩みを向けた。
確認する術はなかったが、なぜか分かった。
今話していた相手は今の自分と同じように、楽しそうな笑顔を浮かべているだろう。
互いに、そう確信していた。
「タロー様、今の人って・・・」
王国へと歩みを進めると、ホリィがようやく声をあげた。
今更そんなこと聞くなよ。
やはり、茶屋の邂逅フラグは実在する。
二次元に間違いはなかったのだと感動しつつ、三次元も悪くないかもしれないと思い始めた。
そんな開戦直前の出来事だった。
拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします!