第36話「1回決めたことを変える柔軟な発想」
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「アタシね、お父様の過去を聞いたの初めてだったの。」
シャンドラ様との食事を終え部屋に戻り腰かけたところでアーニャがポツリとこぼした。
電気が通っていないこの時代では日が落ちてすでに暗くなっており、辺りも静まり返っている。
それだけに小さくこぼした言葉でもハッキリと聞こえた。
寂しそうで、それでもどこか嬉しそうで。
そんな声だった。
過去を初めて聞いたということは、母親のことも聞いたことはなかったのだろう。
今まで育ってきた中で母親が居ないことに疑問に思い、その理由を知った。
それでもどんな人だったのか聞いてこなかったということだ。
当然気になっていただろうに。
それでも王であるシャンドラ様に心配をかけたくなかったのか。
それとも自分の置かれた立場を理解し、前を向いたのかは分からない。
アーニャが自分の意思で聞かなかったのだから、俺がとやかく言うことでもないしな。
俺の横を通り過ぎ、部屋の窓を開けて夜空に顔を向けた。
「お互いに顔もちゃんと見れてないけど、今のアタシを絶対見ててくれてるよね。
お母様よりも素敵な人と結ばれて、ちゃんと幸せに過ごしてるよ。
初めて会えるのはまだまだ先だけど、その時はいっぱいお話ししようね。」
優しい笑顔で夜空に向けて言うアーニャを、そっと後ろから抱きしめた。
シャンドラ様より素敵と言われて嬉しい反面、申し訳なさと恥ずかしさが勝つのだが。
「のろけ話だけでも大量に話せるくらいにはなってるもんな。」
「アタシの旦那様は世界一だもの、当然よ。
愛してるわ、タロー。この世の誰よりも。」
「ああ、俺もアーニャのことを世界で一番愛してるぞ。」
顔を見合わせ、どちらからともなく顔を寄せていく。
本当にこの幸せを、心から護っていきたいとそう思える。
「タロー様、夜分に申し訳ありません。
ちょっと政策についてお聞きしお邪魔しましたああああああ!!!」
ガチャッ、バタンッとせわしなくドアを開け閉めしながら、ルミエが走り去っていった。
2人して顔を見合わせて吹き出し、おでこだけくっつけて離れる。
「やっぱり家ができてからゆっくりじゃないとダメだな。
ちょっとルミエを追いかけてくるよ。」
「そうね、流石に自重しないとかも。いってらっしゃい。」
散々爆発しろと思っていた俺が、こうなるとはな。
人生分からないものだよなホント。
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出発の時こそカッツェに居たルミエだが、政策の管理をしている立場上どうしてもフェルトとカッツェを行ったり来たりしなければならない。
なのでこうしてフェルトにも来ているわけで、俺が居ない間に疑問に思ったことがあったのだろう。
それを聞きに来たらナイスタイミングで入ってしまった、といったところだ。
ルミエの部屋をノックして呼び出すと、顔を真っ赤にしながら顔を半分だけドアに隠しながら出てきた。
可愛いけど取って食ったりしないから出てきてほしいものだ。
「お邪魔虫に何か御用ですか・・・?」
「用があったのはルミエじゃないのか?
ちゃんと聞けなかったから、聞きに来たんだよ。」
「むうー・・・どうぞお入りください。」
顔を真っ赤にしたまま部屋へと招待された。
いつも通りのローブとベレー帽の恰好のままなので、こんな時間でもまだ仕事中なのだろうと察しが付く。
本当に働き者だな。
もっと女の子女の子した部屋を想像していたのだが、机とベッドを除けば同じローブが何着かかけてある程度の質素な部屋だった。
仕事に真面目に取り組んでいるし、目移りしないようにってところだろうか。
机を挟んで向かい合って椅子に座ると、今回の事案を話してくれた。
「クレープ屋の事業があまりに順調すぎて人手が不足してきたみたいなんです。
それで可能であればそちらに人手を回したいところなのですけど、フェルトでの農業でそうもいかなくて。
かといって今の順調な売り上げを落とすようなことはしたくないと、店舗で働く皆さんから満場一致で言われてしまったんです。
1日だけ弟子たちの社会勉強も兼ねて私含めて4人で手伝いに行ったのですが、それでも足りなかったくらいですね。」
それは大きな問題だな。
思っていたよりも売れ行きが好調なのは嬉しい誤算だが、火が付くのはもう少し経ってからだと思っていた。
そこで団子屋にアイデアを売る算段をしていただけにな。
「働く人たちの様子はどうだ?」
「毎日楽しそうに働いていて、実際お手伝いした日も皆笑顔でしたよ。
こんなに楽しくてお客さんも笑顔にできる仕事はどこにもないから、一生ここで働きたいって言ってました。」
そこまでやりがいを感じてくれているのか。
それを聞いてしまうと、アイデアを売って廃業にするには惜しいな。
まあそういう部分でルミエも迷ってこういう話になっているのだろう。
以前に団子屋1軒あたりにいくらで売ればいいかとルミエと話したことがあるが、1つ1つは正直なところそんなに大きな収入にはならなかった。
塵も積もればではあるとは思うが、すぐさま大量に売れるわけでもない。
そう考えると、今の事業は継続しつつ拡散させる方法が良いだろう。
「それなら、今ある団子屋さんで働く人たちに短期で助けてもらうのはどうかな?
営業の助けにもなるし、団子屋も作り方を覚えられるし、ウィンウィンだと思う。
そうすることで今の店舗もアイデアを売ることがなくなって存続できるしな。」
「その発想はなかったです!
そうか、売るのではなくて存続させるか。
1回決めたことを変える柔軟な発想も持たないとなあ・・・。」
むしろルミエの歳でここまでできていることの方が凄いのだけどな。
にしてもまさか自分でもこの発想がすぐに出てくるとは思っていなかった。
意外と俺も経営者として頭が回るようになってきたみたいだ。
「タロー様、聞いてくださりありがとうございました!
おかげで皆が円満に進める道を見つけられました。
相談して良かったあ・・・。」
「解決できて何よりだよ。
ルミエもいつも本当にありがとうな。
こんな素晴らしい部下を持てて幸せだよ。」
「えへへぇ、お褒めにあずかり光栄ですっ!
フェルトのためにも、タロー様のためにも、まだまだ頑張っちゃいますう!!」
言いながらこちらに歩いてきて、腕にぎゅっと抱き着かれた。
腕に微かなふくらみが・・・じゃなくて、こうして信頼されるのは嬉しいことだな。
頭を撫でて立ち上がり、おやすみの挨拶をして部屋へと戻った。
部屋に戻ってアーニャに抱き着いて微かでは済まない感触に喜びを隠しきれなかった。
「俺、アーニャじゃないとダメかもしれない。」
「え、いきなり真顔でどうしたの?嬉しいけど。」
アーニャにくっついて幸せを感じて、初めて気づいた。
皆に言われた時は不気味と思っていたのだけど、今ならはっきりと分かる。
「アーニャ成分ってこういうことか・・・!」
「いや、だから真顔で何言ってんの?」
自分から言い出した言葉なのにその反応はひどいと思うんだ。
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時は流れ、今日は畝を作る日。
ここ数日雨も降っていないので、乾いた土を盛り上げる作業はそこまで大変というわけでもなかった。
広さが広さなので大変ではあったけどな。
東京〇ーム何個分なんて表記をたまに見ていたけど、実際何個分かはあるかもしれない。
まあ、実際のそれがどれくらいの大きさか知らないけど。
ジャークやアーケの皆さんは慣れたもので、皆に実戦しつつ教えてくれた。
タロー隊の皆も1度経験しているだけあり、かなりの速度で作業は終了。
これで明後日には種まきをして、芽が出るまでは一旦解散となる。
アーケから来てくれた人たちも順番にカッツェに招待できればいいな。
クレープ屋とか今のところカッツェにしかないし、おしゃれなレストランもカッツェ発祥だ。
今となってはレストランはフェルト支部もあるが、やはり本店というのはネームバリューが凄い。
女性たちの話しを聞くと、やはり行ってみたいと思っているようだった。
俺はそれとは別に、ようやくマイホームに転居できるのが楽しみだ。
アーニャとあんなことやこんなこともしたいし、落ち着いたらイルシャとシャーリーとの結婚も控えている。
これから先皆と住むことになる家だ。
遠足前日の小学生みたいな気分でわくわくが止まらない。
種まきが無事に終わったらシャンドラ様とご飯を食べて、翌日にはカッツェに戻る。
アーニャにもそれを伝えて、シャンドラ様とアルシェたちの承諾も得た。
これで準備万端だ。
いよいよ、種まき当日を迎える。
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拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
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